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328 | 8/12(木) 06:16:21 |
貧乏人のための別荘論 ― 蓼科に行っていました。 | 芦田宏直 | 1 | 4410 |
先週土曜日から夏休みに入っているが、早速、4日間蓼科(三井の森http://www.mitsuinomori.co.jp/main.html)に行って来た。老舗の広告代理店が有している別荘(ログハウス)を運良く借りることができた。ここは以前にも借りたことがあって、5年ぶりの蓼科だった。家内の短い“転地療養”の実験ということもあり(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=124)、息子の太郎も(車椅子係として)連れて行った。 世田谷南烏山の自宅を出て、中央高速を一走り。現地までは1時間半で到着。あっという間だった(「少し飛ばしすぎ」という家族の声もあったが)。三井の森(http://www.mitsuinomori.co.jp/main.html)は、蓼科の別荘地帯の中では、茅野市街から一番“手前”(低いところ)にあるがそれでもやはり涼しいし、湿気も少ない。4日間、家内は日中でも寝込むこともなく、通常の観光客と同じように動けた。特に足が張ることなどまったくなく、やはり気候の影響は大きいということがわかった(ふたたび自宅に帰ってきてからはやはり足が張るらしい)。 2日目には「白樺湖」(http://www.shirakabako.com/home/index.html)から「ビーナスライン」(http://www.venus-line.net/)、「車山高原」(http://www.kurumayama.com/)を走り、「美ヶ原高原美術館」(http://www.utsukushi-oam.jp/utsukushi.html)まで足を伸ばした。足を伸ばしたというよりも、途中、「八島ヶ原湿原」(http://www.j-all.com/yashima/)に立ち寄ろうとしたのだが、駐車場が満杯で混んでいたので、「美ヶ原高原美術館」にまで走るしかなかった。フジテレビの運営する美術館など期待してもしようがないが、このドライブコースの特長は、ところどころに平坦路があり、峠をひたすら登るという悲壮感がないことだ。絶景を充分に満喫できる。 3日目にはほとんど同じコースだが、蓼科湖(http://www.tateshina.ne.jp/pukiwiki.php?%E8%FA%B2%CA%B8%D0)から横岳山麓(http://www.geocities.co.jp/NatureLand/2876/yokodake.htm)にあるピラタスロープウエイ(http://www.pilatus.jp/green/gp/gr_top.htm)を目指した。ロープウエイ乗り場の駐車場は比較的空いていたが、まずロープウエイの乗り場までに、階段が15段もある。車椅子では無理。乗り場案内に「車椅子でも乗れますか」と聞いたら、「大丈夫ですが、乗り場までの階段は大丈夫ですか」と案の定聞かれる。 車椅子同伴の今回の遠出で気づいたことは、レストランでも乗り物でも、入り口で階段のある所は入ることが難しい(当たり前のことだが)ということだ。現在の家内の足では5段が限界。どちらにしても、レストラン内の移動は車椅子が必要だから、階段で車椅子をはねつけられると面倒なことになる。足に包帯を巻いた若い女の子を背負うのなら絵にもなるが50歳近くの“おばさん”を背負っても様(さま)にならない。車椅子の人間を同伴すると“外遊”・外食にかなりの制限が生じるのだ。 そういえば、初日蓼科に着いたところで、お腹が空いていたので、適当なファミレスを見つけて車も駐車して入ろうとしたら、家内に「私どうするの?」と聞かれて、「あれ、あなたがいたのか」とわけのわからない会話をして、そばにいた息子が笑っている。家内が動けないことをすっかり忘れていた。急いで駐車場を出たが、おいしそうなそば屋が道沿いにたくさん並んでいた。「あそこも階段があるね」と通過したところがたくさんある。身障者歓迎と札が下がっている店も入る気はしないが、さりげない配慮があると助かる。 家族3人で入った唯一の外食が、2日目の蓼科湖湖畔『やまなみ』(http://www.iweb.ne.jp/yamanami/、http://www.tateshinakougen.gr.jp/gourmet/soba/s-2.html)というそば屋。家内を湖畔の椅子で休ませている間に、湖周辺のおみやげ屋やレストランを(散歩がてらに)見回っているとやけに人が並んでいるそば屋があった。玄関の予約表を見ると待ち数が5組もある。他にもそば屋はいくつもあったが、ここだけが並んでいる。これはおいしいに違いない。しかも階段がないし、店の中にも段差がない。OK。それほど待たないのなら入ろうと思って(もともと食事に来たわけではないから)、予約帳に「アシダ」と名前だけは(記念ふうに)書いておいた。 しばらく湖畔を(歩きで)回って、もう一度『やまなみ』(http://www.iweb.ne.jp/yamanami/)に寄ったら、もうすぐの順番。2、3分待ったら「アシダ」を「ワセダ」と読み間違われて、「ワセダさん、おられますか?」。たしかに「ワセダ」一家(私も家内も息子も)だが、「アシダですが」と言い直したら、やはりそうだった。ここのそばは予想通りおいしかった。とにもかくにもこんなに腰の強い(ねばりのある)そばを食べたのは初めてだ。石臼で挽いたそばらしい。行楽地の食べ物なんてそんなに期待してもしようがないものだが、ここのそばはなかなかのものだ。みなさんも奥蓼科に行ったらぜひ『やまなみ』に寄ってみてください。車椅子でもまったくOKです。三人で外食したのは1年半以上前のことで、まさか蓼科湖畔で(三人で)そばを食べるとは思ってもみなかった。 白樺湖も蓼科湖も名前はかっこういいが、どちらも灌漑湖で、スケールは小さい。実際に来てみるとどうということもない湖だが(蓼科湖なんて、この灌漑湖を作るのに当時の金ですら3000万円しかかかっていない小さな“溜池”にすぎない)、高地気候の爽快さがそのスケールの貧弱さを充分に助けているし、ドライブの休憩地としては決して悪くはない。 3日目は、本当は再度中央高速を北上し、上高地(http://www.kamikochi.or.jp/live.html)まで足を伸ばしたかったが(別荘持ち主の広告代理店の友人が推薦してくれていたのだが)、行楽地図を買うのを忘れてタイミングを逸してしまった。 それもこれも蓼科の別荘(三井の森)ではインターネット回線が使えず、“現地調査”が充分にできなかったからだ。PHSのインターネット常時接続パソコンを携帯していったが、やはり別荘地内ではPHSは全く役立たない。家内と私のFOMAも役立たず、息子のMOVAがやっと使える程度。たしかに俗世間と隔絶されるという点ではいいことだが、観光案内という点でもインターネット情報は、行楽地図よりもはるかに役立つ。今回の『芦田の毎日』のこの記事も帰ってきてから集めた情報ばかりで、あとから「へぇー」と思うことも多い。『やまなみ』なんてそば屋もよくこんな有名な(たぶん)そば屋を通りすがりで見つけることができたものだ。 しかし、4日間の別荘ライフであちこち移動するというのも貧乏性というものだろう。あっという間の4日間だった。本当は最低でも1週間はいないと意味がない。この別荘は基本的に多くても2泊3日が原則らしい。これでも(4日間でも)余裕がある方だ。会員制の別荘でも(この夏休み中であれば)3泊4日は厳しいかもしれない。 かといって、自分で別荘を所有するというのも勇気がいる。年間でも10日使うか使わないかの利用のために別荘を持つ意味はほとんどない。ほとんど百科事典並の利用率だ。もっとも利用率を気にしない人たちを〈金持ち〉と言うのかもしれない。百科事典も文化的な金持ちしか持っていないからだ。 利用率だけではなく、その背後には維持管理費もある。滅多に利用しない別荘を、利用したいときにだけ利用できるということは、毎日の管理が大変だということだ。寸暇を惜しんで週末も利用しようとなると掃除だけで一日が潰れる。だから使うときに使えるということは、使わないときにも使っているということ(=管理費)を覚悟しなければならない。そういった費用を賄うことができる人たちを“お金持ち”というのだろう。そう考えるとなかなか別荘など持てない。 現代の職種で、別荘地を満喫できるのは大学教授くらいだろう。早稲田なんて年間六ヶ月は休んでいる教授がいる(そのための一番の技は、試験期間中に試験を行わず、最終授業日に試験を行うことだ)。軽井沢とまで行かなくても“北”軽井沢くらいなら立派な別荘地を持っている教授たちがいくらでもいる。この人たちは経済的=合理的に別荘を持てる唯一の人種だ。 しかしいちばん経済的なのは、(私の場合のように)友人や知人の別荘を渡り歩くということだろう。面倒な管理費も入らない。シーツ代くらいだ。 私の場合、別荘に向かないな、という性向が一つだけある。別荘を自宅と同じ環境にしたがるということだ。今回の場合も7日土曜日のサッカー(日本対中国)を見るために、自宅から100インチ投射のプロジェクタを持ち込んでいた。スクリーンをどうしようかと考えたあげく、布団屋で真っ白なシーツ(2300円)を買って用意したが、これがなかなか役に立った。 これだけではない。テレビのスピーカーでは迫力がないと思い、SONYのステレオアクティブスピーカー(アンプ内蔵のスピーカー)も持ち込んだ。これも大成功だった。ついでにDVDプレイヤーも持ち込んで、レンタル屋で借りた『ラストサムライ』も見ることができ、他人の別荘でほとんど自宅環境を再現することができた。 しかし別荘ライフとしてはこれは邪道だろう。同じことをやってもしようがない。これを貧乏性というのだろう。コンビニを見つけて安心して、自宅で使っているシャンプーや寝ぐせ直しスプレーを買い直している自分を情けないと思ったりもする。もっと安心したのは茅野市街地にある『ヤマダ電機』(http://www.yamada-denki.jp/stores/webshop/usr/new-tenpo/map/NAGANO/chino.htm)を見つけたときだった(ここにも『ヤマダ電機』がある!と感激した)。ここは廊下も広いし(『ヤマダ電機』は展示通路がゆったり取ってあるのが特長)、階段はあるが、荷送用のエレベータを使って車椅子をあげてくれる。ここもそば屋の『やまなみ』同様家族三人で来られた久しぶりの店舗だった。東京の『ヤマダ電機』(http://www.yamada-denki.jp/stores/webshop/usr/new-tenpo/map/TOKYO/tokyo-h.htm)は駐車場がいつも満杯でとても入場できないが、さすが茅野市の『ヤマダ電機』は安全な駐車場が自由に選択できて、うれしくて三日間連続して通っていた。 この短い別荘ライフでも家内の症状は、やはり気候にかなりの影響を受けていることがわかった。一層のこと、この別荘の役に立たない家政婦として置いてきた方がよかったのかもしれない。それほど夏の蓼科はよかった。日本で家内の病気を治すのには、超金持ちになるしかないのかもしれない。というより、別荘文化や病人文化を観察してみると、金持ちであることがどういうことであるのかがよくわかる。中間階級(の肥大化)なんて幻想だというのがよくわかる。 |
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