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548 清水の孤独 ― 金メダルを取るということ。
2002/2/13(水)22:31 - 芦田宏直 - 10402 hit(s)


 清水は、偉い。今日の朝日の夕刊(2002/2/13)の写真見ましたか(朝日新聞はろくでもない新聞だが、この夕刊の写真(高山顕治撮影)は最高の写真だ)? 花を掲げて、メダル(銀メダル)を掲げない。銀メダルなんて、メダルじゃないという表情。自分は負けたんだ(悔しい)、という表情。お母さんしか慰めることのできない子供のようなうぶな悲しみに包まれていた。愛苦しく、悲しい(母の子宮の中に包まれたがっているかのような)表情だった。この写真は必ず見てください。見つめて5秒も経つと(必ず)泣けてきます。

 痛み止めを打っての出場。「いいときの半分の状態」(朝日夕刊2002/2/13)だったが、「どんな状況であれ、勝つのが実力者」(同上)。その通り。負けると、負けた“原因”を探りがちだが、そんな原因など存在しない。そういった原因探しは、勝った者には、何もトラブルがなかったように勘違いしている。むかし、F1で勝てない理由をマシン(クルマ)の所為にしていた鈴木亜久里や片山右京のことを思い出す。かれらは、常勝するアイルトンセナのマシンには何のトラブルもないかのように、マシンの所為にしていた(マシンの所為だと口外していた)。しかし、勝者も、敗者以上にトラブルを抱えている。勝者になったために目立たないだけのことだ。努力やトラブルは、勝者のためにあるのであって、敗者にそれを語る資格はない。敗者はだから敗者なのだ。というより、努力やトラブルをそれとして語るには、勝者になるしかないのである。そのための努力なのである。

 負けるというのは、最高の孤独だ。だから誰も負けたくはない。なのに「朝日」の記事は「銀メダルを『負け』といえる清水は、幸せな競技者なのかもしれない」と締めくくっていた(写真:高山顕治は最高、記事:志方浩文はサイテー)。バカな。銀メダルをとるための戦いなんて存在するわけがない。勝つことに順位などない。戦いは留保なく勝つからこそ美しいのであって、銀を取るということは、相対性の極値、つまり、最高に屈辱的なことだ。それを一番よくわかっているのは、清水自身。清水の表情(同上)は、敗者の孤独を実に見事に映し出していた。嗚呼、清水。


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