家内の症状報告(131)― 最新ベータフェロン論が発表される(ベータフェロンはNMOには効かない、なんて今頃言われても) 2009年07月19日
宇多野病院の田中正美たちが新しい論文を発表している。"Interferon beta1b treatment in neuromyelitis optica."というものだ(European Neurology誌 online版7月7日掲載)。
この論文の結論は、日本人NMOでIFNb(ベータフェロン)は無効ということ。
NMOにIFNbは無効だということはこれまでにも散発的に指摘されてきたが、今回の論文は母集団を大きくして日本人CMS患者69名とNMO患者35名でIFNb投与による再発減少率、EDSS(障害度)変化率などを検討したもの。この人数でも、この分野ではそこそこの規模のサンプル数だ。
結果、CMS(従来型のMS)では再発率減少に想定通り有効だったが、NMOでは無効との結論を出している。ただし公表されているデータを見る限りでは、IFNbによってNMOの再発率が増えるという結果は得られていない(この問題は後でまた触れます)。
しかし、この論文の意義はそこにはない。
この論文における「NMO」患者とは、かの2006年の改訂NMO診断基準によって診断されている「NMO」患者。
2006年の改訂NMO基準とは、
1)視神経炎があること
2)急性脊髄炎があること
3)次の3つの支持項目のうち最低2つを満たすもの
①MRI上、3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変がある
②MRI上、MSの診断基準に合致しない脳病変がある
③血清中NMO-IgGが陽性
この3つ【全て】を満たすものがNMOと診断されるのが2006年改定基準。
この基準は、2006年5月のNeurology誌上で(Lennonも入ったグループにより)改定されたもの。
従って、今回得られた結論に関する母集団には抗AQP4抗体は陽性例も陰性例もあり、抗AQP4陰性でも他の基準を満たせば「NMO」と診断されている。
サブグループの解析では、NMO患者において、抗AQP4抗体が陽性でも陰性でもIFNb反応性に差が無かった(いずれも無効)と今回の論文では結論されている。
要するに、たとえ抗AQP4抗体が「陰性」でも、改訂NMO診断基準に沿って「NMO」と認められる場合には、IFNbを投与するべきではないということだ。
言い代えれば、視神経炎と急性脊髄炎があること、MRI上3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変があり、MRI上MSの診断基準に合致しない脳病変があれば、血清中NMO-IgGが「陰性」であっても、IFNbを投与するべきではないということだ。
患者の立場から言えば、
1)「MSです」と診断する場合に、抗AQP4抗体検査をまずは受けさせない病院+医師にはかからない方がいいこと(これは私がずっと前から言いつづけてきたこと→http://www.ashida.info/blog/2008/03/post_277.html)。
2)抗AQP4抗体検査が「陰性だから」という理由だけで、IFNbを投与するのは間違いだということ(これはこの田中たちの論文がはじめてデータをもって検証したこと)。抗AQP4抗体検査だけをあてにして、IFNbの投与の可否を決める病院+医師にはかからないほうがいいこと。
この2点である。この2点は「MSキャビン」が真っ先に啓蒙すべき内容だが、いつもこのことにはふれない(苦笑)。
※→http://www.ashida.info/blog/2008/10/ms.html
※ちなみに今気付いたことだが、私が先の記事で取り上げた中田郷子の記事「NMOとMS」は現在削除されており、リンクがたどれない(http://www.mscabin.org/pc/nmo.html)。
この論文のDiscussion部分にはこんなことが書いてある。
"(前略) the effect of IFN-beta1b treatment in patients with Japanese classic MS [13] was underestimated and that in Japanese patients with OSMS [13] was overestimated."
この註[13]という論文は、斎田たちがまとめたかの論文(2005年2月22日号 Neurology誌 621~630ページ 「インターフェロンベータ1bは日本人の再発寛解型MS患者において有効である:ランダム化された多施設研究」T. Saida, K. Tashiro, Y. Itoyama, T. Sato, Y. Ohashi, Z. Zhao and the Interferon Beta-1b Multiple Sclerosis Study Group of Japan)。
私の家内は、この論文の被害にあった患者の一人だが、今頃、「overestimate」であったと言われても苦笑するほかない。
何度も言うが、この論文の検証モデルは、1990年代中盤のもの。すでに2000年を超えた頃から、この論文を疑いうる知見は数々出ていたにもかかわらず、2005年になってしらじらしい研究成果を発表してしまった(この間の経緯は→http://www.ashida.info/blog/2008/03/post_277.html)。
どんなヤブ医者でもヤブ病院でもこの論文の結果だけは知っており(読まなくても)、「MSにはIFNbが効く」と思い続けている。未だにそう思い込んでいる人たちも多い。少し勉強熱心な医者でも、抗AQP4抗体検査が「陰性」であれば、「IFNbは投与してもよい」と思い込んでいる。
その意味で、この田中たちの論文の意義は、過去の論文におけるOSMSでのIFNbetaの効果が「overestimate」であったと指摘した点である。
国際的には余り着目されない論文だと思うが、日本国内では今回の論文のもつ意義は大きい。特に治療現場では重視されなければならない。
さて、私がこの論文に不満なのは、IFNbはNMOに「無効」と言うに留まり、憎悪例の報告がないということである。
今回の研究対象となった母集団は、「IFNbetaを投与した」CMS or NMOという縛りの中でのこと。デザイン上「憎悪する」という結論を導きにくいようになっている。「憎悪する」という結論をも導きうるためには、「IFNbetaを投与したNMO」と「IFNbetaを投与しなかったNMO」との間で比較する必要があるからだ。
論文中には、"Both patient groups showed increased EDSS scores after the treatment;
however, the NMO patients showed more pronounced worsening (p<0.0001) than
the RRMS patients (p<0.0008) as determined by McNemar’s test."という記載があり、IFNbetaの治療をしていても、CMS・NMO共にEDSS(障害度)は悪化し、その中で「IFNbetaを投与した」CMSと「IFNbetaを投与した」NMOを比べると、後者の方が障害度は悪化したと結論している。
ただこれはNMOの自然経過がMSの自然経過よりもアグレッシブであれば、IFNbetaとは無関係に説明できることになるため、母集団にIFNbetaを投与しなかったNMOが入らない限り、結局「IFNbetaによって悪化」するかどうかは確定できないまま。
他方、NMO患者におけるIFNbeta治療開始前後での年間再発率は提示されており、二者の値に統計学的有意差が出なかったということなので、IFNbeta投与によって再発率が増加するとも言えない(再発率だけが増悪の指標ではないが)
この論文の結論が中途半端なのは、このあたりのデータの扱い方だ。田中たちが「IFNbetaを投与しなかったNMO」についてデータを持っていないとは思えない。バイエル社に遠慮してワザと今回の対象から外し解析結果を明らかにしなかった、ということはないと信じたい(苦笑)。
症例報告レベルでは、私の家内もお世話になっている女子医大の清水先生が2008年初頭のJournal of Neurology誌に日本人NMO患者2名が、IFNbeta開始後2カ月以内に明らかに症状が悪化したと報告し警鐘を鳴らしている。この「2名」に私の家内が入っているかどうかは別にして、こういった貴重な報告も存在してはいる。
東北大学では抗AQP4抗体を測定していることから(依頼する際に患者の簡単な病歴を送るので)、その気になれば症例解析できるだろうに、最近はバイエル社の寄附講座がらみで少し遠慮しているのかも知れない(苦笑)。昨年開設したHP(http://www.ms.med.tohoku.ac.jp/)も啓蒙度が鈍化している(このHPもバイエル社の予算が入っているのかな?)。私立大学の研究者でも正直な報告をしているのに、抗AQP4抗体検査の先鞭を付けた東北大学が、田中たちの論文の未成熟なところを補えないというのはなさけないではないか。→「にほんブログ村」
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差し支えなければお聞きしたいのですが、
奥様はどのようにして インターフェロンを止められたのですか?