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 番号 日付  題名 投稿者 返信元  読出数
1088 9/25(日)
18:07:24
 1087番への返信:「改革」は進むも地獄、後退するも地獄。  メール転送 芦田宏直  No.1059  2566 

 
今日は昼過ぎに目が覚めて何気なくmyサイトを開いたら、楽しいはずの日曜日のこんな日に、くら―い「返信」(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=1087.1059.1)。ショックです。この学校関係者の方は、(たぶん)専門課程のみならず、社会人教育の関係者の方も何度も、私ども東京工科専門学校テラハウス校舎を訪問して頂いており、教育改革に熱心な学校だと思っていましたが、本当にショックです。日曜日だというのに一挙に目が覚めました。

私は来月21日に全国専門学校建築教育連絡協議会10周年記念講演(東京・三田会館)で全国の建築系専門学校を代表して講演することになっていますが(ゼネコンを含めて建築業界の方も多数来られる予定ですが)、このあなたの「返信」は、その内容にも影響を与えそうなくらいです。

たしかに建築系の専門学校は崩壊の危機に面しています。

理由は二つあります。

1)専門学校卒は所詮は“現場監督”と割り切って、施工系の授業しかやっていない、自ら専門学校生を差別している学校が多いこと

2)大学の授業を真似て、先生がまったく努力しなくてもいい(個別指導に走りがちな)設計系の授業ばかりやっている学校が多いこと。

たいがいの専門学校のカリキュラムは、この二つに分類できます。ただし、このような傾向を持つ学校は(傾向があるだけ)まだましで、この程度の特徴すら持てないで、個々の先生の時々の都合だけで時間を埋めているいいかげんな学校が半分以上あります。

だからあなたが学校を辞める理由は充分わかります。しかもこの現状を「学校改革」するのは至難の業。「改革」が困難な理由は二つあります。

1)教室の中は、ほとんど密室状態で、改革前、改革後の姿が見えづらいということ。

2)私学経営がほとんどの専門学校の場合、募集の結果に一喜一憂し、教室内で起こっている教育の実態に目をふさいでいること。

募集なしには学校経営はありえないのは当然ですが、「学生が集まる」=「いい教育」とは限らないということを経営側が自覚しないと、「学校改革」は出来ません。特に中長期戦略を見誤ります。大概の専門学校は、新科、新コースを無節操に乱発し、短期的な営業主義に走ってきました。財政的な基盤の弱い専門学校には中長期そのものが存在しないこともたしかですが、それ以上に経営側が教育に無関心でありすぎたのです。

募集なしには改革も何もあり得ないという経営側の言葉は、厳しい言葉のように見えますが、実は「学校改革」を先延ばしにする口実でしかないことが多かったわけです。学生がたくさん集まってもまったく集まらなくても、その事実を“評論する”ことはできても(そんなことはだれにでもできる)、その事実を“担う”意識が経営・教育側双方にない。要するに、募集結果を学校の内的な過程に沿って自覚できていない。

私の学校でも、私自身が(教育的に)一番不満な科に学生が集まったり、一番自信を持っている科に学生が集まらない場合がいくらでもあります。どこかで目詰まりが起こっているのですが、それが見えない。

目詰まりは、2点考えられます。

1)科のカリキュラムの人材目標自体が間違っているのではないか。特に教育のOUTPUTである業界の動向に対して閉じたものになっているのではないか。だから学校内部で“学生満足度(出席率、進級率、卒業率、在籍率など)”が高くても、企業評価とのずれが生じているのではないか。そういった外部評価が募集に影響を与えているのではないか。

2)科のカリキュラムの人材目標自体や企業評価が高くても、入り口側での広報的な発信がそれとずれているのではないか。高校生や既卒者に対する発信が、学校の中身とずれてしまい、“営業的な営業(泥縄的な営業)”になっているのではないか。中身をいくら変えても、営業部隊が旧態依然な個人主義的営業(=ヒューマンな営業)になっているのではないか。

この2点が、学内評価と外部評価とがずれる要因です。“教育側”でも“募集営業側”でも独善的な態度が横行している。要するに“改革”重視も“募集”重視もあなたの言う「学校改革」を遅らせる要因になっているのです。

もう一つの問題は、対大学問題です。

あなたは、「専門学校の教育に夢を失った」と言う。「学歴社会が崩壊したと言っても、それは表層だけのことであっても、実際は、未だ根強く残っています。私の地域の場合、やはり、専門学校を卒業しても、建築学科の場合、いいところ、ハウスメーカーの営業か、CADオペとして、使いこなされるのがオチです。実社会に戻ってみて、特にそう考えます」。

これは、建築系にとどまらず多くの専門学校関係者がそう思うであろう実感かもしれません。しかし私の反省は、専門学校の関係者は「ハウスメーカーの営業」か、「CADオペ」程度の学生しか輩出できなかったということから出発しました。それは、「学歴社会」の問題ではなく、専門学校の教育が貧弱だっただけのことです。

私は、この点に関してはまったく楽観的です。企業は“卓越した、有為な人材”をいつでも求めている。であれば、そういった人材を作ればいい。それだけのことです。その人材を学歴で差別する企業があるとすれば、早晩そんな企業は衰退するだけのことです。むしろそんな企業には学生を就職させないことが学校の責務です。われわれの学校の就職率は、年度末100%は当然ですが、ここ数年8月末でも80%以上の早期就職内定を達成してきました。在籍数比でも8月末75%を越えています。やればできるのです。

一方で文科省は、4年制の専門学校であれば大学院進学を認める法改正を行い(早くも来年度から実施)、大学、専門学校との垣根を取り払いつつあります。もちろん財政基盤の弱い専門学校で本格的な4年制カリキュラムを作ることは至難の業ですし、4年制に耐えうる専門性の高い教員が専門学校に不足していることは明らかですが、これもあなたの言う「学歴社会」を転覆させるチャンスです。

現在の大学教育の最大の問題は、カリキュラムの縦割り主義です。建築で言うと、設計(あるいは造形)、施工、構造、法規などの専門家(=教授)が学年が進む毎に縦割りで内容を深化させていきます(設計T、設計U、設計Vというように)。その点では高校の授業に似ています。科目の横連携がまったく考慮されていない。

したがって、3年生や4年生になってゼミなどを選択した場合、そのゼミの教授が設計、施工、構造、法規のどの分野に属するのかによって、その学生の“専門性”は決まってしまいます。丁度企業に入って、所属場所が固まるのと同じ現象が学校教育の中ですでに生じており、建築の全体がわからないままに偏った人材が生まれているのです。

この間、私は、学生(卒業年次の学生)に「校長、話しがある」と呼び出され、こう言われました。「おれは、施工をやるためにこの学校に入ってきた。現場で仕事をしたい。だから卒業設計なんてやりたくない。なんで卒業設計が必修なんだよ?」と。

私はこう答えました。「あなたのような学生のために“卒業設計”が必修なんだよ。設計の“心”を読めない施工技術者が世の中には多すぎるのよ。一方で施工現場を知らない設計が多すぎる。学校時代は、社会に出て設計をやる人にも施工をやる人にも、お互いの反対の立場の人の勉強をきちんとやることが大切。それでこそ、施工技術者として有為な人材になれる。私は“施工”をやりたいあなたのためにこそ“設計”授業を仕組んでいるのよ。私が見るところ、風貌からしても性格からしても、あなたなんか、社会に出れば一生“設計”をやることなんかないものね(笑い)。だから私は学校の校長として今の内にあなたに設計を教えておきたいのよ。図面を正確に(設計者の思想や意図にそって)読めない奴が施工をやれるはずがない」。

われわれのカリキュラムは、一つの設計(あるいは造形)に対して、関連する施工、構造、法規をたえず周辺配置し、それが期や学年が進む毎に高度化していくという体制になっています(それをわれわれは“螺旋カリキュラム”と呼んでいます)。そうやって、建築の〈全体〉を学ばせるようにしています。なぜなら、教育こそが〈全体〉を学ばせることが出来るからです。

一度社会に出てしまうと、ほとんどの場合、どこかの部署に配置され狭い経験の範囲でしか物事を判断できない人材に落ちこぼれていく場合が多い。その意味で〈全体〉を学ぶことが出来るのは、学校時代だけなのです。経験や実務では〈全体〉は学べない。〈全体〉をわからせるかどうかは、学校教育の使命に関わっています。

この〈全体〉を教育できないのが大学です。

大学は、教授制や講座制の壁に阻まれて身動きできない状態になっている。時間割はあるが、科目の横連携を意識したカリキュラムは不在なわけです。私は、現在の大学教育改革の中核の取り組みである「特色ある大学教育支援プログラム」(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/tokushoku/shien.htm)の審査員を平成16年度、17年度続けて2年間担当しましたが(http://www.juaa.or.jp/sien-program/h17/h17meibo-sinsabukai03.html)、私(たち)が行ってきた教育改革、カリキュラム改革に比べれば、大学「改革」ははるか後方にあるというのが実感です。

したがって、早稲田や東京工大の大学院に進学するわが学生たちの方が、それらの学部教育を経てきた学生たちよりも優位に立つのは時間の問題だと思っています。昨年も京都工芸繊維大学、東京芸術大学の二人の大学院生を2位、3位に従えて、わが校の2年制専門課程の学生が建築CGコンテストに優勝しました。

評言の主なものは、「コンピュータグラフィックスでしか描ききれない造形がここには確かに存在している」というものでした。たぶん二人の大学院生の作品は、手書き製図やアナログデッサンに引きずられた造形力の限界を感じさせたのでしょう。CG、2DCAD、3DCAD、プレゼンの行程が古典的な建築教育と併存し、大学的な縦割りカリキュラムの中で分断されているからです。「コンピュータは単に手段にすぎない」と古い教授たちがわかりきったように言い切り、CG、CAD教育を街のインストラクターの“お姉さんたち”に任せているからです。こんな教育が「学歴社会」によって、いつまでも擁護されるはずがありません。

あなたの「A専門学校」が崩壊するように、大学の建築教育も必ず崩壊します。私の学校にも古い勢力は厳然と存在し、すきあらばいつでも復古するかのように衰退する兆しは一向にありませんが、それはどんな組織にも、どんな時代にもあることです。それはたぶんあなたが転職された「大手ゼネコンのT工務店」であっても例外ではないはずです。

「改革」は進むも地獄、後退するも地獄といった感じでしょう。私は毎日それを実感しています。あなたの“志”を決して絶やさないように(あなたの方がはるかにこの業界では先輩でしょうから)、私は専門学校を必ず新たに蘇生させます。それがせめてもの私の「返信」です。


1059 校長の仕事(18) ― 建築と構造力学 メール転送 芦田宏直 ↑この記事を引用して返信を書く
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