また、ザウルスを買ってしまった。昨日出たMI−E1。昨日買った。私の方が、吉野先生(テラハウスCG・WEB系の先生)より5時間ほど早かった。私の勝ち。値段も私の買値で税込み49800円(世田谷ヤマギワ店)。吉野先生は新宿ヨドバシ店で52290円(税込み)。「どっちが先に手に入れるか、12月15日は勝負だな」とお互い言っていたが、15日夜講座のために、吉野先生が6:00頃、ヨドバシの手提げ袋に新ザウルスを入れて来たときには、私は旧ザウルスから新ザウルスへのデータ転送をすべて終えて、旧ザウルスを宮川先生に売る“契約”を既に済ませているのであった(エッヘン!)。
ザウルスユーザーは、新製品がでると買い換えてしまう病気にかかっている。たとえ、WindowsCEの新製品を4度も買っても、瀬川先生のパームを見ても、高橋先生のクリエ(ソニー)を見ても、ザウルスから見れば、すべて子供だまし。あんなものをPIMと思ってはいけない。PIMとしての性能(ハード的にも)はザウルスの右に出るものは絶対ないと言ってよい。
PI-3000(1993・9)以来、買い続けている私だが、それまでは、私は電子手帳についてはカシオ派だった(90年代初頭の電子手帳マーケットはカシオとシャープとがほぼ拮抗していた)。シャープの電子手帳はそれまで液晶のカバーがビニールだったこととキー配列に癖があったので避けていた。その何年もまえからカシオ電子手帳を使っていて、データも累積していたが、それでも全部打ち直して、シャープ「ザウルス」に変えようと思ったのは、「ザウルス」ではじめてキーで変換することなくペン入力文字がアナログ的に“書ける”ようになったからである。
当時、反電子手帳派の最大の動機が二つあった。一つは通覧性(が電子手帳にはない)、もう一つはメモが取りづらい(文字変換など面倒くさくてやってられない)というものだあった。そのうちのひとつを「ザウルス」がはじめて撃破した。通覧性は、まだ弱いが、電子手帳は基本的にはデータベース。私は通覧性よりはデータベース機能を重視する。
さて、今回の新ザウルス、MI−E1。ほとんど期待はずれだ。旧ザウルス、MI-C1を持っているユーザー諸君、焦って買う必要はありません。
「スタパ齋藤」(ネット上で“有名な”ザウルス評論家)なんかにだまされてはいけません。「絶対買う。予約して買う。新ザウルスMI−E1」(http://ezaurus.com/mie1/review/stapa/01.html)なんて記事につられて新ザウルスを買ってはいけません。それ以上に「スタパ齋藤」がいけない。
まず、今回のザウルスの特徴は本体にキーボードがついたということだが、この評価が大変難しい。ペン操作とキー操作との関係が上手に融合していない。ペンだけではできない操作が増えている。
これまでは、ペンですべてできていたものが新ザウルスでは、キー操作一本に限られているものがある。特にたとえば「スケジュール」から「アドレス帳」へ移るには、これまでは一回のペン操作でできたものが、新ザウルスでは「ホームインデックス」ボタンを指で「押す」という作業がかならず介在する。これは大きな退歩だ。かと言ってキー操作ですべてができるわけでもない。両者(でできる機能)をそのつど意識しながら使い分けなければいけない。これは、たいへん苦痛。ペンタッチ操作とキー操作というのは感覚的に融合しづらい。
キーボードがついたということは、キーボードでもすべてができるということでなければ意味がない。ところがキーボード(+7ボタン)がついたために、肝心のペン入力ですべてできていた操作(しかも肝心の操作)ができなくなっている。
旧ザウルス(MI-C1)にもボタンは3個ついていたが、これはまったく使わなくても(ペン入力だけで)、操作のすべてがペンでできたことから考えると、今回のキーボード+7個のボタン操作は、むしろ操作性を阻害しているのである。「(キーボードのおかげで)もうペン入力で肩こりになったりする心配はない!!」(スタパ齋藤)なんて全くのウソである。ザウルスユーザーが、iモード携帯電話のキー操作を自在にこなす女子高生なら、この「キー」は優れたものかもしれないが、30才40才のザウルスユーザーが、どれ一つ自立的ではない、このキーボード+7ボタン+ペン操作を自在にこなすとはとても思えない。
さらに、キーボード操作とは別におかれた7ボタン操作で、2,3言っておかなければいけない。
まず中央におかれた丸い大きめの縦横上下カーソルキーだが、肝心の選択「決定」キーが、この丸い円の中央にあればいいものを、少しはずれた右側にあるため、操作が不便。これは、最初から両手を使うことを前提に作られている。というより、ザウルス全体を持つ行儀のよい持ち方を強制させている。持ち方を操作方法に直結させるというのは、よいインターフェイスデザインの仕方ではない。こういう前提はやめてもらいたい。