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小田急線の少年に出会う ― 大人と子供との出会いがこんなにも楽しいなんて(春は近い)[日常]
(2009-03-14 01:06:13) by 芦田 宏直


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今日(13日金曜日)は朝8:00から所用で東海大学湘南キャンパスへ。小田急線の成城学園から西へ。成城学園から新宿方面には何度も行くが、西へ行くのは今回が初めて。成城学園から東海大学前までは約50分かかる。

初めての風景に新鮮さを感じながら、この車中でおもしろいことがあった。書かずにいられない(苦笑)。

和光大学を超えたあたりで、小学校4年生くらいの男の子が、私の斜め左前の席に座った。登校途中かどうかはわからない。時間的には少し遅い。小学生らしい男の子は車両の中ではその子だけだった。しかも私服。私学はもう春休みか。

座ったとたんその子は、私の左隣の男性の手元をまじまじと見つめている。あまりにもまじまじと見ていたので、思わず私は私の隣のその男性を見てしまった。たぶん男性がゲーム機か何かをもってゲームでもしているのだろう、と思いながら。

するとその男性は、腕を上げて携帯電話でメールを打っているだけ。特に変わったふうでもない。

私には少年が何を見ているのかさっぱりわからなかった。しかしその目は明らかに異常なくらいにぱっちりと男性の手元を見ている。それだけはわかった。

何駅かは忘れたが、しばらくするとその少年は立ち上がり電車を降りようとしていた。左隣の男性にその立ち上がるチャンスを逃さずにぐっと近寄り、まだその男性の手元を見ていた。今度は私の手元にも目をやり、そして私の右隣の男性にもまなざしは車内を歩くに連れて移動する。しかも目つきの真剣さは変わらない。次々と目線が左の手元に移動する。

そのとき、私ははたと気づいた。「そうか、この少年は学校を遅刻して、今何時か知りたいのか」と。少年の目当ては腕時計だったのだ。

そのとき、少年はドアのポールのそばに立っていたが、まだなお私(たち)の手元を恋しそうに見ていたので、私はその理由がわかった感激から(ちょっと大げさか)左腕をあげて彼に私の時計を見るように手招きして呼び込んだ。「はい」と手の甲を、私の時計を指さしながら差し出した。

そうすると降りようとしていた少年は、小躍りして私のそばに戻ってきて、「グランドセイコーだ。すごい! 機械式?」と大きな声で叫んだ。

あちゃ−。私は、驚きと恥ずかしさで一瞬赤面した(こんなに恥ずかしい思いをしたのは久しぶり!)。そうか、この少年は腕時計ファンだったのだ。ということは、私が腕を差し出したことは、私の嫌みな自慢? と思わず赤面したのだが、しかしそういった自慢の(大人の)反省をかき消すくらいに少年の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

私には、その顔が忘れられない。私もその笑顔につられて「僕のはクオーツのグランドセイコーだけど3年間で4秒しか狂ってないよ」と思わず普通にしゃべってしまった(たぶん周りの人には聞こえていたと思う)。「グランドセイコー、やっぱりすごい」と少年が言葉を継いだときには出ようとしていたドアの一つ隣のドアの出口にさしかかっていた。

ホームからの電車が動き始めた窓越しに、少年は私の方を見やりながら、「バイバイ」と言いたげに手を振っていた。この間「グランドセイコーだ」と言ってから3、4秒の出来事。狐につままれる、というのはこういったことか。

周りの大人たちは、何も聞いていないかのように静まりかえっていたし、身動き一つしない。私の方を見ようともしない。まるで何事もなかったかのような電車の普段の車中に戻っていた。私はなぜか、妙に恥ずかしくなかった。

いったい、この数分間は何だったのだ。私はあの少年の顔とまなざしが今でも忘れられない(今は夜中の1:00、なぜか愛媛松山のホテル東急インにいる)。

あの少年は、グランドセイコーにとどまらず、また車中であろうがなかろうが、町中を歩くときは、いつも腕の袖口のわずかなすきまから垣間見える腕時計をのぞき込んでいるのだ。そりゃぁ、絶対に楽しいに違いない。というか、そのわずかな隙間から時計を同定するのもまた何とも楽しそうだ。

「3年間で4秒しか狂ってないよ」なんていう超自慢をさらっと言わせてもらえた少年の純粋さに乾杯! 3年前に12回分割払いで無理して買った甲斐があったというもの。この少年に出会うために私はこの時計を買ったのか。京王線にはあんな少年はいないかもしれない(笑)。きっといない。

週末の食卓で、少年は、喜々として「今日、小田急線の電車で僕にグランドセイコー、見せてくれたおじさんがいたんだよ、すごいでしょ。かっこよかったよ、グランドセイコー」なんて言っていたのだろうか。お母さんは、その言葉をどんなふうに返したのだろうか。「よかったわねぇ」と優しく返してくれたのだろうか。少年が育つのはそんな会話の中でしかない。そう思うとなんだか胸が熱くなってきた。

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