「観点別評価」と「生涯学習」と中曽根臨教審、あるいは〈主体的な学び〉について(『シラバス論』321~331頁)
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学生は〈顧客〉ではない(『シラバス論』186~188頁)
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大学における教育と研究との関係について ― フンボルト理念とセネカのDocendo discimus ― (『シラバス論』194~198頁)
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学校教育における職業教育の諸課題(『シラバス論』351~356頁)
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カリキュラムの反対語は「講座制」 ― 講座制の歴史について ― (『シラバス論』70~77頁)
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「大学の多様性」と「学生の多様性」と ― 「多様性と標準性の調和」(2008年)から「多様性と柔軟性の確保」へ(2018年) ― (『シラバス論』49~68頁)
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先生が「答えを教える」授業はダメな授業なのか(『シラバス論』240~251頁)
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学歴主義と最新学習歴主義(Learnology)について(『シラバス論 』371~378頁)
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苅谷剛彦と家庭格差と教育格差について(『シラバス論』278~286頁)
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〈教育〉と〈education〉という言葉の語源について(『シラバス論』272~277頁)
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名門私立小・中学校の入試と底辺大学の入試とが同じくAO入試である理由(『シラバス論』269~271頁)
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大学の種別化、機能的分化と専門職大学のことなど(『シラバス論 』261~265頁)
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「シラバスの書けない教員こそアクティブ・ラーニングや演習授業が大好きだ」(『シラバス論』261頁)。
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