by ただのひとし(2009-11-23 22:02:11)
タイムライン論拝読させていただきました。どれだけ理解できているか自信はないのですが、2つ質問があります。
【一つ目の質問】
タイムラインの「現在」性においては、自他の区別は「身体性」へと還元されると理解したのですが、それは、みんな「身体」という普遍性の極限と、私の「身体」は、あなたの「身体」ではないという個別性の極限が、同時に現前しているという意味なのでしょうか。
【2つ目の質問】
タイムラインの「現在」性と(近代的な)主体とはどのような関係になっているのでしょうか。タイムラインは、「〈ストック〉や〈専門性〉を無きものとするのではなくて、心理主義的に微分化解体することによって、むしろ接近可能性を高める」ということは、解体されつつも、「無きもの」にはならず、何か新しい仕方で主体が保持されているという意味でしょうか。
こちらの記事のレベルに釣り合わない質問かもしれませんが、よろしくお願いいたします。
by ashida(2009-11-24 04:58:30)
一つ目の質問は、同時に現前しているということでいいと思います。タイムラインは物理で言う「加速器」のようなものだと思います。加速器の加速性はフォロー数が決めているということです。つまり、加速度は微分化度です。
二点目の質問は、簡単にお答えすることなど不可能。近代的な主体とは結局のところ、心理主義的な主体でしかなかったというのが私の現在の認識です。情報の相対主義(=機能主義)が行き着いたのが心理主義的な「タイムライン」だと思います。そこから先の考察は、再度機会を見て、正確に論じてみたいと思います。
by 匿名希望(2009-11-24 09:57:43)
芦田さんの長い記事も読みたいなあ。
最後まで読みますから!!
お忙しいと思いますが。
お願いします。
ファンより
by 匿名希望(2009-11-24 19:35:45)
私の長年のブログの読者が、なぜ長文を書いてくれないのか、とメールで幾つか訴えてきている。長文を書いても嫌われ、短文を書いても嫌われ。なんだかなぁ(苦笑)。
違います!
長文も好き、短文も好き、です。
(あるいははやく本書いて!)
熱烈ファンより