●「転向」について (芦田宏直)
私は、吉本さんと個人的に対面したことは一度もない。私の家内が学生時代(今から四〇年ほども前)、吉本さんを神田の古書街で見付け、彼がどんな本を買おうとしているのか知りたくて追い回したことがある。
吉本さんは、いくつか書店を出入りする内に家内の尾行に気づき、早足になり、最後にはしつこい家内を追い払おうとパチンコ屋に飛び込んだらしい。家内もそれにめげず初体験のパチンコ屋に潜入し、裏口から出る吉本さんを追尾し続けた。
そして吉本さんは、ついに書店巡りを断念。神保町駅(地下鉄)で帰路についたが、家内も諦めず同じ電車に。その車両では偶然にも家内と吉本さんだけになり、吉本さんがついに家内のそばに近寄って来た。
「僕になにかご用事でも?」と吉本さん。
「吉本さんですよね」と家内(顔を赤らめて)。
「そうですが」
「私の友人(私のこと)が吉本さんの大ファンで、その吉本さんかしら、と思ってついつい後をつけてしまいました。失礼の段、お許しください」
「なんだぁ、そんなことか(笑)。今日はどうして神田なんかに」
「その友人に本を頼まれて」