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社会とはかけ離れた『哲学』の存在が、著者を実社会と強く接続させているように見える ― 『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』書評[新刊『努力する人間になってはいけない』]
(2013-09-24 17:51:40) by 芦田 宏直


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また力作書評を頂きました。「黒夜行」さんという方の書評ブログです。以下、全文掲載します。

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本書は、なかなか一言では説明できないほど多様な文章が詰め込まれた、社会人を応援する書でもあり、学生を鼓舞する書でもあり、哲学的思考に浸れる書でもあり、教育界に一石を投じる書でもあります。

タイトルは非常にインパクトがありますが、別に努力を否定する作品ではありません。

本書は、先程も書いたように、とにかくあらゆる種類の文章が整理されつめ込まれているので、とてもそのすべてに触れるわけにはいきません。これだけ玉石混交なのは(文体や考え方がではなく、触れられているジャンルがということ)、本書の元になったのが著者のブログだからでしょうか。非常に難しい(と僕には思える)哲学的な話もあれば、電車の中で出会ったとある少年との邂逅の話なんてのもあったりします。触れられているジャンルは多岐に渡りますが、著者のスタンスは常に一貫している(ように僕には思える)ので、作品全体としては統一感を感じさせる作品でもあります。

さて、そんなわけで僕は、本書の内容の内、著者が学生たちに向けた言葉とツイッター論に関してのみ取り上げようと思います。

「著者が学生たちに向けた言葉」というのは、著者が専門学校の校長であった時代に、入学式や卒業式で生徒に向けて語った言葉のことです。

これが本当に素晴らしいものばかりでした。

本書の第1章から第3章(およそ100頁ほど)がそれに当たるわけですが、ここの部分は本当に多くの人に読んで欲しいと思いました。「これから学ぶ者」という広い意味での「学生」にも、「学ぶ者の養育者」である「親」にも、あるいは「学びを提供する者」である「教師・教授」にも、「学んだ者を受け入れる場」である「企業」にも、「社会という場で学んでいる者」である「社会人」にも、とにかくあらゆる人に読んで欲しいなと思いました。

僕の個人的な提案では、この第1章〜第3章だけを、独立して新書に編集しなおして(ちょっと分量が足りないから、何か他の文章を付け足しつつ)売り出したら、メチャクチャ売れるような気がします。本書は本書として存在させつつ、本書の内容をジャンル別に再編成しなおし、それをターゲットに合わせた判型や値段設定で出し直すというのは結構アリなのではないかと思います。

何故そんな風に思うのかというと、本書は索引まで込で500頁近くの分量があり、値段も2940円と結構な高さだからです。内容は非常に良いと思いますが、この条件で広い層に届かせるのはなかなか難しいかもしれない、と思いもします。そんなわけで、先の「新書に再編集」というのを思いつきました。

さてでは、著者が学生たちにどんな言葉を与えてきたのか。引用していこうと思います。


〈努力する人間は有害〉

「三番目の人材(=がんばり屋で目標を達成できない人)は、なぜ目標を達成できないのでしょうか。それは自分の仕事の仕方を変えないからです。仕事の仕方を変えて目標を達成しようとはせずに、時間をさらにかけて達成しようとする。これが努力をする人が目標を達成できない理由です」

「『考えろ』の反対語は、しがたって『行動しろ』ではありません。IBMの言うTHINKとは、『考えてばかりいないで行動しろ、まずは行動だ』と批判される場合の理論的な思考のことを言っているのではなくて、平たく言えば、工夫をしろ、やり方を変えろ、ということです」


〈時間がないと言うな〉

「そして、『時間がない』というだけではなく、『時間(とお金)があれば、もう少しいい仕事ができた』とまで言うようになります。

これは間違っています。こんなことを言ってはいけない。今日のこの日をもってわが卒業生たちは『時間がない』と言わないことを約束してください。

どんなプロの人間でもいつも時間がないこととお金がないこととの中で仕事をしています。六割、七割の満足度で仕事を終えています。悔いが残ることの連続です。プロの仕事というのは実は悔いの残る、不十分な仕事の連続なのです。

結局、六割、七割でも外部に通用するようなパワー(協力なパワー)を有しているというのが、仕事をするということの実際だということです」。


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