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274 3/10(水)
00:11:53
 経済産業省との対話(2)  ― 〈人材〉とは何か?  メール転送 芦田宏直  No.271  2856 

 
 経済産業省との対話(1) ― コミュニケーション論の出所(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=271)の続き。

 「大学はそうだとして、われわれはこれからの時代に専門学校は大変重要な役割を担うと思っているのですが、そのあたりはどうですか」

 「いや、全然ダメだと思います。まず人材がいない。専門学校は結局のところ、あなたたち官庁や大きな企業の認定資格や認定校というできあいのブランドにずーっとすがってきた。一条校の大学や短大とちがって、国からの助成のない分、そういった資格ブランドのマーケティングで学生を集めてきた、と言ってよい。地方の専門学校には特にこの傾向が強い。

 だから独自でカリキュラムを作ったり、人材像を形成する力がない。あなたたちの(旧通産省の)作った『情報処理技術者』認定校に振り回されて、いまはそれも面影すらない。官庁もマイクロソフトやオラクルも自分たちの覇権主義を振りかざしているだけで、力のない専門学校は、しかしその覇権の傘の中にはいるしかない。そもそもあなたちもいけない。すぐに資格や認定校制度を作りたがる。あるいはスキルシートやキャリアパスマップを作りたがる。あんなもの何の役にも立たない」

 と言ったら、この目の前にいる「審議官」は、実際に「情報処理技術者」認定に関わった人、となりの課長補佐は、評判のITSS(http://www.allied-telesis.co.jp/info/news/2003/nr031110_03.html)に関わったりした人だった。また話が止まらなくなった。

 「ITSS(ITスキルスタンダード)は自信を持って作ったんだけどな。ダメですか。あれは企業ではかなり評価されていると思うのですが」

 「ダメに決まっているじゃないですか。いったい、官庁は何種類の人材マップを作ったら気が済むの? 作るたびに周りの者が振り回される」

 「なぜ、ダメなのですか」

 「そもそも分類の体系というのは、必ず別の分類の体系が存在することなしにはあり得ない。星占いもあれば、血液型もあるというように。しかもどっちも間違っていない。だからどちらも間違っている。要するに心理主義、相対主義なわけです。だからそれは「スタンダード」にはならない。たまたまそれが“当てはまる”場合もあるし、そうでない場合もある。それだけのことです。もし、そういったMAPが有益である場合があるとしたら、それが有益でない場合も同時に提示するというときにのみです。この“スタンダード”で人材評価をすると、こんな人材の能力が(その影で)見えなくなるよ、ということも同時に提示することです。それなしに、そういった人材MAPが有益であることはあり得ない。〈能力〉や〈人材〉は“分類”するものではない。『あいつは、こういうときには役立つ』と思われたときには、“あいつ”は、〈人材〉ではない。せいぜいスペシャリストにすぎない」。

 「どうすればいいのですか」

 「たとえば、図解論というのがある。混乱した事態をわかりやすく図解するというものです。これも一種のMAP論です。しかし、図解は所詮2次元。うまくいっても3次元。たとえば、2次元で図解する。そうすると左と右に必ず空間分離する。その“遠さ”は、何を意味するのか。本当に遠いのか。その図の通り、遠いのか。たとえば、右派と左派が図示される。真ん中に“中道”がいる。ところが、自民党と社会党が連立政権を作ったりもする。そうすると図解派は、また自民党の中にも右と左があるというように図解する。

 こういった入れ子構造を図解で示そうとすると図解を超える。きわめてわかりにくい図解になる。難関な図解になる。図解上の遠さと近さは、ここでは意味をなさない。たとえば、眼鏡をかけている人にとっての眼鏡と目との〈距離〉を図解などできないでしょう。眼鏡を通してもの見る人にとっては、眼鏡はもっとも遠いものだからです。この眼鏡の近さと遠さとを図解することなどできない。

 要するに、思考は二次元では機能しない。カント主義(あるいは場合によってはヘーゲル主義)の挫折です。思考力とは4次元なのですよ。空間や時間を超えている。人材能力もまた、4次元で管理する必要がある(管理できないものを〈人材〉と言う)。したがって、あらゆるキャリアパス論、MAP論はどんなに精緻に組み立てても意味がない」。

 「私も『現代思想』(http://www.seidosha.co.jp/genre/siso.html」を読んでいました」と課長補佐さん。「やっぱり、これからは政策にも哲学が必要なんだよ。おもしろい。でもむずかしい」。

 「たとえば、こう言い換えましょう。山一証券がつぶれた。でも財務のスペシャリストなんかは、すぐに転職ができる。ということは、スペシャリストは〈人材〉ではない。会社の部品にすぎない。部品とは交換可能なもののことです。引き出しのように入れたり出したりして使用可能な者のことをいいます。〈大学教授〉もその意味ではスペシャリストにすぎない。戦争が起こったら、テレビや論壇に出てくる学者たち。丁度それもジャーナリズムや官僚の引き出しの中にリストが入っていて、必要なときに出し入れされているわけです。こういった人種を企業における〈人材〉とは言わない。

 山一証券で、山一精神を体現している者こそが、〈人材〉であって、それは山一証券がつぶれた場合、最後に消滅する人間、(能力があるが故に)転職できない人間のことです。ちょうど沈没する母艦の最後に残って共に死滅する船長のように。それはスペシャリストではない。その意味ではスペシャリストに一番欠けているのは、〈帰属性〉ということなのかもしれません。眼鏡の帰属性(図示できない“近さ”)ということです。

 そして、こういった〈人材〉は決してキャリアパスの中には登場しない。図解できない。4次元の人材なわけです。しかし、こういった4次元の人間こそが会社をリードしていく人間なのです。経済産業省が描いてきたのは、所詮、交換可能なスペシャリストの領域にすぎない。交換可能だから、観点を変えるとどんなふうにでも再構成できる。だから何も言ったことにならない。ほとんどの場合、委員(大学教授たち)の名声のための自己満足に終わるか、官僚のできあいの作文(総研系のエセ修士論文、エセ博士論文)に終わる。税金の無駄使いです。」(この段階で21:00すぎ。まだまだ続く)


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