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 番号 日付  題名 投稿者 返信元  読出数
1099 10/1(土)
13:53:16
 学生だけが『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』がないのではない ― 私は断固学生を擁護します。  メール転送 芦田宏直  No.1059  6210 

 
あなたの言う「立腰教育」というのは、「『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』の3つの学習に必要な姿勢」を確立するためのものです。そうあなたは言いました(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=1096.1059.9)。

しかし、小学生の初期ならいざ知らず、18才を超えた学生たちに何を学ぶかを抜きにして『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』を教えるなんてことは、学生をバカにしているとしかいいようがない、と私は言いたいわけです。

『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』って、一体なんですか? そんな姿勢、無い人はいくらでもいるじゃないですか。世の中にはもちろんのこと、私の学校にだって、学生のみならず、先生だってそんな「姿勢」のない人、いくらでもいます。なぜ、あなたは、学生に対してだけ、(オトナぶって)そんなことを強要するのですか。あなただって、若いときには「聞く」姿勢や「学ぶ」姿勢「考える」姿勢がないって言われたでしょ(私なんか今でも言われ続けていますよ)。あなたの言っていることは、単なる世代論でしかないのです。あたなもそんなことを言う年をとったわけです。

そんなことをそれだけで、専門学校に授業料を払って入ってきた学生に、教える資格のある先生が一体何人いるというのですか。年寄りの先生の世代論を聞いてもしようがないじゃないですか。世の中で言う「マナー教育」もそうですが(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=215.212.1)、先生が、わからないで困っている学生を教えようとしない、授業の予習もしない、復習もしない、授業改善もやらない、先端技術・知識も学ぼうとしない、これこそがマナー違反(学校のマナー違反)の最たるものでしょ。そんな学校に限って、「姿勢」教育や「マナー」教育に熱心であったりするわけです。

私が言いたいことは、以下のことです。『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』は確かに大切です。しかしそれを学ぶことは、〈何を〉聞かせるか、〈何を〉学ばせるか、〈何を〉考えさせるか、そのオブジェクトへの熟考なしには不可能です。

たとえば、専門学校の建築科に入ってきた学生は、『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』を〈建築の専門的な勉強〉をすることによってそれらを得るために入学してきたのです。『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』は、したがって学生側の課題ではなくて、学校側(教員側)の課題です。学校側(教員側)が何を(どう)教えようとしているのかということが『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』の形成の鍵を握っているのであって、『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』が学生にないのは、学生の問題ではない。

教員に専門性がなかったり、授業ノウハウがなかったり、カリキュラムに重複がおおかったりすれば(2年生のカリキュラムが1年生の単なる復習でしかなかったりすれば)、『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』が身に付かないのは当たり前のことであって、それらの姿勢が学生にないのは、学生の資質(や家庭環境)や学校前歴のせいではないのです。むしろわれわれの専門教育(職業教育)の方に問題があるととらえるべきです。

どんなにいいカリキュラムや教員を用意して授業をやっても(アプリオリに)寝る学生や行儀の悪い学生はたしかにいます。でもそれは私の経験では、1%いるかいないかです。私がいま直接管理している東中野校舎で学生は350人くらいいますが、私が(知る限り)そう思う学生は2人しかいません。後の学生は、基本的につまらない授業で寝たり態度が悪いだけです。つまらない授業で寝るのは正しい“反応”です。これを「最近の学生は、『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』がない」と言いながら行うのが、立腰教育の問題点なのです。

これらの学生たち(99%の学生たち)は、まともなカリキュラム下でのまともな教員の授業ではかならず真剣に授業を聞いています。だから、寝る学生の問題の前に、寝させる学校の問題を問うべきなのです。それが学校のマナーというものです。他人のマナーを問うことの前に自分のマナーを問うべきなのです。

私は毎日授業を見回っていますが、よくもまあこんなにくだらない授業(もちろんそんなに多くはありませんが)を寝もせずに聞いているな、というくらいに(むしろ)学生はまじめです。何度も言いますが、18才も超えれば、学生はむしろかなり“オトナ”であって(むしろ変に世間ズレしていて)、挨拶はできないかもしれませんが、学校評価、授業評価ではかなりよく我慢してくれている方です。私は校長として、そのマナーの方にかなり助けられていると思います。私があなたや「U」さんにどこまでも納得ができないのは、その学生のマナーにあなた方が気づいていないからです。あなたがたこそが、甘えているのです。学生の無言の「マナー」を『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』があなたにないのです。

そんなマナーのない人たちが行う、たった1%いるかいないかの学生ための「立腰教育」が成功しているかに見えるとすれば、それは99%のまともな学生が「別に聞いておいて毒(損)になることでもないしな」と“大人の”判断をしていてくれるからです。私が、学生をバカにしてはいけない、と言ったのは、その意味でのことです。

もう一つ言いたいことがあります。「基礎」教育というのは、高度教育の“前”にあるのではありません。時間的には「基礎」教育は先行していますが、内容的には高度目標が先に存在しているはずです。何を教えるのか、どこまで教えるのか、それがまず真っ先に存在している必要があります。何をやるにしても、まず基礎を、なんていう基礎教育はほとんどがウソです。これを教えるためには、最初はこうでなくてはならないというふうに始まるのが〈基礎〉教育です。したがって基礎教育は単数ではなくて、複数です。高度教育目標はいくつもの選択肢として(複数として)存在していますから、目標が異なれば、基礎の内容も様々に異なるはずです。一通りのことを教えていたら、いつまで経っても高度教育には至りません。

専門学校の教員たちには、基礎教育論者がいっぱいいます。基礎教育論者とは、基礎というものを、単数で考える人たちのことを指します。基礎を単数で考える人が多いということは、専門性の高い教員がいない、ということです。専門家であればあるほど、高度な階梯に至る道筋を多く描くことができます。近道も抜け道もたくさん心得ています。私は、専門学校の職業教育こそ、独自の基礎教育を生み出す必要があると思っています。「人間誰でも何をやるにしても『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』が必要だから」なんて下手な法事の説教のようなことをいっている限りは、いつまでも高度教育に到達する〈基礎〉は見出せない。私はそう思います。決してあなたの善意や「愛情」を疑っている訳ではありませんが、そう思います。


1059 校長の仕事(18) ― 建築と構造力学 メール転送 芦田宏直 ↑この記事を引用して返信を書く
    ┣ 1087 返信: 校長の仕事(18) ― 建築と構造力学 メール転送 芦田宏直
    ┣ 1088 1087番への返信:「改革」は進むも地獄、後退するも地獄。 メール転送 芦田宏直
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    ┣ 1096 最初の2ヶ月の重要性、立腰教育を実施しているのか? メール転送 Y
    ┣ 1097 「最初の二ヶ月」教育は学生をバカにしている。 メール転送 芦田宏直
    ┣ 1098 学生をバカにするわけがない、むしろ愛情の表れだ。 メール転送 Y
    ┣ 1099 学生だけが『聞く姿勢』『学ぶ姿勢』『考える姿勢』がないのではない ― 私は断固学生を擁護します。 by 芦田宏直


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