専門学校で流行っている教育テーマの一つに、「コミュニケーション能力」育成というのがある。専門学校だけではなく、大学でもそういった取り組みが見られる。
厚労省が20004年に11255社に対して実施した、企業が若年者に求めている就職基礎能力調査の結果を見ても(回収率は13.1%)、高校卒業レベル、大学卒業レベルどちらもで「コミュニケーション能力」を上げた企業は85%を超えており、トップの要求をなしている。この調査結果は、最近では「YES-プログラム(=Youth Employability Support Program)」(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/03/h0319-2.html)に結実している(私は膨大な税金の無駄使いだと思うが)。
「社会に通用する能力を持った人材育成システムで、就職を希望する若年者には目標と自己アピール力を、即戦力を求める企業には客観的な判断材料を提供します」と山本浩司(厚生労働省 職業能力開発局 能力評価課 課長補佐)は言っている(http://www.nipponmanpower.co.jp/add/yes/interview.html)。
2004年「コミュニケーション能力」(厚労省)だけではなく、2003年の「人間力」(内閣府)、2006年の「社会人基礎力」(経産省)、2007年の「学士力」と、この「力」ばやりの傾向は止みそうにない。これに「生きる力」「問題発見・解決能力」「創造力」「実践力」など、いくらでも同種の取り組みをあげることができる。その中の代表的な能力が「コミュニケーション能力」とも言える。
現に専門学校の大概の就職担当は口を開けば、「コミュニケーション能力が重要」と言うし、その次には「企業もそういうことを(真っ先に)要求している」と言う。
厚労省の分類によれば、「コミュニケーション能力」は、意思疎通、協調性、自己表現能力の三つによって構成されている。
〈意思疎通〉は、「傾聴する姿勢」「双方向の円滑なコミュニケーション」「意見集約」「情報伝達」「意見の主張」といった細目を持つ。〈協調性〉は、「相手の尊重」「組織・人間関係」、〈自己表現能力〉は「情況にあった訴求力のあるプレゼンテーションを行うことができる」となっている。
どれもこれももっともなことだが、ここまで書かれると、これがどう「若年者就職基礎能力」なのか、訳がわからない。私自身が身につまされることばかりが書いてある。
この種の〈力〉能力の特性の一つ一つは、学校教育に特有な課題ではないということだ。「若年者」を離れれば、大概の大人は「コミュニケーション能力」を身に付けているというのか。そんなことはあり得ない。世の中の組織の会議(民間であれ、官庁であれ)で、まともな議事が進行する会議がいくつあるというのか。ほとんどの場合は、「コミュニケーション」不全状態でしかない。
大人の自分たちでさえコントロールできない「コミュニケーション」を、なぜ「若年者」に特有な課題(あるいは学校教育に特有な課題)であるようにでっちあげるのか。私にはそのセンスがわからない。
その場合にでも、そもそも現場(=社会人の現場)にその種のコミュニケーション能力が不足しているのは、学校教育におけるコミュニケーション能力育成の不在にあるとでも言うのだろうか。
しかしだとしたら、誰がそのカリキュラムを書けるのか? そもそも現場(=社会人の現場)でさえ混乱があるテーマについて、誰が「コミュニケーション」カリキュラムを書くのか。誰がどんな資格(条件)を持ってして教壇に立つのか?
現代史でさえ「教科書」になりづらい情況で、超現代的な「コミュニケーション」テーマの専門家を誰に指定するのか。大概の場合、「コミュニケーション能力」開発の「専門家」とやらが(現代史の専門家以上に)いかがわしい連中によって構成されているのは誰でもが知っている。その上でなお、コミュニケーション能力「講座」が存在しうるのか?
ところで、「コミュニケーション能力」教育に代表される「力」教育の反対語は何だろう。
それは「専門教育」に他ならない。
たとえば、専門門学校の理美容・ビューティ系、動物看護・健康系、医療福祉系などの学校案内パンフレットを見ていると、知識・技術、資格、「のみならず」、お客様に「心」をもって応対する力を育成します、という「心」系のキャッチが必ずついて回る。もう少し学校案内パンフレットの中身を読んでいくと、「コミュニケーション能力」を育成しますとある。知識・技術、資格と並んで「心」や「コミュニケーション能力」が教育主題になっている。
専門学校のような具体的なキャリア教育を行う学校で、「心」や「コミュニケーション能力」が専門知識や技術とは別に主題になるとはどういうことか。
これらの分野では、「お客様を大切にする」ということの意味は、まるで自動車ディーラーの営業マンと同じような意味で重要なものと考えられている。
つまり、美容師、動物看護師、理学療法士、作業療法士などの仕事は、ほとんど営業並みのキャッチで飾られている。