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文字教材(※)はプレゼンテーションの一種でも、授業手段の一つでもないということについて[これからの大学]
(2025-04-20 13:22:52) by 芦田 宏直


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※本学では一コマ90分の授業で、教員が書き下ろしの文字教材(10,000字〜15,000字)を使用して授業を行っています。「これを単に読み上げて授業をやるのならば、機械でも出来るではないか、板書やパワポを並行して使うのは、いけないことなのか」というもっともな議論がありました。以下にその議論をまとめておきます。

 本日(4月19日)オープンキャンパスの心理学科模擬授業パワポについての私のコメントは、「(精神疾患の)診断一致率の改善を目指し、DSM-?(1980)から操作的診断基準が導入された。操作的診断基準は、症状の原因を排除し、疾患に特異的な症状、その持続期間を明確に定めた診断基準である」というテキスト内の「操作的」という言葉を巡ってのものでした。

 これは、精神疾患とは何かという議論が、環境論でも脳疾患論でもうまく?定義?できず、最後は、診断一致率(誰がその患者をみても同じ診断をするかどうかという診断一致率)の改善という議論に収束し、1980年のDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(DSM)において、「操作的診断基準」が導入されたというものです。たとえば、五つの(測定可能な)症状を上げておいて、その三つ以上に適合したらその患者は「精神疾患」にかかっているというような診断基準を「操作的」診断基準と呼んでいるわけです。

 その内容はある程度わかったとしても、それをなぜ「操作的operational」(元のテキストには英語表記はなし)と言うのか、と私は発表者に聞いたわけです。「これまでそう言ってきました」というのがさしあたっての発表者の回答でした。

 40歳前後までの他の若手教員(准教授、講師)に聞いても答えは同じでした。S教授は、「?長さ?というものそのものを定義は出来ないけれど、物差しで測れるものを〈長さ〉としようという取り決めを〈操作的operational〉と言うんだよ」と言われました。一方、K教授は「元々は物理学の概念。その反対語は辞書的概念です」と教えてくれました(※)。どちらも私には中途半端だなと思いましたが、若手(40歳前後)よりもまともな説明です。
※結局、この言葉の起源は、わがM教授の指摘により、ノーベル物理学賞を受賞した物理学者パーシー・W・ブリッジマンの著書『現代物理学の論理(The Logic of Modern Physics)』(Bridgman 1927)となった。ブリッジマンは概念というものは実験操作にほかならないと主張。「ある物体の長さを知りたければ,われわれは物理的な操作(operation)を実行しなければならない.したがって,長さという概念が確定するのは,長さを測定する操作が確定したときである.すなわち,長さの概念は長さが决定される操作の集合にほかならないことになる.一般に,どんな概念であっても操作の集合そのものである.言い換えれば,概念とはそれに対応する操作の集合と同義である」(Bridgman 1927, p. 5)。この引用から言うと、実験操作、操作手順の「操作operation」だというのがよくわかる。

 

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