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この記事は「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(中教審「キャリア教育・職業教育特別部会」)には何が書かれているのか(何が書かれていないのか)? ― 【その4】(http://www.ashida.info/blog/2009/10/post_382.html#more)に続いています。
121)この変化は、単に「大綱化」という大学設置基準の規制緩和によってのみ招来されたものではない。
122)これについては、二つの面白い報告がある。一つは「日本における『キャリア教育』の登場と展開 ― 高等教育改革へのインパクトをめぐって」(児美川孝一郎)と『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』(本田由紀)である。
123)児美川孝一郎は、進路指導の変化を「大綱化」の時期と重なる「1990年初頭」に置く。その時期の『業者テスト・偏差値』排除をめぐる文部省の強力な政策展開の影響を考えないわけにはいかない」と指摘する。
124)その指摘は三点ある。
?中学校の『業者テスト』への関与(校内を会場とし、教師が試験監督をつとめる、等)の全面的禁止
?私立学校の入学者選抜や事前相談等に関わって、業者テストの結果を提供することの禁止
?中学校の進路指導において、業者テストの『偏差値』を活用することの禁止
(1992年「高等学校教育の改革の推進に関する会議・中間報告」(文部省の調査研究協力者会議)+1993年「高等学校入学者選抜の改善について・第三次報告」)
125)この三点の指摘は、児美川によれば、その後、文部科学省によって次のように「定式化」されたとされる。
?学校選択の指導から生き方の指導への転換
?進学可能な学校の選択から進学したい学校の選択への指導の転換
?100%の合格可能性に基づく指導から生徒の意欲や努力を重視する指導への転換
?教師の選択決定から生徒の選択決定への指導の転換
126)しかも「これらの観点は中学校に限らず、1990年代半ば以降の学校現場における進路指導の改善・充実の基本となったものである」と児美川は言う。
127)一方、本田由紀からすれば、この進路指導の変化は「学校経由の就職」が成り立たなくなったことを意味している。
128)生徒たちの「生き方」「意欲」などを第一義的に尊重する就職指導は、結果的に「進路未定」や「フリーター」を正当化する方向へと進路指導が変化したことになる。
129)苅谷剛彦が指摘する「ゆとり教育」以後の「インセンティブ・ディバイド」(『階層化日本と教育危機』)もまた「生徒の意欲や努力」を重視すればするほど、その格差が広がるような格差であったと言える。
130)さて、本田が「ポスト近代社会」化と言うことになる「サービス経済化」により、「労働市場の変化と複雑化を前にして、過去と同様の硬直的な進路指導は有効性を失い、進路指導の放棄ともいえる不充分な指導に終始する学校も増加した」(『若者と仕事』)。
131)「サービス経済化」ということで本田が上げる例証(のいくつか)は、卸売小売業・飲食店が1990年の18.1%→2002年の35.3%、サービス業では1990年の10.0%→2002年の19.8%という「パートタイム労働者」の比率上昇。また新規学卒者(高卒者)採用の求人数が1992年のピーク時167万人→2003年の24万人へと「8分の1」まで急減したこと。「これらの変化は、企業、中でも『優良な』就社先とされてきた大企業が、新規高卒者の正社員採用から撤退しつつあることを意味している」(『若者と仕事』)。
※私は、この本田の『若者と仕事』の「若者」の大半のテーマがなぜ高卒者だったのかがよくわからない。現在においては、20%前後(著作が書かれた05年で全国平均17%)に推移している高卒就職率が「若者」を代表するわけがないし、「サービス経済化」(=「ポスト近代社会」)の就業問題の本質は高卒者の就業問題よりは、インフレした大学生の就業問題の方がはるかに深刻なはず。『若者と仕事』の七ヶ月後の著作『多元化する「能力」と日本社会』では少しは高卒論は相対化されるが、傾向は変わらない。
132)この事実を本田は、『多元化する「能力」と日本社会 ― ハイパー・メリトクラシー化のなかで』で、(月並みなものだが)以下のようにまとめている。「『ポスト近代社会』の生産構造のもとでは、労働も量的・質的に柔軟に編成されざるを得ない。量的な柔軟化を実現するためには、安定的な雇用の比重を減らし、必要に応じて出し入れ可能な不安定雇用の部分を増大させることが不可欠である」。
133)本田は、したがってこの問題を児美川のような(文部省による)進路指導の変化には見ずに、学卒−初職就業の日本的なシステムが「ポスト近代」の雇用状況に対応しなくなった点に見ている。
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