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222 11/16(日)
03:48:19
 羽田空港搭乗手続きと山口講演  メール転送 芦田宏直  3487 

 
 今日(昨日11月15日)は、予告通り(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=219.217.2)羽田発JAL463便(12:20発)で、山口県宇部にある専門学校(学校法人昇陽学園グループ)の研修会に講師で招かれて行って来たが、出発で危機一髪の経験をした。

 最初にお断りしておくが、私は飛行機に滅多に乗らない。西洋哲学を専攻したくせに、外国には一度も行ったことがないし(自慢じゃないが)、初めて飛行機に乗ったのが、47歳の、つい最近2001年、北海道で講演したとき(http://www.ashida.info/trees/trees.cgi?log=&v=219&e=msg&lp=219&st=400)。二回目が広島で講演したときの2002年(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=45)。そして、今回の山口が3回目の「フライト」。すべて講演旅行。こんなことでもないと私は旅行はまったくしない(新婚旅行さえ、京都で結婚式をあげて、帰りの新幹線をグリーン車にした程度)、外出そのものをしない。いつも学校と自宅を往復しているだけだ。大学時代、大学院時代もそうだった。生活は単調そのものだ。最近は家内の病院通いが外出を余儀なくさせているが。だから、今回の危機一髪もそんな私の未熟さから来ている危機であって、普通の人には喜劇でしかないことをお断りしておく。

 私の自宅(世田谷南烏山二丁目)から、羽田まで電車を乗り継いで何分かかると思いますか(まず私は京王線・山手線・京浜急行で羽田と決めた)。自宅を出て京王線蘆花公園駅(駅まで徒歩4分)で電車(各駅)に乗ったのが11時1分(これがどう見ても結果的には20分遅かった)。新宿駅まで16分。新宿駅から品川駅までは19分と表示があるが、こんな時に限って、新幹線に乗るのと勘違いして(遠出は私の場合新幹線でしかないから)、中央線のホームに昇ってしまった。というより、電車は「なかの」を出ました、という表示を見て、何で品川に行く山手線が、中野から来るのよ、と自問したら、そこは中央線ホーム。やっぱり新幹線に乗るのと勘違いだった。そこでいそいで山手線のホームに戻り、品川に着いたのが11:40すぎ。京浜急行で品川から羽田まで、何分かかるかまったく予想していなかった。「普通」が丁度ホームに着いたため、マイクを持った駅員さんに、「羽田に急ぐには、この電車でいい?」と聞いたら、次の「特急」に乗ってください、と言われた。それはそれでいいが、もう11:45分を超えている。次に来る「特急」は、何時に到着しますか? と聞いたら、「12:02」と言う。ちょっとまて、これはまずい。いくら私が飛行機に無知とは言え、12:20発の飛行機に乗るのに、12:02に京急羽田駅に到着する電車に乗る、ということはどういうことだ。たしか、飛行機は、搭乗手続きを含めて、20分から30分くらい前には着いていないとまずかったはず。

 搭乗手続きも京急・品川でできる場所がふと目にとまったが、3回しか乗ったことのない初心者の私には難しそうだし、それに羽田に着くのが先決、との判断を優先し急ぎ足でホームに立った次第。47分に特急が着いたが、駅員さんに、飛行機に乗るのに一番近い車両はどこ? と聞いたら、「一番後ろです」と言う。一番後ろに乗った(田口トモロヲ調)。なんとなく、この10数分のうちに凄惨な事態が待ちかまえているのではないか、と予感がした。

 京急では最初は座っていたが、これはまずいと思い始め、搭乗カウンタに連絡できないかと、席を立ち、104で羽田空港・JAL搭乗カウンタと聞いたが、「お届けがありません」、とのこと。何でよ、と憤慨。仕方なく、空港代表の番号を聞いてかけてみたら、「搭乗カウンタの電話は御座いません」とまた断られる。予約センターをご案内しましょうか、と言われたが、それは関係ないでしょ、と聞こえない独り言を言って、作戦変更。「あのー、12:20分発のJAL463便宇部行きに乗る者ですが、予定通り、出発しそうですか」とまず聞いた(もはやダメかもしれないと弱気になっていたからだ)。少し間があったが、「現在のところ、定刻通りです」。あらー、もうダメか。そこで、ど素人の次の質問。「搭乗手続きは何分前まで受け付けていますか?」と恐る恐る聞いた。「通常15分前までです」。無言。「ありがとうございます(低い声で)」、と電話を切った。これらのトークは小声に終始した。いくら声の大きい私でも、羽田行きの京急に乗っていて、人に聞いてもらう内容ではないからだ。

 そこで、単純な算数。12:02に(仮に定刻に京急が羽田に)着いたとしたら、20分の出発まで18分ある。だからまだ15分以上ある。が(この「が」は重い)、それは京急・羽田のホームに着いてから3分で搭乗カウンタに到着しなければならないことを意味している。しかもそれは京急が1分も遅れない場合のこと。そのうえ、ホームからJALの搭乗手続きカウンタまでどのくらいの距離があるか、“3回目”の私にはまったく予想が付かない。この飛行機に乗れなかったら、山口の研修会会場に集まる50名近くの先生や校長先生たちはどうなるんだろう、とだんだん深刻になってきた。それとともに、京急が羽田駅に着いた後の(何百メートル走になるかわからない)ダッシュを考えると体中から汗が出てきた。しかもパソコンを入れた、決して軽くはないカバンも抱えている。とにもかくにも、到着後の(全速で走る)距離がわからない、というのが一番恐怖だった。

 刻々と12:02分が近づく。電車は12:02には着いたが(要するに京王線蘆花公園駅から京急羽田駅までは1時間強かかるということだ)、12:02:45秒だった。ますます窮地。扉が開いたら、確かに駅員が言ったとおり、左側に階段があり、行き先はわかったが、まずそのエスカレータ(10〜20メートルくらいか)をダッシュ。そのあと、少し走り、今度は20メートルから30メートルあるエスカレータもダッシュ。だんだん見覚えのある風景が見えてきた。JALの搭乗手続き場所への表示も見えてきた。そして今から思えば、最後のエスカレータ(これも20メートルから30メートルある)。子連れの家族がそのエスカレータに右列を開けずに立っていたので、「ゴメンナサイ(空けてください)」と急いで言ったまではよかった。しかし後がいけない。その人たちを追い越して4,5メートル昇ったところで、急に足が重くなって進まなくなった。歩く速さ以上に走れない。身体を左右に振らないと歩けなくなっていた。息はとっくに切れている。直前に「ゴメンナサイ(空けてください)」と言って勢いよく駆け上ったのは、何だったんだ? と自分でも格好悪くて、うしろの冷たい視線を過剰に気にしてしまった。私は歳を取ってしまっていることを忘れていたのだ。その最後のエスカレータでは、半分はもう歩いていた(息を切り肩を左右に揺らせながら)。登り切ったところで、幸いなことにすぐにJALの案内所が見えた。切符を渡した。女性の担当者の顔色が変わった(田口トモロヲ調)。その女性がこちらからは見えない受付側の機械にすぐに入力し始める。聞くのが怖かったが、小さな声で「間に合いましたか?」と聞いた。「ぎりぎりでした」。時計を見たら、12:07だった。

 たぶん、今日の体力はこれでほとんど使い果たした。講演には不吉なはじまりだった。

 山口空港に着いたのが、14:00すぎ。副理事長の井本さんにじきじきに空港で出迎えて頂いた。出迎えの最初の言葉は、「奥様が入院をされていて、大事な土曜日に、申し訳ありません」と言われてしまった。まずい、井本さんは「芦田の毎日」を読んでいる、と察知。「いえいえ、だからこそ『医療福祉』の学校の先生たちに会いに来ました」と答えておきました。

 会場の「山口医療福祉専門学校」(http://www.isen.yic.ac.jp/)までは出迎えの車で2、30分だったが、宇部といえば、宇部セメントや宇部興産(http://www.ube-ind.co.jp/japanese/index.htm)、さすがに巨大な敷地の中の大工場。道沿いに延々と続く。「宇部興産も確かに大きいですが主要製品ではトップシェアではないんですよ」と井本さん。地元の人らしい愛情に満ちたコメントだった。私は山口県には中学の修学旅行で秋吉台・秋芳洞に来たけだった。道路標示で「秋芳洞」とあったのを見て、なつかしかった。入院中の家内も一緒の修学旅行だった。

 会場に着いたのが14:30くらい。研修開始は15:00予定だったからまずまずの頃合いだった。私は、井本さんに質問時間を入れて2時間30分くらいは欲しい、と頼んでおいた。主題は、神戸セミナーと同じ「自己点検・評価」だが、一ヶ月前の内容にかなり手を入れている。資料も最新のものを用意した。

 会場に入ったら、全体に若い人たちが多い感じがした。最新の校舎で大学並みにきれいなゆったりとしたキャンパス。プロジェクタも大きく投射できる。なかなかのものだ。15:00から始めて1時間ほど経った16:00すぎに一度休憩(15分)。1時間経ってもまだ序論止まり。19枚あるパワーポイントスライドがまだこの時点で7枚しか終わっていなかった。その後、18:00まで話し続けて、のこり30分が質問。結局18:30まで3時間30分の講演になった。これでもかなり急いで話し、資料のすべてを説明することが出来なかったが、しかし、先生たちは熱心に聞いてくれていた。

 私の知る限りでは、16:00以降は2時間半ノンストップだったが、誰一人席を立つ人はいなかった。こんな経験は初めてだ。まだまだこの先生たちと話したかったが、帰りのJAL便は19:25発。何と言っても“羽田事件”をついさっき経験したばかり。ここで遅れるわけにもいかない(もちろん、そんな話は、一切先生たちには伏せていたが)。あと2,3時間は話したかった、と言ったらみなさんに笑われてしまった。この「自己点検・評価」の話は、じっくりやると5時間はかかる。質問が出てくれば、1日はかかる。でも長い方が、より本格的に話せる(1時間の神戸セミナーhttp://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=211.207.4よりははるかに話せた)。時計を見る人が少なかった、という点でもそうだ。もともと2時間半と言っていたのが、1時間も延びた(それも土曜日の夕方)のだから、講演終盤、時計を見る人が一人くらいいてもよかっただろうに、私にはそれがわからなかった。時間はそれでも足りなかったが、取りあえず80点の講演だったのでしょう。最後は、力強い拍手で送り出して頂きました。

 井本さんたち、どうも有り難うございました。食事もせずに帰ってきましたが、そんなことをおかまいもなしに3時間以上話をさせて頂いたことに、感謝しています。社交的な講演だと、その後の食事がむしろ主であったりしますが、この時間を当たり前のように頂いたことが井本さんや若い先生たちの、私への“謝礼”だと思っています。その山口県人らしい個性的で、自立的な気概で学校改革をおすすめ下さい。またいつでも飛んでいきますよ。次回は家を1時間30分前に出ます。


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