多発性硬化症とは何か(CMS/OSMS/NMOとは何か) ― 何がその治療に最適なのか(ベータフェロン治療はどこまで有害か) 2008年03月14日
2008年2月11日の私の記事に端を発して、2008年3月8日にとりあえずの“終わり”(まだまだ終わっていませんが)を迎えたPさんとのやりとりを全て纏めてみました。全部で10万文字にもわたるちょっとした長編ですが(400字詰め原稿用紙で250枚になり、A4版で印刷すると100枚になります)、私にはあっという間の出来事でした。
このやりとりは、多発性硬化症の専門医(あるいは先端研究者)には滅多に診てもらえない多くの多発性硬化症(CMS/OSMS/NMO)患者にとっても極めて有意義なものだと思います(私も数々の勉強が出来ました)。理論的な(研究に留まる)話しのようにも見えますが、治療薬の選択、将来の治療展望も含めて実践的な指針も随所に示されています。ぜひじっくりと(この週末にでも)読んでみてください。下手な小説を読むよりも刺激に満ちています(不謹慎かな)。
※なお、文中盛んに繰り返される CMS/OSMS/NMO について最初に説明しておきます。
●CMS(=Classical MS 従来型MS):大脳・小脳に主病巣を有し、欧米に多いMS(とされている)
●OSMS(=optical-spinal MS 視神経脊髄型MS):視神経、脊髄に主病巣を有し、日本、アジアに多い(とされている)
●NMO(=neuromyelitis optica,Devic's disease 視神経脊髄炎):症状はOSMSと似ているが、抗aquaporin 4抗体が陽性の場合は、OSMSではなくNMOではないか(と疑われている)
ただし、Pさんとのやりとりの議論は、これらの3現象の区別と連関を問い直しているため、あくまでも暫定的な記号とお考え下さい。Pさん自身はいつも「NMO/MS」という表記を終始一貫堅持されている。この場合「/」の意味が重要(と私には思える)。
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●家内の症状報告(90):未だに「多発性硬化症」と「NMO」との初期判断を優先させない病院がある ― なぜNMO抗体検査を受けさせないのか? 2008年02月11日
未だに「多発性硬化症 」と「NMO」との初期診断を優先させない病院があります。まずは、NMO抗体検査を受けさせるべきなのに。私が、家内の症状に付き合いながらNMO論をまとめて発表したのが、昨年の2月19日(http://www.ashida.info/blog/2007/02/msnmo.html)。にもかかわらず、それ以前の古い検査や治療を未だにくり返している病院や医師が存在している。こんな聞き捨てられないメールを今日先ほど頂きました。同様の悩みを抱えて苦しんでいる方もまだまだ多いと判断し、個人が特定できないよう一部修正しながらメールの内容を公開します。
いつもブログを拝見させて頂いております。
突然のメールで申し訳ございません。
お手すきの時に読んで頂ければ、幸いに思います。
奥様の病状は、いかがですか 。
私は、○○県に住む○○○と言います。
21歳の娘がいますが、昨年の1月に突然脱力し、歩けずに入院いたしました。
近くの総合病院に入院致しましたが、直ぐに「多発性硬化症の疑い」があると診断されました。
しかし、どの検査も異常なしで、1週間で退院いたしました。
その後、左の手の痺れ、握力がない、目の奥の痛み、頭痛、左足のつっぱりなど症状が改善しなかった為、T医大に行きました。
その病院の○○担当医に、「100パーセント、重い病気じゃないから、心療内科に行きなさい」と言われました。
でも、その後も歩けなかったり、辛い日々を過ごし、今度は、T医大の地元分室の○○先生の所に行きました。
「最初の担当医の見解と一緒です。心療内科に行きなさい」とまた言われ、娘も私も途方にくれてしまいました。
6月になり、またひどく脱力したので、今度は○○のJ医大へ行きました。すると「多発性硬化症の疑い」と言われ、直ぐにパルス療法を受けました。
しかし入院して検査しましたが、どの検査でも大きな問題が見つかりませんでした。娘も私も、T医大でも、総合病院でも、何の治療もして頂けなかったので、パルスだけでも、とてもありがたく、感謝の気持ちで一杯でした。
パルスのお陰で、少しずつ回復しましたが、また、直ぐに悪化しました。そんなことの繰り返しで、気付いてみると一年が経過し、少しずつ戻りが悪くなっていました。
そんな折、先月の末に担当医の先生から、「たぶんNMOだ」と言われました。目にみえて進行しているからでしょうか。それで、今月もう一度、MRIの検査と、髄液検査をやります。
私は、担当医の先生に初めて不信感を持ちました。
娘は、最初からとても目が痛いこと、かなりな頭痛があること、などを伝えていたのに、 なぜNMOの検査について、7ヶ月も経過してから気付くのだろうと。
確かにハートは温かい優しい先生ですが、経験と知識に疑問を持ちました。専門医の病院に変えた方が、進行の度合いを遅らせられるのではないかと悩んでいます。
しかし、紹介状もなく行けば、またT医大のように、一番若い先生にあたるとまた不安ですし。
現在の娘の様子といえば、眼痛がひどく、頭痛、脱力、特にウートフの症状が強く、おばあさんになったように、毎日パジャマで過ごし、起きている時間が激減しました。痛い時には、目に隈が出来る程、耐えています。
私は、そんな娘の姿にどんなことをしてでも、今の状態より辛くないようにしてあげたいと、考えています。
私は、輸入業をしていまして、自宅店舗で仕事しています。その仕事を、娘にも手伝ってもらっていました。でも最近は、それも出来ない体調です。はっぱをかけてでも、やらせた方がいいのか、それも悩んでいます。
できれば、毎日決まった時間に起床して欲しいですし、1時間でも仕事して欲しい。どんどん娘の自由がなくなっていくのが、辛いですね。
すみません、止め処もなく私の辛いことばかり書いてしまいまして。本当は、お話したいことがいっぱいありすぎてまとまりません。
読んで頂いただけでも、幸いです。ありがとうございました(2008/2/10 21:48)。
以上がメールの全文。後は住所とお母様の携帯電話番号まで記載されていました(見ず知らずの私に住所と電話番号まで告知されるのだからよほど深刻なのでしょう)。私はお医者様ならいつでも紹介することと多発性硬化症とNMOとは治療法が若干(あるいはかなり)異なるだろうから、早くNMO抗体検査を受けるようにと、返信しました。このコミュニティの最近の記事(最近発症した人の記事)を見ても、未だに抗体検査を受けていない人がいるようですが、「多発性硬化症」と診断を受けた場合でもまずはNMO抗体検査を受けるべきだと思います。
なお、この文中で言う「心療内科」とはご承知のように「精神内科」のことです。多発性硬化症やNMOにまともな知見のない病院や医師は大概の場合、これらの病気の痛みの意味をわからないままに精神病扱いします(そういう場合もあることにはありますが)。特に若い人は痛みの経験が浅いため、神経症的な痛みに耐えるだけでも目にクマができるほど悲惨な症状を体験します。それを放置した大学病院もひどいものです。
>返信して30分も経たないうちに、早速、以下のような返事を頂きました。
芦田様
お忙しい中、早々のお返事、ありがとうございました。とても感謝の気持ちでいっぱいです。
奥様も、やはり病気と闘い続けているんですね。今でも沢山の自由を奪われているのに、更にとは、考えたくもないことです。私もささやかながら、奥様の再発が起きないことを、お祈りしております。
先月の31日に、「NMOかもしれない」と言われてから、私も私なりに勉強してみました。 芦田様のブログもよく読み直し、なぜ主治医は、NMO抗体検査をしてくれないんだろうと、疑問です。
血液検査は、今月の予定に入っていません。しかも新潟大学などに検査依頼を出すので、結果までに時間がかかりますよね。なおさら、その検査が一番先のような気がします。
12日が、今月2回目のMRI検査の予定なので、その時に先生に訊いてみようと思います。 今月は、どんなに痛くても検査に出なくなってしまうからとプレドニンは処方されていません。でも、娘は眼痛が限界だといい、12日には先生に処方して欲しいと言うそうです。
お忙しい中、大変恐縮ですが、お電話で相談にのって頂けませんでしょうか。この先どうこの病気と付き合っていったらいいのか、アドバイスして頂けませんか。
主治医の先生の説明よりも、芦田様のブログの方が、どんなにか解りやすい。本当に、心救われました。私達親子の様に、たくさんの方がきっと芦田様のブログに励まされ、勇気をもらったことでしょう。本当に素晴らしい。ありがとうございます。(2008/2/10 23:43)
私は夜中だったがすぐに記載のあった携帯電話に電話をし、今、家内が話し続けています(現在の時間は11日の深夜0:30)。もちろんベッドの中で寝たままですが。家内も「ひどいわねぇ」と憤慨していますが、他人様のことを考えている場合でもないような気がします(笑)。でもこの女性の場合はまだ21歳(内の息子よりも若い)。お母さんもたまらないでしょう。これも何かの縁。私も微力ながら精一杯ヘルプしたいと思います。
私たちが、その電話でアドバイスをしたのは、以下の諸点。どれもこれもこの病気の常識だが、どれもこれもはじめて聞いたものだったらしい。
1)まず毎日1.5~2リットル以上の水を取ること。そうやって血流をよくすることが大切。(ただしこれには正反対の異論もあるらしい。私の経験上の話しと思って下さい)。
2)深呼吸をどんな場合にでもくり返すこと。これも血流を良くすることの秘訣。血流を良くすることは深い眠りを得るためにも必要。
3)MS患者、NMO患者にとっては、睡眠はそれ自体最高の治療。特に神経を安定させ、炎症を鎮める機能がある。決して怠惰なのではない。
4)股関節を回すように生活の中で注意すること。股関節が脚部機能の鍵を握っている。
5)外で出るときは帽子を必ずつけること。直射日光は炎症を起こしやすい。これはこの病気の常識中の常識。
6)膀胱障害がたぶん起こっている。水分をたくさん摂取して尿意を意識的に起こすような処置を取ること。恥ずかしくて、医師にも家族にも隠している場合もあるから娘さんのトイレの回数に注意すること。
7)MRIでは、この段階で炎症を発見するのは難しい。すぐにでもプレドニンを服用して炎症を鎮めることが重要(でも先生に良く相談してね)。検査のための検査を優先させない。再発は絶対に避けなくてはいけない。
8)NMO抗体検査については、「MS」判定さえ出来ない(特定疾患認定が下りない)患者のNMO判定のために真っ先に抗体検査を行うことを病院や医師は嫌がる。それでなくても面倒くさいこの抗体検査を、新潟大学、九州大学、東北大学の研究者集団に(無料で)依頼するのは、なかなか気が引けることなのだ。この段階では粘り強く抗体検査を願い出るしかない。
●家内の症状報告(91) ― 「MS/NMOの専門家」は一体日本に何人いるというのか? 2008年02月13日
先の記事、家内の症状報告(90) に、おそらくは医療関係者と思われる方からご丁寧なコメントを頂きました。滅多にない勉強の機会ですので、公開したいと思います。家内の症状報告(90)のコメントを頂いたのがきっかけです。もともとはミクシィ(MIXI)の「多発性硬化症」のコミュニティでのやりとりになります。
ミクシィ(MIXI)日記よりの転載
>Pさん
横からすみません。
NMO抗体検査(現在日本で行われているのは厳密には抗AQP4抗体検査です)は保険適用を研究班が強く働きかけている最中ですが、現在は一切保険適用がありません。また検査手法そのものが標準化されておらず、商業ベースでの検査をしてくれる検査機関もまだありません。現在は、多忙極まる特定の大学病院(全国に3か所)の医師が、それぞれの研究機関の研究費を持ち出して、空いた時間を使って調べてくれているのみです。よって、特定疾患の認定や公費助成とは無関係に、検査そのものは全くの無償で行われています。「病名特定以前にその特定のために抗体検査を行うことを病院や医師は嫌がる」というのは誤解だと思います。そもそも診断の際に行う検査であり、病名特定された場合は検査をする必要が薄れます(ただ、将来的に抗体価が定量化できれば、発症後の病勢をしらべるマーカーになってくるかも知れません)。
例え神経内科専門医でもNMO/MSの専門家でないと、国内のどの大学のどの先生に検査を依頼してよいか分からないのではないかと思います。また現在はNMOの診断基準の補助項目のうちの1個になっているに過ぎず、必ずしも診断に必要なものではなく、よほど疑わないと他大学の先生に手間のかかる検査(現在汎用されている抗AQP4抗体検査は特殊な細胞を培養して遺伝子を導入してAQP4を発現させ、それと反応する抗体を血清から探すという、かなり手間のかかる検査です)をお願いするのはとても気が引けることなのは理解できなくもありません。ただ、NMO/MSの専門家であれば、検査をしてくれる先生と顔なじみだったりして頼みやすいということはあると思います。
いずれ保険適用が成され商業ベースで検査ができるようになればどこでも検査をしてくれると思いますが、それまでは神経内科専門医ではなく、NMO/MSの専門家の外来を受診することを強くお勧めします。
>私(芦田)の返信
私(芦田)が言いたかったのは、そうではなくて、「お願いするのはとても気が引けることなのは理解できなくもありません」という状況下で、MSかNMOかなんだかわからないままの診断状況が重なって、その上でNMO抗体検査(=抗AQP4抗体検査)を御願いすることは、なおさら難しいということです。依然として、 NMO抗体検査は患者に開かれていないということですよね。
あなたの言われるとおり助成も何もないとすれば、そしてその意味で新潟大学、東北大学、九州大学の研究者達の善意(この善意も研究費という助成にのっかった善意であるわけですが)に頼っているとすれば、NMOかもしれない日本国内の「MS患者」の決して少なくはない人たちはどうすればいいのか(私の家内の病院でもMS患者全被験者50名の内、7名が「陽性」と出ました)。一説には日本型MSの30%前後がNMOではないかとも言われている。NMO治療にとってはこれは絶望的な状況だということですよね。
あなたの言う「よほど疑わないと」というのは、どんな感じなのでしょうか。
① 女性に多いか、年齢が比較的高齢
② 脳内炎症がほとんど見られない人(視神経か脊髄に炎症が比較的集中する人)
③ 一回の再発炎症の規模が大きい人
④ ベータフェロンの効果が見られない人(むしろ悪化する場合がある人)
この4つのすべてを充たすということでしょうか。私の家内の場合、このすべてを何年にも渡って充たしていましたが、それでもNMOと診察されたのは、抗体検査後のことです。
実際NMO抗体検査を受けたいと申し出ても、「そんな検査必要ないですよ」と根拠もなく突き返される場合がほとんどらしい。その理由はほとんどの場合(薬剤会社の絡まない善意の反応の場合)「お願いするのはとても気が引けることなのは理解できなくもありません」というものでしょう。でもこれは医学的な問題ではない。
一方で、九州大学や宇多野病院など公開的にNMO抗体検査を受け付けるところも昨年来出てきている。こういった情報を「お願いするのはとても気が引けることなのは理解できなくもありません」などと医師達の内輪話のように「横から」口出すのではなくて、もっともっと広めていくべきです。
厚労省の免疫調査班の報告でさえ、すでに昨年の4月16日に以下のような重要な警告を発しています。これはNMO抗体検査(「抗AQP4抗体の測定」)を受けなさいというものです。しかも「よほど疑わないと」ではなくて、インターフェロンベータを「使用していても再発回数の減少がみられない場合」という極めて広範な現象をカバーする事例に対して抗体検査をすすめています。大概の「MS」患者はベータフェロン治療を受けているのですから、先の私(芦田)の4兆候よりもはるかに緩やかな、それゆえ広範なMS患者に対する指導です。
「したがって、抗AQP4抗体陽性例とnon-responderの関連を考慮すると、LESCLを有する例や膠原病を合併する例で新規にインターフェロンベータを開始する場合や、これまで使用していても再発回数の減少がみられない場合は、抗AQP4抗体の測定が望ましいと考えられます.もし陽性である場合は、抗AQP4抗体の意義が明らかになるまでは、新規例についてはインターフェロンベータの開始は慎重に検討する (あるいは見合わせる)、これまで使用して再発回数の減少がみられない例については継続を再検討するなどが必要と思われます」(http://nimmunol.umin.jp/official/med/20070416a.html )。
「よほど疑わないと」というのは、この厚労省の免疫調査班以前の判断です。そういった判断がこの21才の若い患者さんに対する治療法の選択を遅らせているのだと私(芦田)は思います。
>Pさんの再コメント
>8)NMO抗体検査については、特定疾患認定が下りないと公費助成がないため、病名特定以前にその特定のために抗体検査を行うことを病院や医師は嫌がる。この段階では粘り強く抗体検査を願い出るしかない。
私のコメントはこの点についての芦田さんの誤解を解くべく書いたものです。「公費助成がないから病名特定以前に検査を行うことを病院は医師は嫌がる」のではないし、逆に「病名がMS(NMO)と特定されて(特定疾患の)公費助成が出たから(有料の)抗体検査をやってくれる」のでもないです。現時点で検査は無償であり、患者本人が特定疾患に認定されているかどうかは関係のないことです。
そして、私の書き方が分かりにくかったのだと思いますが、「よほど疑わないと」というのは、その前文にある、”NMO/MSの専門家でない神経内科専門医”においてです。
NMO/MS専門家の中では抗AQP4抗体検査についてはもはや常識です。診断確定時には当然として、ベタフェロンの新規開始時や使っていて再発した例においてはまずチェックするでしょうし、或いは「ステロイドを減らしていくと再発するMS」例においても大概チェックするでしょうし、たとえベタフェロンが再発を抑えているように見えている症例でも、LESCLが経過中にあったのならば、今後のことを考えて大概チェックするでしょう。或いは脊髄炎と視神経炎のどちらかしかない患者や、いずれにも病変がなくても第三脳室付近に原因不明の脳炎を生じている患者についても、調べるかも知れません。
しかしながら、神経内科専門医の中でNMO/MSの専門家は少ないのが現状です。専門として多いのは、アルツハイマー、パーキンソン、頭痛、脳血管障害です。残念ながら1万人超のNMO/MS患者は神経内科の抱える患者全体からすれば少なく、その専門家もまた少ないのです。
このNMO/MSの専門家以外の神経内科専門医には、OSMS(視神経脊髄型MS)とCMS(古典的MS)とNMO(視神経脊髄炎)についての相互関係を知らない医師もかなり居ます(初診医でこれらの情報を正確に知っている先生は珍しいのでは?)。そんな医師に抗AQP4抗体検査をして欲しいと言ってやってくれるでしょうか。やってくれるとすれば、悩んだ挙句に身体所見としてはNMOの診断基準を満たさないが、抗体価が陽性なら満たすかも、と「よほど疑った」場合で、それとて、特定の大学に依頼する検査ですから、どうやって依頼するか分かりにくく(全血・血清・脳脊髄液?(ちなみに脳脊髄液検査だと思っている医師も多い)、量?、冷蔵・冷凍?、)、誰先生?等)。商業ベースに乗っているなら、そこの会社の担当者を呼びつけて、検査しといてね、と言って後は採血室に指示をしておけば、勝手にやってくれるようですが。
あと、診断は診断基準によります。現時点では抗AQP4抗体が陽性でも他を満たさないとNMOとは診断できません。何ら神経学的・画像的証左がなく、自覚症状のみであれば検査依頼は常識的に無理でしょう。陽性でも診断付かないのですから。
小生の文面を誤解されたように思えた部分に対する補足は以上です。
ちなみに、芦田さんの仰るとおり、
>実際NMO抗体検査を受けたいと申し出ても、「そんな検査必要ないですよ」と根拠もなく突き返される場合がほとんどらしい。
が現実だと思います。
>その理由はほとんどの場合(薬剤会社の絡まない善意の反応の場合)「お願いするのはとても気が引けることなのは理解できなくもありません」というものでしょう。でもこれは医学的な問題ではない。
これは違うと思います。その医師がNMO/MSの専門家でなくそこまで検査の意義を知らないからでは?バイエルシェーリングも抗体検査をするように宣伝してるようですよ。損害賠償請求が怖い?からですかね。
>そういった判断がこの21才の若い患者さんに対する治療法の選択を遅らせているのだと私は思います。
もしNMOを疑う根拠が事実あるならば全くそうだと思います。パルスをやったということは画像的根拠があったのかも知れません。抗AQP4抗体陽性であればhigh-risk syndrome of NMOと考え、パルス後にプレドニンand/orアザチオプリンを使うのでしょうが。
なんで芦田さんが知っているようなことを、神経内科専門医が知らないのだ、おかしい、と思われるかも知れませんが、一般の神経内科専門医にとってはNMO/MSは日本の神経内科で遭遇する機会は少なく、寝る時間が足りないほど忙殺されている彼らにとっては、NMOの知識よりも脳梗塞に対する tPAを勉強するほうが優先されるでしょう。
よって、現時点の現実的な対応としては、NMO/MS専門家を受診するしかない、と思われるのです。
一応、NMOの改訂診断基準(2006年)を書いておきます。
1) 視神経炎があること
2)急性脊髄炎があること
3)次の3つの支持項目のうち最低2つを満たすもの
①MRI上、3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変がある
②MRI上、MSの診断基準に合致しない脳病変がある
③血清中NMO-IgGが陽性
この3つ【全て】を満たすものがNMOと診断されます。
当然ですが、1)2)も自覚症状ではなく他覚的検査所見で示すことになります。
ちなみに、東北大は【あくまで研究論文の中で】ですが、NMO疑いとも言うべき、high-risk syndrome of NMOを提示しています。
1) 脳病変を欠く、再発性の視神経炎
2) 3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変(脳病変の有無は問わない)
3) 視神経炎 and/or 3椎体以下の脊髄病変があり、NMOに矛盾しない脳病変(左右対称性の瀰漫性白質病変・左右対称性の間脳病変・左右対称性の脳室周囲病変)があるもの
この何れかに該当するとhigh-risk syndrome of NMO、としていますが、国際的な評価は得られていません(high-risk syndrome of NMOが実際にNMOになる確率はどの程度かは不明)。
但し、NMO-IgGの火付け役であるMayoからの小数例の追跡報告では、3椎体長以上に及ぶ横断性脊髄炎で原因不明のものにおいて、NMO- IgGが陽性であれば、その後1年のフォローアップで約44%が横断性脊髄炎を再発し、約11%が視神経炎を発症する(ここでNMO診断とされますね)と指摘されています。大規模数での確認が待たれるところです。
小生の勝手な妄想として、high-risk syndrome of NMOでNMO-IgG(抗AQP4抗体)陽性であれば、再発予防治療の開始に踏み込んでもいいのではないかと感じます。患者本人が、実はNMOではないという誤診リスクと投薬による副作用リスクを納得できれば、ですが。やることは免疫抑制ですから、実は病変が感染症や腫瘍であった、という場合にはかなりリスクを負うことになるかも知れません。
>Pさんへの芦田の再質問
この、多発性硬化症とNMOとの関係について、詳細で多少とも本格的な議論が出来ることを私(芦田)は大変喜んでおります。そのことを私のお話の最初の前提にしたいと思っております。
そこで私(芦田)も誤解を解いておきたいと思います。
>8)NMO抗体検査については、特定疾患認定が下りないと公費助成がないため、病名特定以前にその特定のために抗体検査を行うことを病院や医師は嫌がる。この段階では粘り強く抗体検査を願い出るしかない。
>私(P)のコメントはこの点についての誤解を解くべく書いたものです。「公費助成がないから病名特定以前に検査を行うことを病院は医師は嫌がる」のではないし、逆に「病名がMS(NMO)と特定されて(特定疾患の)公費助成が出たから(有料の)抗体検査をやってくれる」のでもないです。現時点で検査は無償であり、患者本人が特定疾患に認定されているかどうかは関係のないことです。
(芦田)この説明はよくわかります。私(芦田)も誤解していたと思います。あなたのコメントの直後に東北大学のNMO専門医に問い合わせたところ、「無償のはず」という返答が返ってきました。狭い意味での「公費助成」の有無は問題ではないとしても、あなたも正直に指摘されているように抗体検査は病院や医師によって敷居が高いものであることは確かだと思います。
東北大学とのやりとり、そして何よりあなたとのやりとりから学んで、私(芦田)はブログの方では私の趣旨がストレートに生きるように以下のように第8項を書き換えました。
「8)NMO抗体検査については、「MS」判定さえ出来ない(特定疾患認定が下りない)患者のNMO判定のために真っ先に抗体検査を行うことを病院や医師は嫌がる。それでなくても面倒くさいこの抗体検査を、新潟大学、九州大学、東北大学の研究者集団に(無料で)依頼するのは、なかなか気が引けることなのだ。この段階では粘り強く抗体検査を願い出るしかない」。
そうしたら、さきほどあなたから次のような心あるコメントをブログ上に頂きました。
「mixiのリンクから来ました(粘着質ですみません)。Ver.4.0のブログを拝見していますが、議論させて頂いた(8)について、なるほどそういうことなら確かに、と感じております。小生の勘違いというか早合点でした。リンクがあるのであればきちんと読んでからコメントすれば良かったのですが、失礼の段をどうぞお許し下さい」。
私(芦田)こそ、不正確な情報を流したことについてお詫びします。
この箇所のこのやりとりに拘泥することは、せっかく見つけた信頼に足るNMO治療の会話のきっかけを殺ぐことになるでしょうから、もうやめましょう。
誠意あるあなたにいくつか質問があります。
1) あなたの言う「MS/NMOの専門家」というのは、全国にどれくらいいると思いますか。たぶんほとんどのMS/NMO患者は、あなたの言う「MS/NMOの専門家」にかかってはいないと思うのですが。
2) さらに「MS/NMOの専門家」であっても、抗体検査を優先させない場合はいくらでもあります。
まず今回のメールにあった21才の女性の場合、検査をせず、「心療内科」を薦めたのはあなたの言う「MS/NMOの専門家」です。
また私の家内の場合、抗体検査を受けたのは2007年の1月22日。結果は翌月の2月16日。陽性でした。
私の家内の症状は、あなたの言われるNMOの兆候をすべて(完全に)充たしているにもかかわらず、しかもベータフェロンによる体調悪化が明白であったにもかかわらず、そんな状況でした(2年間で10回以上の再発をくり返していました)。
検査を受けて「陽性」結果が出たと時に(昨年の2月に)はじめて「NMO」「デビック病」(の疑い)という言葉を聞かされました。この担当医も MSキャビン推奨の「MS/NMOの専門家」です(最初に断っておきますが、私は病院や担当医師を個別に批判する気は全くありません。今でもお付き合いと指示を貴重なものだと思っております)。
この専門医にかかる前にお世話になっていたのは、広尾の日赤病院ですが(担当医は武田克彦神経内科部長)、この担当医はベータフェロンは一切使いませんでした。むしろMSと判定しておきながら、炎症箇所が同じであることや炎症が長大であることについて疑いをもたれており、MSとは違う、血管の何らかの異常が脊髄を圧迫している病気ではないか(ヘルニアか)、と私に提案されました。
「造影剤を入れた検査をしたい」ということでしたが、それには「家族の了承がいる」とのことで、私も2、3日悩みましたが、申し出は断りました。手術の動機の傍証が弱いと判断したからです。2003年9月の話しです。※その間の経緯はこちら(http://www.ashida.info/blog/2003/09/hamaenco_3_94.html )に詳しい。
家内の発症は、2003年3月。日赤には12月まで入退院をくり返していましたが、「ここは救急病院だから」と最後には言われて追い出されてしまいました。
2003年と言えば、アメリカのLennonたち(メイヨー・クリニック)によって、視神経脊髄型MS(アメリカではDEVIC病)の患者の73%の血清中に抗AQP4抗体(=NMO-IgG)が陽性であることが発見されたのが、2004年後半ですから、「MS/NMOの専門家」でもない武田先生がその疑いを持つのは、難しい状況だったのでしょう。
私のような素人レベルで、日本人の研究者の、Lennonの研究に言及した記事にたどり着いた最初期の日付は2006年4月です。その記事では、2006年初頭San Diegoで開催された米国神経学会(AAN)におけるLennonの発表を活き活きとした筆致で以下のように報告しています。
「今年の米国神経学会(AAN)は、San Diegoで開催された.個人的にこの学会は大好きで、夕方になり、会場で振舞われるワインを飲みながら、ポスターの内容をdiscussionするのは何とも楽しい。新しい知見や治療薬の話を聞くととってもワクワクする(同時に日本とのギャップを感じ、気分的に落ち込む学会でもある)。
今年の演題の内容 はNeurology誌のsupplementで確認することができるので入手可能ならご覧いただきたいが、今回は個人的に注目した演題として、NMO- IgGの標的抗原が発見されたことを紹介したい。
NMO-IgGは多発性硬化症の亜型と考えられてきたNeuromyelitis optica(NMO;いわゆるDevic病)、および本邦に多い視神経脊髄型MS(OS-MS)において高率に認められる自己抗体である(Lancet 364; 2106-2112、 2004;2004年12月17日の記事参照)。
NMO-IgG陽性例では、①classical MSは否定できること、② IFNのような免疫調節作用のある薬ではなく、免疫抑制剤(アザチオプリン、ステロイド)を治療に用いる必要があるという意味で、診断的にも治療的にも抗体測定の意義は大きい。
ではNMO-IgGは、NMOの病態にどう関与しているのだろうか? もしNMO-IgGが認識する「標的抗原」が判明すれば、病態解明に向けての大きなヒントとなる。
今回、Mayo clinicの神経免疫学教授Vanda Lennonは、AAN plenary sessionのなかで、NMO-IgGの「標的抗原」がアクアポリン4(AQP4)であることを講演した。
アクアポリンは水チャネルを構成する蛋白で、1988年、Peter Agreにより発見され、1992年に分子式が同定された(Agre は2003年ノーベル化学賞を受賞)。最初のアクアポリンは赤血球膜で明らかにされたが、その後、遺伝子ファミリーを形成していることが明らかになり、現在、少なくとも13 の遺伝子とそのタンパクが知られ、全身に分布している。
細胞間の水移動には欠かせない分子であるため、さまざまな病気と関係すると推測されているが、現在 までに3つの疾患への関与が報告されていた(AQP2→腎性尿崩症、AQP0→先天性白内障、AQP5→シェーグレン症候群に伴うドライアイ)。
中枢神経においてはAQP4が存在する。AQP4ノックアウトマウスでは脳虚血後の脳浮腫がおこりにくく、脳虚血後の脳浮腫にAQP4が関与している可能 性が示唆されている。脳浮腫の治療に用いられるステロイドホルモンがAQP4の発現をおさえることも報告されていて興味深い。
そのAQP4がNMO-IgGの標的抗原であったことは2つの意味でインパクトがある。ひとつは「水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患がある」 というインパクトである。これまで水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患は報告されておらず、今後、同様の疾患(autoimmune water channelopathy)が報告される可能性もあり興味深い。
もうひとつのインパクトは、NMO-IgGの標的がミエリンやオリゴデンドロサイト由来の蛋白ではなかったことである。AQP4は、アストロサイ トのfoot process膜に豊富に存在し、BBBにおける水のやりとりに重要な役目を果たしている。
すなわち、アストロサイトを主座とした免疫異常が、中枢神経脱髄性疾患を引き起こす可能性があるわけで、今後の研究に従来とは全く異なる視点が必要であることを示唆する。今回の発見は脱髄性疾患の病態機序の解明に大きく寄与する可能性があるように思われた」(2006/4/11)
― 以上引用終わり
私は、この研究者の報告を読んだときに、同じように興奮しました。2006年4月にすでにこのような立派な報告があるではないか、と。
この報告と前後して、Lennonの研究は、厚労省の免疫調査班の研究報告書でも、2006年版から大々的に取り上げられています(http://nimmunol.umin.jp/official/2006/report2006.html )。
2003年の段階で、NMOの疑いを一般的に推測するのは難しかったでしょうが、それでも、MSの通常タイプとは異なる(“日本型MS”でもない)という程度には私の家内の症状が疑われていたのは確かです。
しかしその後、今の病院に変わって「MS/NMOの専門家」によって、日赤段階の嫌疑はいつの間にか晴れて、ベータフェロン投与が始まります。この投与が完全に止まったのは、2006年の8月。これもNMOの疑いあり、ではなくて、家内がベータフェロンの継続投与に耐えられなくなったのが理由です。
私(芦田)がここで疑問に思うのは、ベータフェロン投与は、NMO検査なしには中断できなかったものなのかどうかということです。
そもそも、私(芦田)がNMOやデビック病のことを調べるようになったのは、2007年の2月、家内の「陽性」結果が出て以来のことです。先ほどあげた2006年の4月の記事も、2007年2月以降に知った記事の内容です。
素人の私でも30分もしないうちにインターネットでアプローチできる知見に、「MS/NMOの専門家」が近づけないはずがありません。私も「寝る時間が足りないほど忙殺されている彼ら」と同様毎日忙しくしていますが、それでもあの記事に至り付くのは簡単なことです。
先端の知見があるであろう「MS/NMOの専門家」であっても、2004年のアメリカの初見から2006年代の日本では、やはり落差が大きかったと言えるのではないでしょうか。
何が言いたいのか。
結局、ベータフェロン全盛とも言える2004年~2006年の間でも多様な診断と治療の選択肢があったにもかかわらず、NMO抗体検査を待つまではベータフェロンを完全にはあきらめきれなかった医師や病院が、あなたの言う「MS/NMOの専門家」の中にも少なからずいたということです。
この点が「NMO/MS専門家の中では抗AQP4抗体検査についてはもはや常識です」という今さらながらのあなたの言葉が私にはうつろに響く点です。
3)そこであなたに最後の質問です。あなたが「もはや常識です」という場合の「もはや」とは、具体的にいつからの「もはや」ですか。それと関連して、「MS/NMOの専門家」とあなたが言う人たちは、2004年~2005年の初頭のLennonたち(メイヨー・クリニック)の発見をいったいいつから知っていた、と考えますか。さらには、この発見とベータフェロン治療の可否の問題はいったいいつから日本の「MS/NMOの専門家」たちに知られていたとお考えですか。
●家内の症状報告(92) ― 日本のNMO/MS研究・治療の進展史 2008年02月14日
家内の症状報告(91)に極めてありがたい返信が深夜送られてきました。どこの医学書や医学論文にも、どのインターネットサイトにも書かれていない日本のMS/NMO研究・治療史だと思います。私も自分の(他分野ですが)研究時代を思い出しながら興奮して一気に読んでしまいました。私だけの“読書”に終わらせるのはもったいない、と思い、引き続きミクシィ(MIXI)から転載します。
>小生もこの議論を歓迎します。至らないところも多いと思いますが、お許しください。
ご質問にお答えする前に幾つかの事項を整理させてください。
1)MayoのLennonらがNMO-IgGについてLancetに報告したのは、2004年12月です。この論文には東北大の先生方が共著者として名前を連ねています。Lancetはかなり有名な臨床医学誌です。ただこの段階では抗体が見つかったのみで、抗原は確認されていません(患者血清をマウスの脳にふりかけて、免疫染色したらある特定のパターンとなった、これをNMO-IgGと呼んだ、ということで、標準化は困難であり検査室レベルでできることではありません)。
2)次いで、同じMayoのLennonらが、このNMO-IgGがAQP4に結合するものであることをJournal of Experimental Medicine誌(これも有名ですが、基礎医学誌であり神経内科医が自発的に読むことはまずない)に報告したのは2005年8月です。
3)さらに、同じMayoのLennonらが、NMO-IgG(抗AQP4抗体ではない)陽性である横断性脊髄炎は、その後NMOに移行する確率が高いことを少数例でAnnals of Neurology誌(神経内科の臨床医学誌で大学の医師ならルーチンで読むかも?)に報告したのは2006年3月です。
4)東北大の先生方がOSMSと診断されていた患者でNMO-IgG(抗AQP4抗体ではない)陽性である例を調べ、陽性例で視神経・脊髄病変(LESCL)が多いことをJNNP(割とマイナーな雑誌できかっけが無ければまず読まない)に報告したのは2006年9月です。
5)東北大の先生方が、NMO-IgGという標準化しにくい手法に変えて、抗AQP4抗体のアッセイ系(これとて面倒な手法なのですが)を作ったことを東北大の英文学内誌(東北大の先生以外は国内外の医師はだれもまず読まないが、外国のデータベースには乗るので、おそらくMayoとの競合に勝つ目的で出したのであろう)に報告したのは、2006年12月です。
6)東北大と九州大とMayoが同時にしかしそれぞれ別個に、抗AQP4抗体陽性のOSMS/NMOの症例の病理病態像がCMSと異なる(つまり、診断基準云々は別として、抗AQP4抗体を基礎とするNMOと、そうではないMSとで本質的な違いがある)ことをBrain誌(Annals of Neurologyと並び大学病院の神経内科医なら目を通すかも知れない代表的な雑誌)に報告したのが2007年5月です。
7)少し遅れて新潟大が抗AQP4抗体陽性のOSMSはNMOかも知れないとMultiple Sclerosis誌(名前はよさげですが、あまり読まれないと思います)に報告したのは、2007年8月です。
NMO-IgGと抗AQP4抗体とを(前の議論の時から)区別して小生が述べているのは、上述の通り、マウスの脳を切って免疫染色をしてみて脳室周囲のアストロが染まったらNMO-IgGが陽性である、という手法は標準化困難でとても患者診断に使えるものではないからです。抗AQP4抗体検査とて、標準化の問題はクリアされていませんが、少なくとも対照試験(positive and negative control)を簡単に作れるという点で実用に耐えるようになった。他医療機関から検査を受けつけられるのはこの抗AQP4抗体のアッセイ系が開発されたからです。
東北大が抗AQP4抗体のアッセイ系確立をひっそりと学内誌に宣伝したのが2006年12月ですが、誰も気に留めなかったはずです。ですからきちんと学術誌で勉強している神経内科医が抗AQP4抗体とNMO/MSについての関係性と、更に国内ですでに東北大と九州大で検査可能であると認識したのは論文が公表された2007年5月であろうと考えます。論文を読んでいない神経内科医は、2007年7月に読売新聞の報道を見ても、「インターフェロンで悪化するMSがある」ということだけ認識し、抗体については今も知らないままでしょう。
ちなみに、2007年5月のBrain誌における東北・九州・Mayoの同時発表はかなりのインパクトであり、以降、NMO/MSの専門家でこれを知らない人は専門家とは呼べないと思います。
2005年8月にAQP4が同定されてから、2007年5月のBrain誌の発表までの間にNMO/MS議論や開発途上の抗AQP4抗体検査について知っていたのは、少なくともNMO/MSのコミュニティーに席を置く、「NMO/MSの専門家」であろうと思います。しかし、論文として批判に耐える形にならない限りは実地に移さない慎重な専門家もいるでしょう。
その意味で、2007年5月までにうちうちの抗体検査の受託が始まっていたとしても、それを行わなかったからといって責められるものではないと思います。時をほぼ同じくして2007年4月に特定疾患研究班からの勧告が出たのも何か偶然とは呼べない(班長である九州大もBrain誌に論文を出してます)タイミングを感じます。勧告だけみると、「勧告以前からずっと検査は確立していた」ように感じられますが、そうではなく、検査も開発途上であり、何より論文としてまとめられていない状態であったのです。
芦田さんの奥様が2007年初頭の段階ですでに陽性と判定されていた(ひょっとしたらいずれかのBrain誌に奥様の検査結果もデータの一つとして組み込まれているのではないでしょうか?)のは、おかかりつけの医師がかなり東北・九州いずれかの研究グループと接触があったからではないでしょうか?
ちなみに、抗AQP4抗体について、ここまでの検査体制を組んでいるのは日本だけです。だから、診断基準も依然としてNMO-IgGなのであって、そして診断基準が掲載された論文に書いてありますが、「誰でもNMO-IgGが検査できるわけではないので、補助項目の一つとした」のであります。
そのNMO- IgGをさらに進めて抗AQP4抗体アッセイ系を作り上げて、臨床応用までを世界に先駆けて行っているのは実のところ日本くらいで(ドイツもアッセイ系は確立したようですが、臨床応用しているかは不明)、未だに欧米のNMO関連の論文はほとんどNMO-IgGになっています。
無論、NMOをもOSMSとしてきた日本の特殊性が、結局のところ抗AQP4抗体検査の開発を急がせた可能性もありますが。
治療についての流れを、ちょっと整理をしてみます。
おそらくNMOであるようなOSMSに対してもベタフェロンが使用されていた大きな根拠は、2005年2月のNeurology誌(そこそこの神経内科専門誌)に発表された、日本で行った、日本人のCMS・OSMS患者での、ベタフェロン治験結果です。
この治験以前から日本でいうOSMSは西洋のCMSと病理病態が違うのではないかという観点はありました。病巣の部位だけでなく、ステロイドをやめると再発する、とか、CMSとは病態が異なるように思える症例が入っていたからです。しかしながら、結局のところMSは現在も原因不明です(自己免疫疾患であると言い切っている人が居ますが、その証明はされていない)。
ですから、診断基準で「症候群」としてMSが定義されているだけですから、もともと MSというものが多様な疾患の塊である可能性を秘めている訳で、診断基準に依存した疾患群なのです。しかるにNMO-IgGのような物差しができるまでは、細分類は容易ではありませんでした。
極論すると、「時間的多発性」と「空間的多発性」を満たす中枢神経系(=脳・脊髄・視神経)の脱髄疾患は、古典的なPoserの診断基準によれば、病変の位置によらず、MSと診断されるのです。NMOもMSの一部だ、とかOSMSとNMOは一緒だ、とかそういう議論があっても、原因がわからない疾患を分類するのは困難です。
MRIを用いるようになってからMcDonald基準というのが定期的に改訂され、これがMS の診断基準としてスタンダードですが、その根本はPoserの診断基準を現代の検査技術で修正したのみで、「時間的多発性」「空間的多発性」「中枢神経系の脱髄」というキーワードは何ら変わっていません。
OSMSが多い日本でベタフェロンが奏効するかは欧米からも注目されました。しかし結果として、例数が乏しく統計学的有意とは言えないまでも、 CMSとOSMSにおけるベタフェロンの反応性(再発抑制率)は変わらないと判断されました。同じNeurology誌にMayoの医師がコメントを寄せていて、そのタイトルは「Western vs optic-spinal MS: two diseases, one treatment?」でした。お分かりになりますでしょうか。
結局2005年2月のこの論文をベースにするとOSMSもベタフェロンによる再発予防効果が期待できると考えられますから、当然日本でもOSMS にベタフェロンが使用されました。でも現場では「ステロイドを漸減すると再発する症例」が依然として存在し、首をかしげていたようです。
話がややこしくなったのは、本来NMOの診断基準においては、名前の通り(NMO=「視神経脊髄炎」)、脳には病変を欠くことが重要でした。ところが、NMOにもMSとは異なり間脳であることが多いが、脳病変が出ることがあるから診断基準を変えるべきだとの論文が、Mayo(Lennonも入ってます)から2006年3月のArchives of Neurology(少し格下の神経内科雑誌で忙しいと読まないでしょう)に出ました。「脳病変を伴うNMO」であれば、日本的にはOSMSですが、事実、NMOの診断基準は2006年5月のNeurology誌上で(Lennonも入ったグループにより)改定されました(前回議論の蛇足で書いた訂正版の診断基準です)。
NMOは欧米ではそもそもベタフェロンではなく免疫抑制がメインで行われてきました。2006年5月の診断基準改定を機に、日本のOSMSには新しい基準でのNMOと読み替えられる症例が入っている(免疫抑制が望ましい症例が入っている)可能性が出ました。もちろん、そこまでちゃんと論文をくまなく読んでいれば、ですが…。
しかし、2005年2月の日本での治験結果は、そういう症例も含めて、ベタフェロンの有効性が認められていました。ですから、使い続ける風潮が生まれていたのだと思います。
急に話が変わってきたのは、2007年1月に都立神経病院の先生方が、Journal of Neurological Science(ちょっと格下の神経内科雑誌)にベタフェロンで悪化するOSMS症例はNMOではないか?と提示(論文に出たのが2007年1月ですから、少なくともこれら著者の先生はその少し前からそう感じていたはずです)、さらに2007年3月のMultiple Sclerosis誌にフランスのグループがNMOでは免疫抑制がベタフェロンに勝るとの報告を出したころです。
この流れの中、抗AQP4抗体というNMOとMSを区切る便利な検査が開発され、2007年5月のBrain誌の一斉発表直前の2007年4月に特定研究班からご存じの勧告が出たわけです。
ちなみに誤解のないようにあえて申し上げますが、抗AQP4抗体がNMOの原因であることは確定できていません(あくまでマーカーです)。東北大は抗体価が病勢に連動すると報告していますが、免疫抑制でこの抗体が下がる時には他の自己抗体(この中に原因があるかも知れない)も下がっているでしょうから、「原因」とは断定できません。
※芦田さんのご質問の後半に対する答えは上記に内包されていますが、後日また改めてまとめます…さすがに限界です(汗) (2008年02月14日 02:40)
●家内の症状報告(93)― 日本の「NMO/MS専門家」の数 2008年02月15日
先の91番の記事の第一番目の質問(NMO/MSの専門家は日本にどれくらいいるのか)に以下のような返答が早速返ってきました。ありがたいことです。
>2008年02月15日 00:37
…一日経過して頭がリセットされてしまいました。取り敢えず(1)のみ考察した結果を記しました…
(1)「NMO/MSの専門家」の数に関するご質問について、私(P)なりの見解です。
芦田さんのご質問に対する回答は、小生が以前の議論で登場させた「NMO/MSの専門家」、即ち、日本国内の臨床医で
①CMS・OSMS・NMOの相互関係について理解があり、
②NMO-IgG(抗AQP4抗体)の意義を理解しており、
③実際に抗AQP4抗体の検査依頼をスムーズに行える、
というコンテクストでの「NMO/MSの専門家」の数、になると思います。正確な数を出すのは困難ですが、下記の通り試算します。ちなみに試算せずでの直観では数百人といったところです。
前提1)抗体検査を行っている3大学の医局員はさすがに知っているだろう
→東北大12名、新潟大19名、九州大19名で計60名
※実際には博士課程大学院生(医師)や出張中の医師や関連病院の医師も何かと勉強する機会があるであろうから、実数はこれ以上か?
前提2)抗体検査を行っていなくても免疫神経班の班員であれば、さすがに班会議で聞いているだろう
→追加34名
前提3)いずれにも該当しなくても、MS患者を外来で受け持っている、MSに興味がある、などの理由で勉強してUp-to-dateにしている人もいるだろう
→追加50名?
※日本ではMS研究者が一堂に会する(ヨーロッパでのECTRIMSのような)学会はありません。夏にあるMSワークショップが最大規模と思われます。上記前提1)2)のいずれにも該当しないが出席している医師が何人いるか…。10人じゃ少ないでしょうし、100人は居ないでしょう。50人くらいでしょうか。
単純合計すると144名。前提2)において、該当する班員が教授であると、その医局員も一部は聞いて知っているかもしれませんし、ルーチンに Brain誌を読んでいて独学自力で勉強した医師もいるかもしれませんので、結局、150人以上としても、さすがに500人はいないか、と考えます。
日本神経学会登録医師(神経内科医)は総数で9000人(全員が臨床医として活躍している訳ではないと思いますが)ですから、あながち的外れではない数値だと思います。
ちなみに、前述の3項目ではなく、「今まさにNMO/MS研究の先端に居て新しい知見を生み出している専門家」、ということになると全く様相は変わってきます。
例えば、国費を使うことが許されたNMO/MSの研究者として考えると、2006年度の神経内科領域の科研費において、多発性硬化症をキーワードとして検索し、弾き出されてくるのは、7件です(教授名義も多いので、実際にはその医局員が複数で実験しているとしても、せいぜい数十人でしょうか)。
自身の研究成果を世界に広げ、世界の最新知見を自身に還元するという視点で考えますと、2007年秋に開催されたECTRIMS(ヨーロッパで開催される世界最大のMSの国際会議)の発表演題約1000題において、日本からは19演題(会場での発表者は即ち19人)です。
現状はこういうところで、こと抗AQP4抗体については東北大等の本邦の専門家が世界に先駆けて動いている印象がありますが、それ以外の領域(新しい治療等も含む)については数値が示すところです。
取り急ぎここまでです。
ご感想は如何でしょうか。
>以下が、この返答に関する私(芦田)の再質問(2008年02月15日 08:26)
私が聞きたかったのは、純粋な数ではなかったのですが、それでもとても勉強になります。ありがとうございます。
「感想」という点では、いくつかありますが、一番気になったのは、「NMO/MSの専門家」の“定義”に関するところで
①CMS・OSMS・NMOの相互関係について理解があり、
②NMO-IgG(抗AQP4抗体)の意義を理解しており、
③実際に抗AQP4抗体の検査依頼をスムーズに行える、
という3条件がありましたが、これに患者家族の私は少し不服です。それは私の2番目、3番目の質問に関わっていますが…。
私(芦田)なら、この条件に、以下の二つを足したい。
一つには、この新しい抗体検査以前に、青山胤通の「急性脊髄炎に黒内障を併発したるものの一験」(1891年)という論文くらいは読まないまでも知っているかどうか。それと関連して(言い換えれば)、この2004年12月以前の段階(メイヨー+東北大学の発見以前の段階)で、「MS」患者と向かい合うときに「MS」とは異なる視神経脊髄炎の疑いを持てるかどうか。①の「相互関係」というのは、CMS・OSMS・NMOのカテゴリー上の関係のように思えます(カテゴリー上の関係にすぎない)。あなたが言われる中味を広く解釈すればいいのでしょうが、もう一歩進んだ条件が必要な気がします。
言い換えれば、あなたが、「一応、NMOの改訂診断基準(2006年)を書いておきます」と言ってあげられた、
1) 視神経炎があること
2)急性脊髄炎があること
3)次の3つの支持項目のうち最低2つを満たすもの
①MRI上、3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変がある
②MRI上、MSの診断基準に合致しない脳病変がある
③血清中NMO-IgGが陽性
という条件の内、3)の③がわからない場合(まだ抗体検査が展開していない段階で)、「NMOの疑い」を患者に告げることが出来る医師はどれだけいるのか。この医師はあなたの言う「NMO/MSの専門家」の中に入るのか、入らないのか? そもそも「NMO/MSの専門家」とあなたの言う「専門家」は、いったい何年から誕生した専門家なのか?(2004年12月以後、それともそれ以前?)
もう一つの追加条件は、それと関わって、「検査以来をスムーズに行える」というあなたの言葉を借りるなら、「ベータフェロン投与の適否、あるいはステロイドの継続的服用の適否をスムーズに判断できる」という条件ではないのか。
というのも2007年9月7日に開催された「第6回東京MS研究会」(講演者は国立精神・神経センター山村隆、新潟大学・田中恵子、東北大学・藤原一男)の質疑応答でも以下のようなやりとりが未だに報告されているからです。
「質疑応答では、裏話も披露されました。MSにsteroidが聞くかどうかという話です。MSガイドラインでは、steroidは再発予防に無効であるとされています。このことについて、藤原先生(東北大学)は、ガイドラインでステロイドの項を担当したのは藤原先生達で、「一部の症例で有効である」という一文を入れていたらしいのですが、関西の○○大学の先生達がその一文を削除したというのです。当日は○○大学の伏せ字の部分を述べていましたが、ここでは伏せておきます。今になって考えると、NMOには効くのだから、その一文は残しておくべきでしたね。現在のところ、NMOには効くが、いわゆるMSには evidenceがないということになっています」(出典は伏せます:芦田)。
よく東大系(=東)はベータフェロンをあまり使わない、関西系(西)は使いたがる、と聞いたりもしますが、この傾向に抗えるかどうかも「NMO/MSの専門家」の条件ではないでしょうか。
もう少しお聞きしたいことがあるのですが、取りあえず、朝の段階ではここまで。いつもお忙しいでしょうに、大変感謝しております。症状報告91番から93番までのやりとりだけでも、多くの多発性硬化症、NMO患者にとって有益で質の高い情報が得られている、と確信します。
●家内の症状報告(94) ― ベータフェロンか、ステロイドか、免疫抑制剤か(炎症は、この病気の原因ではなくて結果かも知れない) 2008年02月16日
家内の症状報告(93)
に今日の早朝(深夜?)4:30に早速以下のようなコメントが入りました。私のここ数年の疑念が一気に氷解した感じです。文中、読みやすさを考慮して段落わけや註を入れていますが、全文ご紹介します。こんな貴重な報告をこのブログだけで紹介するのはもったいない、と思います。世界中の、どの文献よりも貴重な(患者にとっての)報告が、この91~94の報告の中に存在しています。1万人を超えると言われる全国のMS/NMO患者、それ以上に医療関係者に是非読んでもらいたいと思います。
家内の症状報告(93)、拝読しました。
患者本人やその家族にとっての「NMO/MSの専門家」に求められる追記条件 ― 「2004年12月以前の段階(メイヨー+東北大学の発見以前の段階)で、「MS」患者と向かい合うときに「MS」とは異なる視神経脊髄炎の疑いを持てるかどうか」「ベータフェロン投与の適否、あるいはステロイドの継続的服用の適否をスムーズに判断できる」 ― については、よく理解できます。
「抗AQP4抗体検査の意義を理解している」とは、即ち、同抗体陽性例はCMS(古典的MS)と病態が違う可能性が高いということ(いわゆるMSではない可能性が高いということ)と、同抗体陽性例の治療方針はCMSと変わってくる(ベタフェロンを使用するべきでなく、ステロイドを主体とする免疫抑制を主眼にする必要が高くなるということ)ということをも理解しているものと同義と考え、使っておりました。
自明ながら、小生の記述する「NMO/MSの専門家」はその条件に入っているNMO-IgGが公表され、NMOの診断基準が改定されるに至った時期以降の、最近における専門家ということになります。
以降、小生の文脈上の定義はさておき、前のご質問への回答を内包する形でお答えします。
最初の追加条件に関して、ご指摘の1891年という古典的論文を取り寄せ呼んでいる医師は極めて少ないと思いますが、本質としては芦田さんが換言されているように、NMO-IgGという便利な物差しが発見される2004年12月以前に、日本でOS「MS」(=視神経型MS)と呼んでいるものは実は CMSと違う病態の疾患ではないか、免疫抑制が望ましいとされるNMOに類似の病態ではないか(診断としてNMOを考えるかどうかは、診断基準の変遷もあるので議論を避けます)と考える専門家がいたかというご質問かと思います。
実数はさておき、当時複数人のOS「MS」患者を診ていた医師で自身の治療経験を通じてそのように確信は無くとも感じていた医師は比較的多数いたと思います。
それが故に、かの日本でのベタフェロン治験結果(OS「MS」とCMSは治療反応性に明らかな差異を認めないという結果)が国内外に驚きを与えたわけだと思います。
推測するに、この治験結果にも拘わらず「そうは言っても、やはり違うのではないか」と感じたMayoのLennonや東北大の医師が、OS「MS」の患者の血清からNMOと共通のNMO-IgGを見つけるという研究に到達したのではないかと思います。
つまり、OS「MS」におけるNMO-IgGの検出という2004年12月の論文は、偶然の産物ではなく、OS「MS」がMSとは異なるのではないかと問い続けた医師が(少なくともMayoと東北大には)いたということの表れではなかろうかと感じます。
次の追加条件(=「ベータフェロン投与の適否、あるいはステロイドの継続的服用の適否をスムーズに判断できる」という「NMO/MSの専門家」についての芦田の追加条件:芦田註)と関連しますが、ではそのような「確信は無くとも感じていた」医師が2004年12月以前における上述の疑念を持った時に、実際の治療行為としてその「信念」に従ったか(ベタフェロンを使用せず、ステロイド等の免疫抑制剤を選択したか)と言えば、それは例外的で極めて少数派であったと思われます。
90年代後半以降は既に「Evidence-based medicine」という単語が重要視され、医師の経験や勘による治療は「Experience-based medicine」として忌み嫌われる状態にありました。現実問題として、ベタフェロン投与開始や経口ステロイド維持療法開始のきっかけは多くの場合、初発や再発時に入院した際に為されていると思います。
入院患者の治療方針を策定するのは、やはり白い巨塔での総意に沿った見解に基づき、経験豊富な特定個人の医師の信念で「大勢の常識」に反する治療方針を策定することは、その医師が教授や診療部長などの決定権をもつ位置の人間でなければ、困難だと考えます。
2004年12月以前とて、「MSにおけるステロイドは再発予防効果がなく、長期的神経予後も改善しない」というのは、国家試験の参考書に書いてある「常識的な」知識であり、OS「MS」と呼んでいた本邦においては、再発予防を目的とする経口ステロイドの維持療法は「常識的には」認められない選択肢であったのだろうと思います。
ただ、少数ながらその時期も含めて経口ステロイドなどの免疫抑制剤を今に至るまで飲んでいた、今考えれば幸いな患者もいると思います。それは多くの場合、パルスをして少しは効いたが未だ限定的な効果しか無くもう一度パルスをするまでではないから、今しばらく効果が十分にでるまでステロイドの後療法にて経過観察しましょう、と以降の治療を「信念を持つ」外来主治医に委ねられたケースや、ステロイドを漸減するとどうしても再増悪し、「信念」とは別に、やめたくてもやめられないという消極的な選択であったような例だと思います。
「信念を持つ」外来主治医であったとしても、今現在は安定しており再発はないような症例に対して、あなたの病気はOS「MS」(視神経型MS)と言われているが、 CMS(古典的MS)とは病態が違うものと思われるので、今から再発予防の為にベタフェロンではなくステロイドを飲んでください、と勧められる医者は殆どあるいは全くいなかったと思います。
更に、2005年2月においては、日本のベタフェロン治験結果により、「統計学的な確証はサンプル数が少ないためにない」という前置きはありながらも、事実上OS「MS」はCMSに治療反応性が類似するとのお墨付きを与えたわけで、より一層「信念」に従うのは困難になったと思います。(詳論はさけますが、視神経炎への経口ステロイドは再発を増加させるから推奨されない等の眼科領域での周辺話題もありました)。
結局のところ、「ステロイドを辞めると再発してしまう」という症例に当たり、それなりに「信念」を持つに至った医師が比較的居たものの、それを OS「MS」に広く展開する状況には無く、ステロイドを辞めても再発しなかったOS「MS」には、そんな医師もまたベタフェロンを選択したのではないでしょうか。
では、仮にベタフェロン投与開始したとしても、患者をよく見ていれば、ベタフェロンによって再発が増えたことに気づいて辞めても良かったのではないか、ベタフェロンが害になっている可能性をなぜ考えずに投与し続けたのかと指摘があるかも知れません。
多くの医師はベタフェロンには30%程度の再発抑制効果があり、或いは再発してもある程度症状を緩和する作用があると説明して投与開始していると思います。しかし、そもそも再発が予測できず年間再発回数にも大きなばらつきがあり、再発時の症状もまた不定であるMSにおいて、この効果は体感困難なところも多く、一種「信じる者は救われる」的な要素すらあるのかも知れません。ちょっとやそっと増悪しているとしても、投与していなかったらどうかという比較対照がないですし、たとえ何かおかしいと思っていても、極めつけにはやはり、2005年2月の治験結果を見て、思いすごしかな、ということになってしまう。
ここから先はやや脱線しますが、お許しください。
根本に戻りますが、ベタフェロンがなぜCMSにおいて再発抑制という効果を出すか、その機序は「不明」です。まずこのことをNMO/MS専門家は認識しておく必要があると思います。私の記憶が確かならば、きっかけは1981年の世界トップクラスの科学誌Science誌に掲載された論文ではなかったかと思います。
当時、CMSはウイルス感染によって発病という「引き金」が引かれるという論があり、機序不明ながらも抗ウイルス効果を持つインターフェロンが注目され、線維芽細胞から抽出されたベータインターフェロンを(当時は当該物質は血液脳関門をほぼ通過せず体循環投与は効果が乏しいと考えられ)脳脊髄液中へ髄注することが考えられました。
実際にMS患者に対するいわば人体実験をニューヨークの研究者がやってみたところ、再発抑制効果が出た。この論文を契機として、アルファインターフェロンやガンマインターフェロンも同じように人体実験され、ガンマに至っては相当の増悪を来す結果となり、この3者の中で最もベータが良いということで残っていった。
しかし実際には抗ウイルス効果は直接の関係性がないと後日指摘され、何らかの免疫調節作用かといわれるに至っています。博打のような人体実験にて得られた偶然に近い産物と言える。どのように効いているかを理論立てて説明できない薬剤を今日もまだ使っている、このこと自体はそれで恩恵を得ている人がいる以上悪いことだとは言いませんが、予測していない事態の出現には警戒する必要があるとは思うのです。
もっと根本では、再発予防の為の投薬というが、MSにおける再発というのが具体的にどういうことなのか、その病理は未解明です。つまり再発を予防しましょうと言ったときに、なにをどうやって予防するのかというアプローチがない。多くの患者や医師は盲目的に、炎症が脱髄のきっかけ、と感じていると思います。が、これは証明されていません。
2004年4月に衝撃的な論文がAnnals of Neurologyに出ました。不幸にも脳幹に脱髄が生じて数時間で亡くなった患者の脳を調べたところ、髄鞘を形成する細胞が死んでいる像とそれによる脱髄はあるが、T細胞浸潤等の炎症はなかったことを報告しています。
彼らは、ひょっとして髄鞘を作っている細胞が炎症とは別の原因で死んでしまい、炎症とは、あくまで二次的な反応なのではないか(炎症は原因ではなくて結果なのではないか?)と疑義を呈しました。
この後、ケンブリッジ大学の研究チームが立て続けにこの報告に支持的な実験データを提出しました。一連の動物実験の中で指摘されたのは、長い間脱髄している慢性的な病変に無理やり炎症を励起すると、髄鞘再生が開始されること(炎症は髄鞘再生の引き金を引く大事なファクター?)、逆に脱髄によって生じた髄鞘のゴミを投与すると髄鞘は再生できない(脱髄したまま炎症という「ゴミ処理班」を呼ばないで放置すると、その後再生できないのではないか?)、極めつけは、脱髄のピークでステロイド投与を行うと髄鞘を形成する細胞が死んでしまい、再生がむしろ遅延する(急性期の行うステロイドパルスは髄鞘の再生にマイナス?)ということでした。
ケンブリッジ大学の研究報告はいずれも動物実験ですが、これらの結果から、MSでの脱髄がもっと別の要因で生じていて、派手な症状を引き起こす炎症は、実は二次的に、或いは髄鞘を再生しようとする人体反応の必要悪として生じている、とも考えられなくはないのです。
この論に基づけば、真の再発抑制薬とは髄鞘を形成する細胞が死ぬのを止める薬、ということになります。
しかし、2008年1月には同じAnnals of Neurologyに、この衝撃的報告(髄鞘形成細胞の死滅現象)は確認できない、とする論文も出されています。
この2008年1月の論文では、それ以上に衝撃的な指摘があります。兼ねてから再発時のMS病理像には4パターンあるとされ(パターンによって治療法の選択が可能かもしれないと考えられていた)、他方で東北大もMayoもNMOの病理所見は免疫グロブリンと補体とマクロファージを中心とする液性免疫であると報告していました。
ところが 2008年1月この論文においては、MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると。
即ち、ここに来て「NMOは液性免疫であるという観点でCMSから区別される」という発想すら危うくなっています。本当にNMOは「MSとは明確に区別されるべき」疾患なのでしょうか? 抗AQP4抗体は原因と証明されたわけではなく、現時点では単なるマーカー、と以前に書きましたが、例えばこの抗体が単に病変の場所(視神経・脊髄)を規定しているだけで、脱髄の本態についてはMSと変わらない可能性も否定はできません。またEvidence- based medicineの観点からは、NMOとCMSでベタフェロンの「治療反応性が明らかに違う」ということについても、確証が得られたわけではありません。
芦田さんご指摘の通り1891年からNMOと思われる症例報告は本邦にあり、それ以前からMSは欧米で報告されており、いずれも100年以上経過していますが、未だに原因も、病理病態も、治療薬の機序も、明確にはなっていない。
それでも尚、患者に向き合い、病気を診断し、治療を選択し、患者の幸福に貢献するのが、現場の医師の責務です。
現時点ではNMO/MSの診断・治療においてのゴールデンルールはありえず、100%確実な診断と治療を絶対的に提供できる専門家はいないはずです。
名目だけの専門家ならば、ガイドラインやEvidence-based medicineに迎合し「みんなで渡れば怖くない」と、失敗したら仕方なかったと言い訳するでしょうが、小生がMS患者であれば、分からないことだらけであることを十分に承知し、あらゆる情報を集約し、あらゆる可能性を考え悩みぬいた上での決断として、その患者に最も適切と思われる治療を選択し、途中で異なる方向性であることに気づいた場合には謝罪してでも方針を修正し、それでも結果として悪化する方向に働いた場合には自責の念に苛まされる医師を以て、「NMO/MSの専門家」として信用したいと思います。無論、関西ではベタフェロンといった風潮に迎合する、或いはそれに抗することを以て評価される職務ではないと思います。
100年以上の謎が早く解明されることを待ち望みつつも、再発した時にきちんとリカバリーできるような治療法(再生)が、再発抑制薬の開発競争に比して実のところほとんど研究されていないことに危惧を感じています。
NMOであれMSであれ共通して病初期には自然にリカバリーすることが多いのは患者がよく知っていることだと思います。リカバリーする力がもともと備わっているならば、それをいつでも引き出せるようにする治療法の開発は、意外と近道ではないかと感じています。
私見が多いと思いますが、ご参考になれば幸いです。(2008年02月16日 04:32)
>私のとりあえずの返信
ありがとうございます。今日はお疲れで無理だろうなぁと思っていましたが、UPされた直後、5:00前に読ませて頂きました。
私の追加2条件の趣旨をこんなにも理解して頂いて、感謝しています。いろいろなことに配慮されていることが文面のあちらこちらから読み取れます。
寝ていた家内をたたき起こして(身体に悪いかな・笑)、プリントアウトして読ませました。
「小生がMS患者であれば、分からないことだらけであることを十分に承知し、あらゆる情報を集約し、あらゆる可能性を考え悩みぬいた上での決断として、その患者に最も適切と思われる治療を選択し、途中で異なる方向性であることに気づいた場合には謝罪してでも方針を修正し、それでも結果として悪化する方向に働いた場合には自責の念に苛まされる医師を以て、「NMO/MSの専門家」として信用したいと思います」という箇所に来たときに、家内は泣いていました。
「もう一度ステロイドを止めて、一からベータフェロンをやり直してみよう」と医師グループに言われたのが、2006年4月(正確に言えば、4月からステロイドを15ミリから徐々に5ミリまで減量してベータフェロンを600万単位から800万単位に増量する方針を出したのがその時期)。
「ステロイドが効いているような気がする」と言っていた家内の身体と感情はその判断を拒絶していましたが、指示に従いました。白血球の値が急激に落ちていったのもその時期です。その直後に入退院をくり返すその時を思い出していたみたいです。
あなたのコメントを読んで、この2006年という時期は何とも微妙なときだな、と痛感します。私は担当医に「NMO=デビック病は前々からある病気ですよ」と2007年2月(抗体検査後)に言われたとき、前々からある病気なら、なぜ、その疑いをもてなかったのか、とずーっと思い続けていました。
あなたの今回のコメントは、まさにその経緯を語ってくれています。その疑念のほとんどが氷解したような気がします。こんなに興奮する文章を読んだのは、ハイデガーの『存在と時間』(Sein und Zeit)以来のことです。じっくり読ませて頂いて、わからないところがあればまた質問させてください(今日中にUPします。もう少しお付き合いしてください)。
●家内の症状報告(95):古典的多発性硬化症 (CMS)、視神経型多発性硬化症 (OSMS)、視神経脊髄炎(NMO)はすべて「液性免疫」病理だって? ― NMO/MS治療は闇の中? 2008年02月16日
先の記事に対する私の質問をまとめてみました。どんな返信が返ってくるのでしょうか。楽しみです。
>以下私(芦田)の質問
1)あなたのコメントを読ませて頂いて真っ先に思うのは、2005年2月のNeurology誌に発表された「日本人のCMS・OSMS患者での、ベタフェロン治験結果」がまずかったのかな、ということです。
「日本のベタフェロン治験結果により、『統計学的な確証はサンプル数が少ないためにない』という前置きはありながらも、事実上OS「MS」は CMSに治療反応性が類似するとのお墨付きを与えた」ということであれば、このNeurology誌発表は、治療法の選択に決定的な影響を与えたのでしょう。
あなたが「そこそこの神経内科専門誌」と言うNeurologyに発表された「治験結果」は一体誰の(どんな組織の)主導によって、どんなサンプル数の集め方によって報告されたものなのでしょうか。「そこそこの神経内科専門誌」であるNeurology誌もOSMSがもともと日本的、アジア的であるため、審査が甘かったのでしょうか(これはどの分野の日本人研究外国審査でもあることですが)。
2006年12月の東北大学の「抗AQP4抗体のassay系の樹立」以降、その翌月の都立神経病院の発表、その翌々月の3月の「フランスのグループ」の発表、さらに4月の厚労省特定版の発表と、立て続けにベータフェロン投与が疑われはじめますが、それでもあなたは「実数はさておき、当時(2004年12月以前に)複数人のOS「MS」患者を診ていた医師で自身の治療経験を通じてそのように確信は無くとも感じていた医師(日本でOS「MS」(=視神経型MS)と呼んでいるものは実はCMSと違う病態の疾患ではないか、免疫抑制が望ましいとされるNMOに類似の病態ではないか、と感じていた医師)は比較的多数いたと思います」と書いています。
「つまり、OS「MS」における NMO-IgGの検出という2004年12月の論文は、偶然の産物ではなく、OS「MS」がMSとは異なるのではないかと問い続けた医師が(少なくとも Mayoと東北大には)いたということの表れではなかろうかと感じます」というように。
そしてそれゆえにこそ、2005年2月のNeurologyのベタフェロン治験結果は「国内外に驚きを与えた」。
そのことが逆に「Mayoの Lennonや東北大の医師が、OS「MS」の患者の血清からNMOと共通のNMO-IgGを見つけるという研究」を促進させたということに(あなたのコメントでは)なっていますが、Neurology誌に発表された「日本人のCMS・OSMS患者での、ベタフェロン治験結果」は、なぜそんなにも(いい意味でも悪い意味でも)影響を持ったのでしょうか。
そもそもあなたは「根本に戻りますが」と言いつつ、「ベタフェロンがなぜCMSにおいて再発抑制という効果を出すか、その機序は『不明』です。まずこのことをNMO/MS専門家は認識しておく必要がある」と「NMO/MS専門家」自身に警告を発しておられます。
そして「1981年の世界トップクラスの科学誌Science誌に掲載された論文」に言及され(なんと1981年の「根本」!)、「当時、CMS はウイルス感染によって発病という「引き金」が引かれるという論があり、機序不明ながらも抗ウイルス効果を持つインターフェロンが注目され」たが、「しかし実際には抗ウイルス効果は直接の関係性がないと後日指摘され、何らかの免疫調節作用かといわれるに至っています。(…)どのように効いているかを理論立てて説明できない薬剤を今日もまだ使っている。このこと自体はそれで恩恵を得ている人がいる以上悪いことだとは言いませんが、予測していない事態の出現には警戒する必要があるとは思うのです」とのこと。
そうなるとますます2005年2月の「日本人のCMS・OSMS患者での、ベタフェロン治験結果」の影響力の意味が私にはわからない。1981年の Science誌の「根本」は、この「ベタフェロン治験結果」を報告したグループやその論文を受け入れざるを得なかった治療現場にとってどんな関係にあったのか、もう少し教えてもらいたいところです。
2)もう一つの質問は、2004年4月と2008年1月のAnnals of Neurologyの報告についてです。
一つには、炎症は原因ではなくて結果だということ。「派手な症状を引き起こす炎症は、実は二次的に、或いは髄鞘を再生しようとする人体反応の必要悪として生じている、とも考えられなくはない」というもの。ここを読んで私は新潟大学の安保徹の免疫論を思い出しまいた(笑)。デタラメそうに見える“安保理論”もそこそこの理屈はあるのだな、と思いました(ここは聞き流してください)。
しかしその炎症結果論も同じAnnals of Neurologyの2008年1月の論文で「確認できない」との報告があり、さらに、NMOとMSとを分けていた「液性免疫」論が「危うくなっている」とのこと。
少し長くなりますが、重要なところなので、あなたの関連箇所を全文引用します。
「東北大もMayoもNMOの病理所見は免疫グロブリンと補体とマクロファージを中心とする液性免疫であると報告していました。
ところが 2008年1月この論文においては、MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると。
即ち、ここに来て「NMOは液性免疫であるという観点でCMSから区別される」という発想すら危うくなっています。本当にNMOは「MSとは明確に区別されるべき」疾患なのでしょうか? 抗AQP4抗体は原因と証明されたわけではなく、現時点では単なるマーカー、と以前に書きましたが、例えばこの抗体が単に病変の場所(視神経・脊髄)を規定しているだけで、脱髄の本態についてはMSと変わらない可能性も否定はできません。またEvidence- based medicineの観点からは、NMOとCMSでベタフェロンの「治療反応性が明らかに違う」ということについても、確証が得られたわけではありません」。
― 以上引用終わり。
このあなたのコメントは衝撃的でした。結局、CMS/OSMS/NMOの区別が、ほとんど意味がなくなりすべて「液性免疫が主体」の病理だということですよね。ベータフェロン治療は一体何だったのでしょうか。
私の理解では(間違っているかも知れませんが)、CMS/OSMS=細胞性免疫=ベータフェロン有効、NMO=液性免疫=免疫抑制剤=血液浄化法有効という対照関係だったのですが、これもまた2008年1月の最新の研究では崩れつつあるということですか。
だとするとCMS/OSMS/NMO治療はまさに闇の中、Evidence-based medicine自体が幻想、ということですよね。患者としては医師の「謝罪」と「自責の念」、そして「信念」にかけるしかないということかな(苦笑)。
あなたの切り出した「NMO/MSの専門家」とは、ここにきて(このやりとりもそろそろ終わりかけていると思いますが)、もはや1人も存在していないのではないか、と思うほどです。
あなたの現時点での治療展望は、どんなものなのでしょう。少しだけでもお聞かせ下さい。
●家内の症状報告(96) ― Evidence-based medicine の“客観性”は、個々の患者の治療を狂わせる(ベータフェロンは本当に有効か) 2008年02月17日
家内の症状報告(95)の第1の質問 ― あなたが「そこそこの神経内科専門誌」と言うNeurologyに発表された「治験結果」は一体誰の(どんな組織の)主導によって、どんなサンプル数の集め方によって報告されたものなのでしょうか ― についての回答が早速来ました(ありがたいことです)。全文紹介します。
>拝読しました(2008年02月17日 02:38)。
まず、深夜寝ておられたところをたたき起こされて(苦笑)、小生の読みにくい駄文にお付き合い頂いた奥様にどうぞ宜しくお伝えください。今回の議論を通して、芦田さんの、何としてでも奥様の状況を改善しようと希求される気迫に満ちた想いをかいま見て、ご夫婦の掛け値なしの愛情に感動を覚えております。Lorenzo's Oilは小生の大好きな映画ですが(ご覧になったことがなければ、是非ご高覧を…)、映画の中に描かれるLorenzoの両親の姿が芦田さんと重なりました。Lorenzoのお父さんは今でも息子の為に治療薬を自ら主体的に開発しようと動いておられます(www.myelin.org)。
本日はちょっと思考がスピードダウンしておりますので、誤解、論理矛盾、意味不明などがあればご指摘お願い致します。
では(1)に対する回答です。まず、当該論文の情報(タイトル・要旨)を和訳してみました。著者は原文ままにてお許し下さい。
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2005年2月22日号 Neurology誌 621~630ページ
「インターフェロンベータ1b(註:ベタフェロンのこと)は日本人の再発寛解型MS患者において有効である:ランダム化された多施設研究」
T. Saida, K. Tashiro, Y. Itoyama, T. Sato, Y. Ohashi, Z. Zhao and the Interferon Beta-1b Multiple Sclerosis Study Group of Japan(←註:このグループ内に多施設が入っています)
<目的>日本人の再発寛解型MS(RRMS)におけるインターフェロンベータ1b(IFNB-1b)の有効性を評価する。
<背景>RRMSにおけるIFNBの効果は主に白人集団において評価されてきた。日本人におけるMSは白人におけるそれとは、CMSとOSMSの二つの異なる臨床病型から成るということ、及び慢性進行型が少ないという点で異なっている。
<方法>合計205名の日本人RRMS患者を、ランダムに2群に分け、それぞれ50microG(1.6MIU)又は250microG (8.0MIU)のIFNB-1b隔日皮下注射を最長2年間行った。第一の評価事項は年間再発率とした。第二の評価事項は再発に関連する評価指標とMRI の評価指標、更にEDSS・NRS(註:神経障害のスコアリングのこと)の絶対値変化とした。効果は188人の患者において評価でき、安全性は192人の患者において評価可能であった。加えてサブグループ解析をOSMS患者とCMS患者に対して行った。
<結果>年間再発率は250microG投与群で0.763、50microG投与群で1.069であり、再発の相対減少率は28.6%であった(p=0.047←註:統計上よく出現する項目ですが、簡単にはこの結果が間違っている可能性が4.7%あるということですが、5%以下の場合は通常「統計学的に有意」と判断します)。すべての第二評価事項に関して、250microGのIFNB-1bを投与された群が勝っていた。サンプル数が少ないために統計学的有意ではなかったものの、サブグループ解析ではOSMSとCMSにおける本治療効果の程度や方向性が同等であることが示唆された。
<結論>日本人RRMS患者においてIFNB1b250microGは有意に再発率及びMRI上の病巣面積増加を減少させ、またそれは OSMS・CMSのいずれにも同等に効果を示していると思われた。日本人MS患者におけるIFNB1bの治療反応性の結果は、白人患者との間に共通の病因や背後の遺伝素因が存在することを示唆している。
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現在原文が手元にないため、205名の内訳(OSMS vs CMS)は分かりません。「サンプル数が少なく統計学的に有意とは言えない」ことはこの規模の治験でのサブグループ解析では良くあることですが、OSMS 患者にベタフェロンを打って皆が皆、再発率が増加すればさすがにこの結論は審査で認められないと思われますから、提示されたデータからは Neurology誌の審査としては問題ない帰結を導いていたものと思われます。
さて、この論文が与えた影響力についてですが、これには現在の医学界における「Evidence-based medicine(EBM)」について説明を加えねばなりません。
EBMは90年代初頭に登場しましたが、ともあれ、90年代後半からは日本を含めた全世界で合言葉のように使われるようになりました。例えば、OS 「MS」と診断されて入院中の患者に、前述の「信念」を持った医師がステロイド維持療法を考え、その考えをカンファレンスで提示したとします。上級医からはこう切り返されるでしょう「その治療は有効であるエビデンスがないんじゃないの?(無効だというエビデンスがあるんじゃないの?)」。ここでいうエビデンスですが、国際的な定義があります。
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<エビデンスのレベル(上に行くほど、エビデンスが強い)>
Ⅰa:複数のランダム化比較試験のメタアナリシスで示された結果
Ⅰb:少なくとも一つのランダム化比較試験で示された結果
Ⅱa:少なくとも一つのよくデザインされた非ランダム化比較試験で示された結果
Ⅱb:少なくとも一つの他のタイプのよくデザインされた準実験的研究による結果
Ⅲ:よくデザインされた非実験的記述的研究による結果(比較試験、相関研究、ケースコントロール研究)
Ⅳ:専門家委員会のレポートや意見、権威者の臨床経験
==========
医師が「エビデンスがない」と言っているときには、客観性に欠けるということから、レベルIVをも含めています。かの「信念」も、「研究班の勧告」も、エビデンスレベルIV、つまり、エビデンスがありません。他方、ベタフェロン治験論文はレベルIbです。ベタフェロン治験論文の中の、OSMS vs CMSのサブグループ解析については、サンプル数制限で統計学的に有意とは言えないという点でIbとは言い切れないところですが、IVには勝ると判断されます。
欧米で、ベタフェロンのMSにおける有効性はIaのエビデンスがあります。「信念」を持っていた日本の医師達は、「ステロイドの反応性が欧米と日本では違うのではないか(ひょっとしたらベタフェロンも?)」、と感じていたかも知れませんが、その「考え」はレベルIVで、「エビデンスが無い」。固唾を飲んで待ちわびた日本での結果はエビデンスIbのお墨付きを出した。当該論文が影響力を持ったのは、端的には、そのエビデンスレベルが高かったからです。
EBMの考え方はすでに現代の医師に呪いのように浸透しています。本来は「医師の勝手な思い込みによる治療で患者を苦しめない」という患者保護の目的や、「無意味な治療を行わずに医療経済的な合理化を図る」といった観点で優れたシステムになるものだとは思うのですが、あまりにも「結果」だけが独り歩きする傾向にあります。これは疾患概念(原因・病理病態)が確立していないものでは重大な問題を来します。例えば、ベタフェロンは日本人のMSに有効である、とか、ステロイドはMSに無効である、と言ったものに「エビデンスがある」とされるのですが、ではそのMSとは何ぞや、と言った問題を希薄化してしまうのです。
即ち、MSは原因不明であり、「時間的多発性」・「空間的多発性」・「中枢神経系脱髄」というキーワードで一括りにされている「疾患群」であり、原因別分類になっていない、ということを以前記述しましたが、そういう「前提」を忘却の彼方においてしまい、あくまで暫定的な「診断基準」によって括られる集団において得られた結果をすべての個人に対して一元的に適応しようとする嫌いがあるのです。
そして、このEBM絶対主義は医師の個々の患者に対する観察眼を狂わせるように思います。EBMにおけるエビデンスは、結局、集団における統計学的根拠を求めます。生身の個人を相手にする医師にとっての、本来必要なエビデンスとは、その向き合う患者個人に対して行った診断治療に責任を持つための基礎であり、であれば、ベタフェロンがこの患者の身体に投与された時にどのように働くのか、そしてそれがその患者個人の病態にどういう利点があるのか、こういったことが最も重要なことであり、そこにエビデンスを求めるべきではないでしょうか。
EBM上はMSに対するベタフェロンの有効性にエビデンスがありますが、生物学的には、ベタフェロンがMSに効く作用機序は不明であり、そこにエビデンスはないのではないか、ということです。1981年の論文を引きあいに警鐘を鳴らしたのはベタフェロンの「生物学的なエビデンス」がないことについて十分に理解していない医師がいるのではないかと危惧しているからです。
医師はこの「(MSに有効であるという生物学的な)エビデンスがない」ベタフェロンに、「(MSに有効であるというEBM上の)エビデンスがある」という特殊な状況を決して忘却してはいけない。いわばブラックボックスのような薬を投与する訳ですから、自分の前に居る患者に再発率増加という異常を少しでも感じたならば、(EBM上の)エビデンスを前に、思いすごしかも知れない、と黙認することはあってはならないと、思うのです。ベタフェロンが体内で何を起こしているのか保証されていないからです。
※もう一つの回答は、また後日でご寛恕下さい…
>ここまでの私(芦田)の返信(2008年02月17日 03:58)
私も映画は大好きですが、さすがに『Lorenzo's Oil』は見たことがありません。早速見てみます。
私のこの病気への関心は「掛け値なしの愛情」というよりは、むしろ医学の先端専門性というものが、どの程度の専門性なのかを、私自身の研究経験に重ね合わせながら確かめたい、という気持ちの方が高いと思います。
「掛け値なしの愛情」に見えるとすれば、病気の当事者というものは、実は医師とはほとんどまともな会話が出来ず、何も重要なことを聞き出せていないという一般的な事情から来ていると思います。
私も入院の経験がありますが、そうでした。家内の他人ごとの病気であるからこそ、聞くべきことを聞いてみたいという気になったのかも知れません。
私の経験では、病気の治療には代理人(家族であれ、友人・知人であれ)が必要なのだと思います。当事者は、医師との人間関係に気が散ってしまい、何も出来ません。目の前にいる医師は、患者にとってはいつでも「名医」でしかないのです。これは悲劇ですが、避けられない悲劇です。
毎晩、付き合わせて、スミマセン。
私も、Evidence-based medicine の“客観性”がむしろ個々の患者の情況を直視することから目を背けさせているものだと思います。私もさすがにこの時間では頭が回らなくなっています。今日の日曜日、じっくり考えてみます。
●家内の症状報告(97) ― 私のEvidence-based medicine論(「症状報告」91~96を理解するためのサブ資料) 2008年02月17日
ちょうど家内がステロイドをやめて、ベータフェロンだけに治療を転換するとき(2006年5月)にこの「Evidence-based medicine」について思い出した記録があったので、修正を加えながら再録します。
>当時の症状報告より
今回(2006年5月17日)はこれまでと違い3年以上服用してきたステロイドを止めることを決定。ベータフェロンを増量して(600→800)、ベータフェロンのみで“治療”を続けることになった。その結果入院中何度も白血球の値が上下し不安定になったが、もともと家内は白血球が少ないこともあって、何とかなるのではないか。とのことだったが、白血球減少を気遣い続けた生活を送るのも“問題”とのことで、元のベータフェロン量(600)に戻すことになった。それで今日の退院。
以前からベータフェロン600(注射)+ステロイド10ミリ(経口)を自宅で続けていたのだから、今回の退院は、以前よりもさらに薬物“武装”状態を解いたことになる。
この“治療”の選択は、ステロイドとベータフェロンとの併用が、両者の効果を相殺するという判断がなければありえない。あるいは、ステロイド服用の副作用が、その効果よりもはるかに大きいという判断がなければあり得ない。そしてまたベータフェロンの効果は(家内の場合の最大の副作用である)白血球減少を凌ぐことができれば、(少しは)効果があるという前提がなければあり得ない。
現在のところ、最後のベータフェロンの効果については唯一の実証的な“エビデンス”があるらしいが前者の二つは「色々な意見がある」(担当医)ということで「エビデンスはない」。
家内が広尾の日本赤十字でお世話になっていたときに見たベータフェロンの資料(2003年秋)では、使用しないときとしたときとの効果の差(要するに再発防止率)は20%という数字だったような気がする。10人の患者がいて、10人がベータフェロンを使用した場合2人は再発しない(かなりの期間再発しない)ということだ。ただし日赤ではベータフェロンをなぜか使用しなかった。「体力がまだ付いていないから」と、駆け出しの女医がわけのわからないことを言っていた。
したがって、ベータフェロンの“効果”さえ、最大で20%、その20%の効果について約2割減の投与で再出発するのだから、今回の退院はほとんど根拠のない退院にすぎない。
全体に免疫系の病気には科学的な根拠が薄弱。もちろん医学はもともとが実証的な分野だから根拠なんてないのだろう。否定する根拠(こうすれば人間は死ぬ)はいつでも存在するだろうが、肯定する根拠(こうすれば治る)なんてものは、どんな分野でも存在しない。すべては結果論だし、それ以前に、スピノザは「規定」はすでにつねに「否定」だと言っていた。
大概の医師は、「患者さんそれぞれで違いますから」ということになる。そう言う割には、ベータフェロンの投与量、白血球の量については、“基準値” を持ち出す。基準値は大概の場合、“平均値”だから、それを言うのなら「患者さんそれぞれで違いますから」と言うことも禁じられているはず。両者は矛盾している。
こういった病気の治療で大切なことは、症例研究をどれくらい重ねているか、に関わっていると思う。外科医でもないかぎり、この分野の医師は弁護士に似ている。法律判断もまた〈真理〉に関わるよりは判例の変化を機敏に読み取ることが鍵を握っている。おなじように症例研究が治療法の決定や薬物の投与量の決定に大きな影響を与えている。
多発性硬化症の場合、日本人全体で1万人しかいないから症例研究と言っても他の病気と違って資料はないのかもしれない。また資料はあっても病院を超えた(研究のための)資料開示は、(専門医が少ないということもあるが)この世界の場合思うほどには進んでいない。
一般的な資料開示というのは、専門家の集団がかかわる資料になればなるほど、なかなかしないものだ。そんなことしたら〈論文〉の価値がなくなるからである。大学の業績評価は依然として論文評価だから、本来の治療ネットワーク(症例開示のネットワーク)の形成はできそうでできない。
私は文科省の「特色ある大学教育プログラム」の審査員(第三審査部会)を平成16年度(http://www.tokushoku- gp.jp/meibo/h16meibo-sinsabukai03.html)~19年度(http://www.tokushoku- gp.jp/meibo/h17meibo-sinsabukai03.html)と続けてやりましたが、大学医学部の教育改革は他のどの分野(工学系、人文系)よりも活発で毎回提案数がいちばん多い。
この改革の熱を治療に於ける情報開示にぜひ向けてもらいたいものだ。アカウンタビリティ(説明責任)なんて実はどうでもいいのであって、今なお謎の多い医療の現場で必要とされているのは、個々の治療現場を越えた日本大、世界大の症例データベースの形成のような気がする。
治療現場では、「説明責任」よりも「情報開示」の方が重要に決まっている。何を説明すべきかの基準がない「説明責任」は単に心理的なものにすぎない。その場合の「説明責任」は「ベッドサイドマナー」以上のものではない。医師と患者との自己満足にすぎない。
たとえば、今回の家内の一ヶ月半の入院期間で白血球の上下変動がどのように生じたのかを、世界中のどの治療現場からでもリアルタイムに知ることがなぜできないのか(それと同様に他の患者の白血球減少のデータが症例としてなぜ手に入らないのか)。
最近Googleは、「Googleブック」(http://books.google.co.jp/)検索サービスを始めた。これは世界中の書物のフルテキスト検索ができるシステムだ(まだ賭場口に付いたばかりだが)。これができれば、世界の人文系の“教授”達の半分は(事実上)職を失う。大概の人文系研究者は丸善の文献カードをせっせと何十年もかけて作り続けているにすぎないからだ(それ以下の教授はもっとたくさんいるが)。
文献カード(たとえばハイデガーが「存在」という言葉を彼の著作の何頁の何行目に使っているかメモったもの)の量は、その教授がどれほど丹念に研究対象である著作を読み込んできたかの間接的な証拠であったわけだが ― 八木誠一や田川健三などキリスト教文献学に関わる研究者なんて、病的なくらいに何頁の何行目にその語やテキストが存在しているかを頭の中にたたき込んでいる! 滑稽なくらいだ ― 、「Googleブック」はそれを物理的に破壊する。しったかぶりをした教授のアカウンタビリティ(それが教養課程の「哲学概論」のすべてだ)よりは「Googleブック」の“情報開示”の方が学生達にはるかに有益なはずだ。
それと同じように、医学の分野でも症例データベースが整備されるべきだ。ベータフェロン、白血球、ステロイドなどと複合検索をかければ、世界大の症例データベースが一気にはき出されるような仕組み(データ供与の共通書式)はできないのか。結果論の医学であるのなら、症例データベースの形成と整備は必須だし、やろうと思えば技術的にはいつでもできる時代に入ってきている。
そういったことがない中でベータフェロンとステロイド投与の適否を「エビデンス」ということで“説明”されても、患者の立場では何も言えない。
― 以上当時の私が書いた「症状報告」より。
要するに、Evidence-Based MedicineとExperience-Based Medicineとの中間がない。「P」さんは、このやり取りの中で、その中間を「信念」と呼んでいますが、私は「症例数」の多さと言いたい。だれだけの患者を診てきたのか、診てこないまでもどれくらいの症例を集めているのか。
ただし、これは堂々巡りの議論のようにも思える。症例を集めたのが、唯一、2005年2月22日号 Neurology誌の治験結果だったとも言えるし、いくら治療経験があっても、Evidence-Based Medicineで凝り固まっている大学医師の前には1000の症例経験があってもEvidence主義の色眼鏡でしか患者を診ていないのだから、経験としては2,3人の患者しか診ていない町医者とほとんど変わりのない状態になる、というように。
そうならないためにも、〈論文〉を経由しない、症例データベースの整備が急務なような気がします。難病患者の毎日は、毎日が実験みたいなものなのですから、それを公開するだけでも、凡百の専門論文よりもすぐれたものが出来上がるような気がします。
●家内の症状報告(98) ― 古典的MS,日本型MS、視神経脊髄炎、そして液性免疫(「症状報告」91~96を理解するためのサブ資料) 2008年02月17日
「家内の症状報告(95)」のPさんのコメントは私には衝撃的でした。特に、Annals of Neurologyの2008年1月の論文の内容。「MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると」。これを理解するためには、私が昨年7月、読売新聞医療取材班が私の自宅に訪問したときに書いた記事が参考になります。一部修正しながら再録します。
>多発性硬化症(あるいは日本型視神経型多発性硬化症)と視神経脊髄炎との違いは、(私がこれまでに参照したいくつかの論文を粗雑にまとめると)以下の7点。
1)視神経や脊髄に局所的に炎症が起こる(古典的多発性硬化症のように脳内や視神経、脊髄に遍在しない)。
2)炎症箇所が長大な場合が多い。脊髄炎の場合、長軸方向に3椎体以上にわたる病変がある。古典的多発性硬化症の場合、基本的に脊髄の腫脹はない。長軸方向の長さも2椎体未満(視神経炎と脊髄炎のみを呈する場合でも、脊髄病変が短い場合はNMO-IgGは陰性である場合が多い)。 。
3)一回の再発での症状の悪化が著しい。重度障害が多い。高度の視力障害(失明)、高度の下肢障害が起こる。
4)女性が圧倒的に多い。
5)古典的多発性硬化症の発症年齢に比べて10年くらい発症年齢が高い。高年齢者が多い。
6)インターフェロンベータが症状を悪化させる場合がある。
7)NMO-IgG(抗アクアポリン4抗体)が陽性。
最後の7点目の検査が最近日本のいくつかの病院で行われるようになって、長い間、MSの「亜系」と思われてきたNMO病(=DEVIC病)、日本で多い視神経脊髄型MS(=日本型MS)が少なくとも古典的MSではない、と判断できることが明らかになってきた。
この判断が重要なのは、少なくとも古典的MSとは治療法が異なるということ。インターフェロンのような免疫調節作用のある薬は効かないばかりではなく、むしろ症状を悪化させる場合が多く、免疫抑制型(ステロイドやアザチオプリンなど)や血液浄化法(血液吸着、血漿交換)を処方する必要があるということ。
ステロイドも血液浄化法も、予防効果はないとされてきたが、NMO-IgG(抗アクアポリン-4抗体)が陽性の“MS”では、予防的にも意味があることがわかってきた。
アクアポリン(AQP)は、全身に分布しており、細胞間の水移動には欠かせない分子。様々な病気と関係しており、現在までには3つの疾患への関与が報告されている。
AQP1は腎性尿崩症、AQP0は先天性白内障、AQP5はシェーグレン症候群に伴うドライアイなどである。中枢神経において存在するAQP4は、脳虚血後の脳浮腫に関与しているとも言われ、脳浮腫の治療に用いられるステロイドホルモンがAQP4の発現を押さえることも報告されている。
AQP4が、NMO-IgGの標的抗原であったことには、二つの意味がある。
一つは、水チャンネルに対する自己抗体により発症する疾患があるということ。これまで水チャンネルに対する自己抗体により発症する疾患は報告がなかった。もう一つは、NMO-IgGの標的が、ミエリンやオリゴデンドロサイト由来の蛋白ではなかったこと。
AQP4は、アストロサイトのfoot process膜(astrocyte foot process)に豊富に存在しており、アストロサイトを主座とした免疫異常が中枢神経脱随性疾患を引き起こす可能性があるということ。
そういった意味で、今回のNMO-IgGの標的抗原が発見されたことは、治療法の大きな転回となる。特に細胞性免疫ではなく(MSは脳脊髄炎モデル動物の研究から細胞免疫優位な疾患と考えられてきたが)、液性免疫に関与する治療法(血液浄化法など)の開発が課題。
これまで、MSの有力なマーカーは、髄液のオリゴクローナリバンドやIgGインデックスが中心だったが、アメリカのLennonたち(メイヨー・クリニック)によって、視神経脊髄型MS(アメリカではDEVIC病)の患者の73%の血清中に抗AQP4抗体(=NMO-IgG)が陽性であることが発見された。これが2004年。要するにMSとNMO(視神経脊髄炎)とが区別されるようになったのが、このLennonたちの2004年の発見だったのである。
日本(東北大学以外)では、この発見の認識と重視が遅れた。日本ではこの時期が細胞性免疫に関わる免疫バランス型治療薬ベータフェロンの認可と重なったために余計に遅れたのである。「MSで唯一エビデンスがある」とされているベータフェロンを2004年以降も無反省に使っていた。
ベータフェロンを打って悪化する事例が多数あったにもかかわらず、「これを打たなければ、もっと悪くなったかもしれない」という医師は2004年以降もたくさんいたのである。
アクアポリン抗体検査はたしかに日本では昨年来の動きだが(未だにこの抗体検査を受けていない、受けさせない医師がいるのは異常としか思えない)、 NMO症状として私が挙げた1)~6)までの症状があれば、視神経脊髄型MSとは別のNMOの疑いをかけてもよかった。特にベータフェロン治療の可否という点ではNMOを意識するかしないかで医師の態度は180度異なる。日本の免疫学は遅れているとしかいいようがない。
では日本で「MS患者」とされている人たちの内、NMOはどれくらいいるのか。昨年の中島一郎(東北大学)の論文では、「当院外来通院中の35例のMS患者(視神経脊髄型19例、脊髄型MS3例、通常型MS13例)」の内、「14例でNMO-IgGが陽性であった」。「視神経脊髄型での陽性頻度は63%であった」と報告されている(「神経研究の進歩」Vol.50 No.4 Aug.2006)。無視できないかなりの数の患者がMSではなくて、NMO(視神経脊髄炎)なのである。多くのMS患者が間違った治療を受け続けてきているということだ。
昨年の12月あたりから、厚労省が重い腰を動かし始めた。“MS”患者に対するベータフェロン投与に関して日本シェーリング社=バイエル社に対して、投与の注意書きの指導を行うかどうかということ(ちょうどタミフル騒動のようなものだ)。
さすがに、この動きの中で、バイエル社も先月6月医療関係者に対して、ベータフェロン投与は“MS”症状を増悪させる場合があるということを文書の形で公開しはじめた(何度読んでも何が書いてあるかさっぱりわからない文書だが)。同じ月にバイエル社は、ベータフェロンは効果があるという記事を“大衆向き”には発表している(http: //byl.bayer.co.jp/scripts/pages/jp/press_release/press_detail/?file_path= 2007%2Fre20070604.html)。嗚呼、製薬会社。しかし、ベータフェロンの増悪例に関しては、今年中には、正式に処方上の注意として末端の医療機関にまで周知徹底されるはず。
日本では、特に東大系の神経内科医たちは、ベータフェロンを全く認めていなかった。医学界でも個々の医師達に直接あって話を聞けば意見は二分される。しかし日本シェーリング社=バイエル社も大きな製薬会社。論文の場(=公開の場)では、そんなことは言えない。
最近、続々と発表されつつあるMSとNMO関係の論文も、ベータフェロン投与に可否に関しては中途半端なものが多い。医師=研究者たちの研究を助成している製薬会社の“監視”があるからである。ミクシィ(MIXI)のMSコミュニティでさえそんな気配がある。
そうなると厚労省の薬事班が動くしかない。その厚労省がベータフェロン投与の危険性に関してやっと動き始めた(これはまだ明らかにはなっていないが私が得た最新のニュース)。ありがたいことだ(もはや私の家内には幾分か遅すぎるニュースだが…)。
※以上、当時の私の書いたものの引用終わり。元の記事はこちら(http://www.ashida.info/blog/2007/07/post_212.html)
>当時のこの記事についての私の今現在のコメント
しかし昨年(2007年)の春に書いたこの記事は、東北大学+Mayoの発表をほとんどなぞっているだけの報告であって、その「液性免疫」論が、2008年1月の論文(Annals of Neurologyの論文)によって否定されつつあるというのが、今回のやりとりでの最前線の議論です。これが興奮せずにおられるか、というところです。
要するに、CMS(古典的多発性硬化症 )、OSMS(視神経脊髄型多発性硬化症 )、NMO(視神経脊髄炎)の区別は実はほとんど意味がないという発表が先月(2008年1月)にあったということでしょうか。これが91番から95番までのやりとりの最大の意義です。私の第2の質問に対する回答が待たれるところです。
●家内の症状報告(99) ― 抗AQP4抗体検査の陽性、陰性は絶対的なものではない
私とPさんとの長いやりとりの間に、こんなコメントが入りました。Pさんがまた丁寧に答えてくださっていますので転載します。テーマは、「抗 AQP4抗体検査とて標準化という問題がクリアされていない」というもの。陽性、陰性は「感度」と「特異点」の設定次第で変化しうる、というものです。CMS/OSMS/NMOの区別はさらに闇の中に入り込んできました。
>Lさん
こんばんは。はじめまして。 2008年02月17日 22:58
お二人のお話は本当に勉強になります。
私はベタフェロンを5年続け、注射部位の硬結、壊死等でやめました。
その間5年間、注射開始後2年間は普通に過ごさせたのですが、後半2年は、再発等後遺症で歩行が困難になりました。
私は、頭部には典型的なMSの病巣があり、脊髄には3推体以上の病変が見受けられました。
治験は受けられず、免疫抑制剤→ステロイド→アボネックス。
今は、ステロイド+アボネックスです。
アクアポリンは陰性でした。
短い説明で申し訳ないのですが、是非、お二人の助言、自分ならこう考える
どんな意見でも良いんでよろしくお願いします。
>こんばんは(おはようございます?)2008年02月18日 03:55
さて、芦田さんのコメントに「横やり」を入れたことから始まった議論が、いつの間にかmixi上での芦田さんと小生のオンライン公開討論会の様相を呈して来ました(苦笑)。突然乱入して場の雰囲気を壊したようで、最近で言うところのKY?と恐縮していたところ、Lさんがコメントを寄せて頂いてなんか安堵しています(笑)。
せっかくのコメントなので、芦田さんの(2)に対する回答を後日に回すことをお許し頂き(すみません、でも感度・特異度議論をどこかでしておきたかったので、連綿と続いた議論に無関係ではありません)、閑話休題と言ったらLさんに怒られますが、具体的なLさんの事例を解析させて頂きたいと思います。あくまで、「mixiにいる謎のおっさん」が無責任に空想しているだけなので、話半分にして、実際の診断や治療方針は主治医とよくご相談ください。
ここでは、現在までに芦田さんと繰り広げた議論を通してどういうことが考えられるかを整理しました。
Lさんの「ステロイド+アボネックス」という治療におけるステロイドは、パルス後の短期間の後療法として行われているのか、或いは維持療法として投与されているのか分かりませんが、この投与スタイルそのものは珍しいものではありません(ちょっと上に芦田さんが転記して下さった奥様の治療経過にもあります)。
アボネックスとベタフェロンを効果・副作用共に同等のIFNbと仮定しますが、アボネックスを投与する上で期待する効果は、OS「MS」を含む日本人MS例で期待される約30%の再発率低下(クラスIのエビデンス)、心配するのは(一般的な副作用とは別に)ご存じの通り最近報告されている、NMOタイプのOS「MS」におけるむしろ再発率が増加するのではないかという論(クラスIVのエビデンス)かと思います。ステロイド投与による再発抑制は、 CMSを対象とした欧米治験で否定されています(クラスIのエビデンス)が、NMOタイプのOS「MS」では再発抑制があるのではと報告されています(クラスIII?)。
Lさんの病態をコメントの情報から考えるに、まず
>NMOの改訂診断基準(2006年)※確定診断にはすべてを満たすことが要件
>1) 視神経炎があること
>2)急性脊髄炎があること
>3)次の3つの支持項目のうち最低2つを満たすもの
>①MRI上、3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変がある
>②MRI上、MSの診断基準に合致しない脳病変がある
>③血清中NMO-IgGが陽性
については、頂いた情報では3)の補助項目のうち2項目を満たすことは困難と考えられることから、NMOとする診断できません。
ただ、東北大の指摘する、
>High-risk syndrome of NMO ※下記のいずれか(ただし、あくまで研究上の適宜です)
>1) 脳病変を欠く、再発性の視神経炎
>2) 3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変(脳病変の有無は問わない)
>3) 視神経炎 and/or 3椎体以下の脊髄病変があり、NMOに矛盾しない脳病変(左右対称性の瀰漫性白質病変・左右対称性の間脳病変・左右対称性の脳室周囲病変)があるもの
の2)には該当します。改めて書いておきますと、この「High-risk」と呼ばれる状態がNMOに移行するriskが本当にhighであるかどうかについての論拠を得られていません(少なくとも小生が知る限りは)。
前のコメントで書きましたが、
>但し、NMO-IgGの火付け役であるMayoからの小数例の追跡報告では、3椎体長以上に及ぶ横断性脊髄炎で原因不明のものにおいて、NMO -IgGが陽性であれば、その後1年のフォローアップで約44%が横断性脊髄炎を再発し、約11%が視神経炎を発症する(ここでNMO診断とされますね)と指摘されています。大規模数での確認が待たれるところです。
という情報があることから、High-risk syndrome of NMOで、かの抗AQP4抗体が陽性であれば、ステロイドやアザチオプリンの投与も、最低検討はされても良いと思われます。
東北大の論文(2007年5月のBrain誌)によれば、High-risk syndrome of NMOにおける抗AQP4抗体陽性率は85%であったそうなので、逆に、LさんのようにHigh-risk syndrome of NMOで抗体陰性であった方が15%居たということになります。
東北大がこのLさんのような15%に対してどのような治療方針をとっているのか、そしてどのような結果となったのかは気になるところでありますが、まだ報告はありません。診断基準をご覧になるとお分かりかと思いますが、抗AQP4抗体陰性であってもNMOと診断されることもあります。即ち、重要な鑑別点になるのは、1) 視神経炎があること(Lさんの情報には書いてありませんがNMOなら診断上、必須項目です)、②MRI上、MSの診断基準に合致しない脳病変がある(Lさんの情報では「典型的」MS病巣とのことですが)、の2項目だろうと思います。そして、落とし穴として気をつけねばならないのが、抗AQP4抗体が本当に陰性か、ということではないでしょうか。
抗AQP4抗体検査とて標準化という問題がクリアされていない、と以前の議論で提議しましたが、もう少し詳しく持論を述べます。
検査には感度と特異度という言葉があります。
感度とは、真に陽性である症例を陽性と判定できる確率、であり、
特異度とは、真に陰性である症例を陰性であると判定できる確率、です。
感度を高くすると(見落としを減らすと)、特異度が下がる(陰性の症例を陽性と判断しやすくなる)。逆もまたしかり。感度と特異度がバランス良く双方が高くなるところの検査手法を取り入れるのが臨床検査の原則です。
どの施設(日本では3施設:最近新潟大が抗体検査受託を中止したようなので、2施設?)の検査でも同じ感度・特異度で結果を得られるようにすることが、検査の「標準化」ということです。が、現在、日本で行われているタイプの抗体検査は、小生が知る限り、研究者が顕微鏡で見て、光っているか光っていないかで陽性陰性を判定しますが、これは採血で白血球の実数を数えるような検査とは異なり、「微妙に光っているかも?」、という状態がありうる検査です(研究者の見方によって、陽性とも陰性ともとれる状態がありうる)。
例えば、前述の東北大の論文では、抗AQP4抗体の、NMO又はHigh-risk syndromeに対する特異度は100%であったそうです(NMO又はHigh-risk syndrome以外における、この抗体の陽性率はゼロだったということ)。
特異度を高くすると感度が低くなるのが一般論で、Lさんの検査がどこでどの方法で為されたかは分かりませんが、東北大における論文で使われた検査方法は「陽性とも陰性ともとれる状態がありうる」ものと思われますので、特異度が 100%と極めて高い(特異度を優先させた)検査であれば、感度が100%ということはないのではないか、つまり本当は陽性だが、陰性と判定された例もあるのではないか、ということを考えさせます。
ちなみに、この検査の「本当の」感度・特異度は、診断基準の感度・特異度とも連動します(本当はNMOだが、NMOの診断基準の感度が低くMSと診断されてしまう例で、抗AQP4抗体が陰性である、という症例があるかも知れない、この場合、論文では「MS患者・抗AQP4抗体陰性」と判定される)。スペインとイタリアでかのNMO診断基準の感度・特異度を調べたところ、感度87.5%、特異度83.3%とのことでしたが、このNMO診断基準を満たさない「本当のNMO」が、12.5%存在することを意味しています。「本当のNMO」「本当のMS」ってなに?ということになりますが、この辺りからは芦田さんの質問(2)に関連してくると思います。
話題を戻しますが、検査を直接行っている大学に受診されているのでなければ、何度も何度も「陰性」と判断されている検査の再提出は、無償検査の信頼性を疑っているようで主治医は乗り気ではないかも知れませんが、少なくとも病変や病態が変わった際(身体の中の抗体価が変動したかもしれない際)には再検査してもらうのも一考です。
今後、標準化された検査が業者に委託できるようになったら、もっと気軽に、症状の変動が無くとも再検査してくれるとは思います。標準化され、感度・特異度が固定できる検査手法になれば(ELISA法とか、今とは別の検査方法になると思います)、一般論では検査を繰り返すことで偽陰性を減らせる(90%の感度の検査で1回目陰性とされた100人の患者が居たとすれば、このうち10人は、本当は陽性です(偽陰性は10%)。
ではこの陰性とされた 100人に2回目の検査を行ったら、これに含まれる真に陽性である10名のうち9人は2回目の検査で陽性と判定されることが期待できる。つまり2回検査すると、儀陰性は100人中1人、1%に下がる。特異度が高い検査であれば、偽陽性は増えない)。つまり、標準化された検査が台頭すれば、その感度・特異度を目安に、何回検査して結果がどうだから、と、主治医が「偽陽性」「偽陰性」を考慮しながら検査ができるようになります。
Lさんの主治医としてはNMOを疑ってステロイドを投与しているものの、現状ではNMOとは診断できず(NMOでないかもしれず)、ベタフェロン開始2年間の再発抑制効果も見ているので、ベタフェロンによって増悪する症例とも言い切れず、よってステロイド+アボネックスという、ひょっとしたら矛盾を内包し得る治療方針になっているのでしょうか。
ただ、アボネックスによる再発抑制を主に期待しているが、ひょっとしたらNMOで増悪するかもしれないから、保険としてステロイド、というのであれば「ノーエビデンス」です。ステロイドを併用していれば、仮にNMOであった場合に、IFNbよって起こりうる増悪が防げる、という根拠はありません(ちなみに誤解のないように申し上げますが、現時点ではIFNbをNMOに投与したら増悪するという確たるエビデンスはありません。仮にそうだとしても、なぜ増悪するかということは分かっていませんので、ステロイドをかぶせることによってその増悪リスクを軽減できるというエビデンスは元より論拠もありません)。
Lさんのような診断上の「窪み」に落ち込んだ症例においては芦田さんの言葉をお借りすれば
>CMS/OSMS/NMO治療はまさに闇の中
ではなかろうかと思います。
芦田さんの「症例データベース」構想は感服しました。今でも症例報告の論文はありますが、「やってしまった誤診例」とか「エビデンスはないけどうまくいった例」という、当該施設の医学水準に疑念を持たれるが、数が増えれば実は正論かもしれないといった役に立ちそうな情報は出てきません。
ただ、アメリカ人MS専門医の「今日は外来多くて忙しかったよぉ、だって、今日は5人も診たんだよー」とコーヒーを飲みながら外来診察をこなし、ゴルフバッグ片手に夕方になると居なくなってしまう、それでいて法外な高給取りという、日本人医師から見れば危うく殺意を覚えそうな温い医療環境ならまだしも、「本日の予約患者数:100名」という日本の医療現場であれば、そのデータベースに入力する作業をよほどうまく工夫しないと、MS専門医の過労死が増えてより一層この病気の情報が途絶えそうなような気がします(苦笑)。
扱う情報が極めて厳格に管理されるべき個人情報ということで、なかなか事務のおばさんにお願いするわけにもいかないのでしょうし、やるなら守秘義務を課したデータベース士?でもいないと難しいかもしれません。でもカルテに何が書いてあるかわからないかもしれませんね、字が汚くて。
「特色ある大学教育支援プログラム」の延長上でぜひ予算をつけてください(笑)。
●家内の症状報告(100)― 現代治療の最前線における多発性硬化症(MS)、視神経脊髄炎(NMO)、どう治療すべきか?
記念すべき、症状報告(100)回目の記事となりました。現代のMS/NMO治療のかなり先端の部分を通覧できる貴重な報告となりました。継続的に、毎日のように書いてくださっている「ぱぱ」さん(=ミクシィ(MIXI)ネーム)に、患者、および患者家族を代表して謝意を捧げたいと思います。昨日の私のドタバタNHKニュース出演を見て頂きながらも、こんなまじめなレポートを書いて頂きました。
>2008年02月19日 20:13
久々にまともな時間の書き込みです(苦笑)。
芦田さんの(2)の御質問 ― 液性免疫と細胞性免疫との関係、およびそれに基づく治療法如何?― への回答です。
MSの病理分類の変遷は紆余曲折の歴史がありますが、芦田さんの「CMS/OSMS=細胞性免疫=ベータフェロン有効、NMO=液性免疫=免疫抑制剤=血液浄化法有効という対照関係」という観点の背景には以下の流れがあると思います。
確実な証明があるわけではないものの、一般論としてMSの病因病態は、何らかの感染等により炎症が励起されやすい状態が生じた際に、本来ならば中枢神経系に入れないリンパ球が脳血管関門を通過して脳内に入り、髄鞘を攻撃し脱髄を来たす、そしてその中心的な役割を担うのはリンパ球のうち、CD4陽性 T細胞を中心とした細胞性免疫、と考えられていました。
ベタフェロンはそのT細胞に対して何らかの修飾をする「免疫修飾能」があると推察されており(後だしジャンケンのように、当初からこの期待があったような説明が付け加えられていますが、前述のように、きっかけは1981年のScience誌にあるように「抗ウイルス効果」を期待したものでした)、 FDAに認可されたNatalizumabはこういったリンパ球が脳血管関門を越えられないようにする目的で、脳血管関門を通過するために必要なアルファ 4インテグリンを阻害する抗体医薬として登場しました。
MSは、(T細胞性の)自己免疫疾患である、という「仮説」は証明されたかのような勢いを持って広がっていました。つまり、T細胞性リンパ球が「加害者」であり、脳内の髄鞘形成細胞(オリゴデンドロサイト、以下オリゴ)はその「被害者」、と考えられていました。
この流れに対し、1996年7月にMayoの医師らが、Brain Pathology誌にMS病巣におけるオリゴの生き死にパターンにはバラエティがあることを指摘。その後2000年6月のAnnals of Neurology誌に同じMayoの医師らが、MSにおいて脱髄進行中の病巣を多数解析し、その分類を下記のように示しました。
Type1=T細胞とマクロファージのみからなる炎症(=細胞性免疫)
Type2=免疫グロブリンと補体からなる炎症(=液性免疫)
Type3=オリゴの自発的死(アポトーシス)による脱髄が主体で免疫グロブリン・補体・髄鞘再生を認めないもの
Type4=オリゴの変性が主体で髄鞘再生を認めないもの
つまり、MSといえば細胞性免疫による自己免疫疾患(Type1)、と考えられていたところに、液性免疫(Type2)の関与が指摘され、さらに、そもそも免疫が主体ではく、オリゴが「被害者」とは言い切れない病態(Type3,4)が挙げられました。
このような病態の差が、ベタフェロンの効果の差(効く人と効かない人の差)に繋がっているのではないかと考えられるようになりました。実際、 2005年8月には同じMayoの医師らがLancet誌において、Type2(液性免疫)のMS患者では血漿交換が奏効することを報告しました。アメリカでは(脳腫瘍との鑑別等を目的として)日本よりも気軽に脳生検を行いますので、脳生検でType分けをすれば、MS治療の個別化ができるのではないかとすら言われました。
この途中経過で前述の2004年4月にオーストラリアの医師がAnnals of Neurology誌に「超急性期」のMS病巣において、免疫反応不在でのオリゴの死、が報告されました。つまり、リンパ球とオリゴの因果関係、或いは「加害者」「被害者」概念が逆転しうることを示した分けです。
ところが、2008年1月のAnnals of Neurology誌に、この1996年から連綿と続いた「MSにはバリエーションがある」という論を全てひっくり返し、かつ、「MSと言えば細胞性免疫である」という仮説をも覆す論文がオランダから投じられ、全ての脱髄進行中のMS病巣は、Type2(液性免疫が主体)である、と指摘された訳です。
付け加えると、2008年2月14日号の(世界一有名な医学誌である)New England Journal of Medicineに、MS患者を対象としたPhase2のリツキサン(日本ではリンパ腫で既に使われている抗体医薬)治験結果(1年間の観察期間)が出されました。2週間を空けてたった2回のリツキサン点滴をしただけですが、1年間の追跡で、投与群での再発は半減していたとのことでした。
簡単に言うとリツキサンというのは、B細胞(免疫グロブリンを作る細胞)を殺す薬です。つまり液性免疫を抑制し得る薬がMSにおいて再発減少に効果を出したということになります。Phase3が終わっていないので、未だ試験途中であり、長期効果を見たものではありませんが、脱髄MS病巣は全て Type2であるとする2008年1月の論文と併せると、MSを細胞性免疫の疾患と考える論拠は乏しくなったように感じます(ちなみに、NMOについては極小数例におけるリツキサンの試験投与の結果が2005年のNeurology誌に報告されていますが、再発を抑制できるのではないかとされています)。
さて、NMOの病理解析ついて、2007年5月のBrain誌には東北大の論文とMayoの論文が別個に登場しています。東北大は、NMOにおいてはAQP4が消失し、MSにおいてはむしろAQP4が発現亢進していること、そしてNMOでは本来AQP4が発現している血管周囲において強い免疫グロブリンと補体の沈着が生じている(液性免疫が生じている)ことを指摘しています。これに対して、Mayoは、NMOにおいてAQP4の消失を認めるのは同じですが、MSではその病巣パターンによってAQP4は発現亢進しているところと、消失しているところがあると指摘しています。ただ、AQP4はアストロサイト(以降、アストロ)に発現していることから、Mayoのグループはアストロが増えている病巣とそうでない病巣の両方を解析しただけのように思われます(MSにおけるアストロの反応や役割については、これはこれで長い議論がありますが、詳論を避けます)。
そもそもMSをType1~4を区分けしたのがMayoですが、気になるType2(液性免疫主体のMS)とNMOの違いについて、彼らは論文でこう指摘しています。NMOにおける免疫グロブリンと補体は主に血管周囲に沈着していたが、Type2のMS病巣では脱髄中の髄鞘のゴミやマクロファージ・オリゴの周囲でこれらを認めたと。また、NMOにおいては脱髄が生じている炎症病巣と、脱髄はないが炎症だけの病巣があったことを指摘しています。つまり NMOにおいては脱髄は副次的な反応かも知れないということを想起させます。
脱髄進行中のMS病巣が全てType2ならば、NMOとMSの「病理学的な区分け」では、どちらも液性免疫が主体的に関与するものの、NMOではその対象がアストロであり、MSではオリゴである、ということになります。NMOではアストロを介した副次的な脱髄が生じ、MSでは直接オリゴ・髄鞘をターゲットとした脱髄が生じるという仮説が考えられます。
アストロは血管周囲で脳血管関門を構成する他に、髄鞘と髄鞘の間にあるランビエ絞輪に足を伸ばしているので、Mayoの見解としては、アストロを攻撃すれば、ランビエ絞輪を経て脱髄に繋がるのではないかと考えているようです。
ただ気をつけなくてはいけないのは、脱髄と炎症の因果関係が必ずしも定かでないのと同様に、抗AQP4抗体によるアストロの炎症、というのが果たしてNMOの「原因」なのかは分からないということです。今のところ、AQP4を欠損した動物(既にマウスが作られている)でNMOになるという報告はありませんし、或いは正常動物に抗AQP4抗体を投与したからと言ってNMOになるという報告はありません。またNMOで生じる病変にAQP4が出ていることは確かであるが、AQP4はもっと広い範囲で検出される、にも拘らず視神経脊髄に集中するのは何故か。
抗AQP4抗体を検出できないNMOないしHigh-risk syndrome of NMO患者は、検査感度の問題で抗体が(実際にはあるが)検出できないだけなのか、或いは抗AQP4抗体が「原因」ではなく、「結果」であることを示しているのか。
東北大は抗AQP4抗体の特異度は100%としているが、NMO-IgGに関する他の論文では100%でなく、NMO-IgG陽性であるCMS患者が記載されている。これは検査特異度の問題なのか、或いはCMSにおいても、脱髄・炎症の結果としてNMO-IgGが出現し得る、つまりかの抗体が「結果」である可能性を示唆しているのか。
さて、
>このコメントは衝撃的でした。結局、CMS/OSMS/NMOの区別が、ほとんど意味がなくなりすべて「液性免疫が主体」の病理だということですよね。そうなるとベータフェロン治療は一体何だったのでしょうか(芦田さんの前回の文章の引用)。
ベタフェロン治療の論拠は「後だしジャンケンのように」細胞性免疫の調節にある、と言われていますが、ベタフェロンがMSにおいてどう効いているかは、前にも述べましたが、「誰も知らない」。細胞性免疫の調節がベタフェロンの効果である、という視点に立てば、芦田さんの驚き、-ベータフェロン治療は一体何だったのでしょうか-というのは良く理解できますが、そもそも謎の薬ですから、実は驚くところではありません。
ただ、敢えて申し上げますが同じ液性免疫を主体とする(かも知れない)MSとNMOにおいて、ベタフェロンの効果が異なってくるという事象は、もっと慎重に解析してから結論を出すべきであろうと思います(EBMに固執するわけではありませんが、「経験論」を一般化するのにも慎重にならねばならないと思います)。
>だとするとCMS/OSMS/NMO治療はまさに闇の中(芦田さん)
アストロが標的かも知れないNMOと、オリゴが標的かも知れないMSで区別できる可能性は残されていますが、免疫を大雑把に(局所でなく全身的に)調節しようとする治療薬(ステロイド、アザチオプリン、ベタフェロン等)の観点からは、個々の標的は関係ありませんから、もし本当に双方が「液性免疫」主体であるならば、個々の患者において治療薬の反応性が異なる理由は全く説明できない(闇の中)ことになります(ちなみにステロイドは免疫云々ではなく AQP4の発現を調節する可能性が指摘されていますが)。なんら(生物学的なエビデンスのない)、「NMOタイプのMSならベタフェロンで悪化するかも知れないらしい」とか「NMOタイプのMSならステロイドが効くらしい」といった情報を手探りにするのみです。
>あなたの切り出した「NMO/MSの専門家」とは、ここにきて(このやりとりもそろそろ終わりかけていると思いますが)、もはや1人も存在していないのではないか、と思うほどです(芦田さん)。
ですから、「患者本人やその家族にとっての「NMO/MSの専門家」に求められる追記条件については、よく理解できます」が、結局のところ、残念ではありますが、「分からないことだらけであることを十分に承知し、あらゆる情報を集約し、あらゆる可能性を考え悩みぬいた上での決断として、その患者に最も適切と思われる治療を選択」、する医師を以て「NMO/MSの専門家」と称する他は現実的にないのです。
さて、ようやく(苦笑)、芦田さんの質問(2)の後半に対する回答です。
まず、直近の現実的な対応として、既に自明とは思いますが、
1) 抗AQP4抗体検査の改訂(できればELISA等の絶対値がでる検査に変更)、感度・特異度の算出とカットオフ値の設定、標準化
2)本邦におけるMS(できれば全例)を対象とした抗AQP4抗体検査
3)Retrospective(既に起こった現象を後から解析するという意味)な評価による、抗AQP4抗体陽性例におけるベタフェロン・ステロイド反応性の症例解析(2005年2月の、かのベタフェロン治験に組み込まれた全症例を抗体検査し、レトロスペクティブに見直しつつ現在までの状況を含めて解析できれば最も良い。
これを行う上では芦田さんが提唱した症例データベースがあれば本当はクリックひとつ二つでできる簡単なことですが…。ちなみにEBMの観点からは、本来は抗AQP4抗体陽性・陰性に分けたベタフェロンあるいはステロイド治験を今からやることが最も望まれるが、現況では抗体陽性患者で参加してくれる人は少ないと思われる)
以上を以て、本邦における診療ガイドラインを策定、一般神経内科医にも浸透させる というものが望まれると思います。
もう少し先のことを考えると、原因を反映した診断基準がないのにEBMの呪縛が解けない(診断基準に縛られてしまい、個々人の病態に応じた治療を選択できない)現況を打破する一案として、検査技術の発展による個別病態の把握が可能になることが望ましいと思います。翻ってMayoがType1~4に分けた時に、病理分類は個々人で違うが、特定個人の中の異なる病巣間では同一、という見解を述べています。つまり、一ヵ所を我慢して生検すれば、全体を反映し、治療法選択が可能になるということでした。しかし実際に生検に応じる患者は少ないと思います(小生なら嫌です)。
現在のMSにおける検査技術は MRIが中心ですが、所詮はプロトンの信号を見ているのみで、例えばプロトンによって細胞性免疫と液性免疫を区別できるかと言えば困難なように思われます。ただ、病態を反映するような新しい造影剤(肝臓癌においてはフェリデックスという鉄を含む造影剤があります、これは肝臓のクッパー細胞が鉄を貪食することを応用している)が開発されれば、不可能ではないかも知れません。あるいはより近接的には脳を包む脳脊髄液で病巣の免疫状態を生化学的あるいは免疫学的に評価できる検査(今でも実は可能と思われますが一般化されていない)が考えられます(ルンバールは嫌われますが、脳生検よりはずっとましかと)。
治療の選択という観点からは、ベタフェロンについては更にその薬効を解析して、どういう機序で効果が出るのか(生物学的なエビデンス)を検討したうえで適応を見分ける必要があるでしょうが、そもそもCMSで30%程度の再発抑制率なので、あまりそこに労力をかけるべきではないかも知れません。
既にFDAの認可が下りているNatalizumab(Tysabri)はCMSで68%の再発抑制率で、脳血管関門のインテグリン阻害という機序よりリンパ球の脳内侵入を止めるという生物学的エビデンスがある(ただしPMLという致死性合併症発症リスクに加えて、最近(2008年2月7日の New England Journal of Medicineに)メラノーマ合併の症例が報告されたので、副作用をコントロールできないと既に第一選択から外されている今以上に衰退するかも知れない)。
「MSはすべて液性免疫主体で再発する」というのが正しいかどうかは今後の展開を見守る必要があると思いますが、この論点からは、2008年2月 14日のNew England Journal of Medicineで発表され、Phase2ながら約50%の再発抑制率を示した、Rituximab(リツキサン)のように、CD20陽性B細胞を殺す、という生物学的エビデンスが明確である(しかもリンパ腫領域では日本でもさんざん使われており認可のハードルが低い)薬剤を、前述の検査技術と組み合わせてより個別化に応じられる医療へつなげることが望ましいと思います。
中には細胞性免疫もちょっと混じった液性免疫というような微妙な患者も出てくるかも知れませんが、Alemtuzumab(Campath- 1H)というT細胞にもB細胞にも(それ以外にも)出ているCD52を標的とした薬剤が既にMS患者でPhase2を終えており、ベタフェロン投与患者の再発率に比して74%の再発抑制率を示した(プラセボとの比較ではないので、実質的にはNatalizumabを凌ぐ効率で再発抑制した)ことが、去年秋にチェコであったECTRIMSで報告されています。
診断基準に縛られ分類されたCMS/OSMS/NMOではなく、病理・病態生理として例えばCD20(Rituximabのターゲット)や CD52(Alemtuzumabのターゲット)が絡んでいるか否かがなるべく簡単に(例えば脳脊髄液検査等で、或いは将来的には新しい造影剤ができれば MRI等で病巣の画像と同時に)検査できるようになれば、治療の選択も合理的なものになってくるのではないでしょうか。
ちなみに、Alemtuzumabについては世界規模でMS患者に治験が計画されており、特定研究班の班長がご自身のHPにおいて(http: //www.jk.med.kyushu-u.ac.jp/neuro/official/profcomment/20071118.html)、日本がこれに参加することをまんざらでもないようなコメントをしていましたので、小生としては期待しているところです。
さて、あまり再発抑制、炎症抑止に偏ると、2004年4月のAnnals of Neurology誌に掲載された「炎症は結果かもしれない論」と、連綿と報告されたCambridge大学による「炎症は髄鞘再生に必要かも知れない論」が気になってきます。再発はほとんどなくなったが、後遺障害は全く回復しなくなった、とならないか。
尤も、再発抑制率が100%になれば、初回発病の後遺症以外に加わる後遺症はなくなり、こういった心配は限りなく不要になるかも知れませんが、 100%に到達するというのは何事も例外があり、また実質的にはMSの原因が解明されない限りは困難ではないかと思われるます。また現存の患者における後遺症をどうするかと考えた場合にはやはり髄鞘再生医薬の開発が望まれます。逆に、髄鞘再生医薬が開発されれば、再発は今よりずっと不安の少ないものになると考えられます(再発しても再生させればいいや、と)。
※髄鞘再生医薬の開発の現況と展望については、また後日…。
※追記
抗AQP4抗体もまた、CD20やCD52のような病態生理を反映するマーカーとなるかも知れませんし、そうであれば、AQP4の発現を調節するステロイド(これについてはもう少し生物学的なエビデンスを蓄積する必要があると思います)や、抗AQP4抗体そのものを除去する目的での血漿交換が、個体の病態生理に即した治療として行われることになると思います。ですから、抗AQP4抗体は、ベタフェロンが効く効かないという(重要ではありますが)マーカー議論に留まるべきではなく、抗AQP4抗体が「原因」でないにしても、陽性例における症状の「悪化」に直接的に寄与しているかどうかの確認を経て、病態生理に応じた治療につなげていく必要があると思います。これが可能になれば、Mayo・東北大の貢献は多大なるもので、また実際に彼らはそれを目指して研究しているのだと思います。
●家内の症状報告(101) ― ベータフェロンの治験論文はなぜ2005年2月に登場したのか 2008年02月23日
先の症状報告(100)の「P」さんの議論に対する私の質問です。回答が楽しみです。
>Pさん、お久し振りです。春先はお互い忙しいですよね。
本題の質問に行く前に、前回の質問を蒸し返すような質問を一つしておきたいと思います。
1996年7月にMayoの医師らが、Brain Pathology誌に発表した論文で、すでに「オリゴの生き死にパターンにはバラエティがある」ことが指摘されていた。これは私の記憶では、あなたの論文史の指摘にはなかった年代です。
特にその「バラエティ」の中には、細胞性免疫にかかわる炎症だけではなく、「免疫グロブリンと補体からなる炎症(=液性免疫)」も指摘されていた。
すでに、1996年のこの段階で「T細胞に対して何らかの修飾をする『免疫修飾能』があると推察されて」いたベータフェロンは、十二分に疑われても良かったにもかかわらず、なぜ、T細胞免疫論=ベータフェロン有効論は力を持ったのでしょうか。
1996年、オリゴ死の「バラエティ」という重要な発表の後、あなたの指摘は(2000年の脱随4タイプ論を経て)、2004年リンパ球のオリゴの因果関係の逆転、2005年の8月(液性免疫炎症に対する血漿交換の効能)、2008年の「バラエティ」自体の否定(すべては液性免疫)の指摘に繋がって行きます。この流れは、すべてベータフェロンの有効性を疑うもの(=疑っても良いもの)ばかりです。
このあなたのMS論の変遷の説明をまともに辿れば辿るほど、2005年2月の日本人達の論文「インターフェロンベータ1b(註:ベタフェロンのこと)は日本人の再発寛解型MS患者において有効である:ランダム化された多施設研究」(2005年2月22日号 Neurology誌)の意味が分からなくなります。この論文・研究動機は(結果はさておき)、私にはアナクロにしか見えません。
この論文の書き手達は、1996年~2004年の研究・論文の意義を踏まえてでも、なおMS=T細胞免疫炎症論(ベータフェロンの有効性)を主張しようとしたかったのでしょうか。そうだとすれば、何が彼らをそうさせたのでしょうか。1996年~2004年の間に何かまた別の発見があったのでしょうか。
●家内の症状報告(102) ― 「MSはT細胞性自己免疫疾患である」を疑え 2008年02月23日
早速先の質問の回答が返ってきました。
>回答 2008年02月23日 17:03
芦田さん、お疲れ様です。いやぁ忙しいですねぇ…。かなり?前に頂いた(2)の御質問の後半に対する回答は時間を見て書き進めておりますので、出来上がり次第Up致します。
さきに、論文の投稿と発表、治験論文では治験が実際に行われた時期と結果が公表される時期には、結構な時間差がありますので下記にまとめました。確かに芦田さんのご指摘のように「アナロク」に見える(またはかなり不勉強に見える(ただ、Brain Pathology誌を神経内科医が読むことは稀だと思いますが))のですが、背景の時系列からは必ずしもそうとは言い切れないように思います。
第一に、2005年2月のNeurology誌に掲載されたかの日本人「MS」患者でのベタフェロン治験結果ですが、実際の治験は1995年7月~1999年11月に行われています。このより前に治験のデザインが組まれていると思いますので、実際には1996年のMayo論文が出る前に治験はスタートラインを切っています。
よって、治験開始時には未だT細胞自己免疫説が主流で、それを疑う風潮はなかったものと思います。小生の推察では、1993 年4月のNeurology誌に海外でのベタフェロン大規模治験結果が発表されましたので、これに対応して日本での治験をデザインしたのではないかと思います。
尚、デザイン云々はともあれ、この論文のポイントは「OSMSにもベタフェロンは同等に有効である」お墨付を与えたことなのですが、論文の受付は 2004年5月となっているので、MayoのLennonが2004年12月のLancet誌にNMO-IgGを報告する前に論文は書かれたようです。
余談ですが、ベタフェロン・NMO議論で加熱している日本・Mayoの臨床医・研究者或いは、細々とMSの病理を追究する数少ない研究者以外は、どこかで聞いた(証明されていない)「MSはT細胞性自己免疫疾患である」をずっと疑わない人も居ます。2008年2月(つい先日)に掲載された Nature Medicine誌のMSの免疫研究に関連する論文の要旨にはこういう文がありました。
=====
Multiple sclerosis is believed to be mediated by myelin-specific T cells, but the mechanisms that determine where T cells initiate inflammation are unknown.
=====
believed to be、って、by whom?と聞きたいところですが。欧米では病理の知識をup-to-dateにしている人とそうでない人とかなり温度差があるように思われます。
時間がなくなりました、取り急ぎ乱文お許し下さい。
●家内の症状報告(103) ― 12年前の治験モデルを反復する気が知れない(そして未だにそのモデルを信じている医師達がいる…) 2008年02月23日
先の102番に対する私の再質問です。
早速の回答ありがとうございます。でも、いやー納得できないなぁ(笑)
あなたの言われる1995年7月~1999年11月の治験中には、
1996年のMayoの医師達の発表(Brain Pathology)があり、つまり細胞性免疫論の一角は崩れており、論文が受け付けられた2004年5月までには、
1)2000年6月の脱随進行病巣の4分類(MS=細胞性免疫炎症の相対化)
2)2004年4月のケンブリッジ大学の発見(T細胞浸潤等の炎症はなかったこと)
3)同じく4月のオーストラリアの医師の発見(免疫反応不在のオリゴの死の報告)
など提出以前(直前ですが)、論文をまとめる途中で貴重な発表はあいついでいるにもかかわらず、この論文が提出されている。
私なら、こんな“古びた”論文は、10年以上かけて書いたとしても破り捨てます。そんなことは「研究者」であればざらに起こることです。自然科学であればなおさらのことでしょう。
結局、この日本人達の論文は、あなたも「推察」されているように1993年のヨーロッパでの研究をなぞっただけのものにすぎない。それを公表まで12年もかけて発表したにすぎない。その間に、現代、あるいは将来のMS研究・治療の方向性を示す論文がいくつも発表されていたにも関わらず。
結局2005年2月の治験結果は、12年前のヨーロッパモデルを日本的な実証性を装いながら反復しただけのものと言えませんか。
日本の研究者達は、さかんに「日本型MS」=OSMS(視神経脊髄型MS)といいながらヨーロッパとは異なる亜系のMS研究を続けていた。それは今となっては、亜系でも何でもなく、液性免疫MSの本質論を展開するチャンスであったにもかかわらず、自ら1993年に先祖返りするしかたでそのチャンスを封じ込めた、と言えるのではないか(ちょっと言い過ぎかな)。この論文の影響が大きかっただけに返す返すも残念なことです。
●家内の症状報告(104) ― 「神に会っては神を切り、仏に会っては仏を切り、己に会っては己を切る」 2008年02月24日
>Pさんの先の質問に対する回答 2008年02月24日 02:22
日付変わってしまいましたが、帰還しました。さて、、、
この辺で許して貰えませんか…ってわけにはいかなさそうですね(苦笑)
最初に、かの論文について少し擁護しておきますが、臨床治験というのはとてつもなくお金がかかる(降圧剤のような安い薬でも一人当たり数百万だそうですから、ベタフェロンの治験は億単位のお金がかかっているのではないでしょうか(たぶん某製薬会社が出しているのでしょうけど))、そして日本全国かなりの数の病院・MS専門家が参加している(著者欄では「グループ」としてまとめられてしまってますがすごい数の医師名が論文には記載されています)。よってやっぱりまとめるのはやめます、と破り捨てるというのは現実的に難しい(発表せざるを得ない)と思います。
ともあれ、芦田さんのご指摘の本質は、一連の研究が本当に「研究」なのか、本邦における(少なくとも当該論文に中心的に参画した)MSの研究者は本当に「研究者」と言えるのか、との厳しいご指摘として響きます。
まず、現実的な医療と、学問としての医学とは、明確に区別しておくべきと考えます。
医療の専門家は医師である。医学の専門家は医学者である。医学とは人体の生理・病理に対する学問であり、それは科学の一分野であり、しかるに医学者とは医学を専攻する科学者(学者)と言える。
医師はMedical Doctor (MD)、医学者はDoctor of Philosophy (PhD)と一応区別できますが、「そんなの関係ねー」というのが日本の現実であることは良くご存じかも知れません(欧米ではMD/PhDの両方を持っている医師は少なく、持っている人は際立ったエリートと認められます)。
学問の本質はどの分野でも似ているのではないかと感じます。「神に会っては神を切り、仏に会っては仏を切り、己に会っては己を切る」と言いましょうか。
また、少なくとも自然科学においては、前人の道を追って最後に到達した壁にぶち当たった際に、それを乗り越えられるのは、悩んで、悩んで、考え抜いて、最後に生ずる「直観」であろうと思います。そしてその「直観」によって切り開かれた道はわずかでしかなく、いずれ誰かが屍を越えてまた新しい道を切り開く、医学もまたそのようにして展開してきたのであろうと思います。
学問論はプロの芦田さん相手に偉そうに述べるべきではありませんでした。見逃してください(汗)。
翻って、医師の眼の前に存在する患者から、その「医学的展開」として研究した成果が、かの治験結果であったかと問われれば、
>でも、いやー納得できないなぁ(笑)
の(笑)に芦田さんの情けを感じるのみです。
●家内の症状報告(105) ― MS医の専門性を測る指標(こんなことを言う医師には治療法選択を任せない) 2008年02月24日
「家内の症状報告(104)」のPさんの回答へのちょっとした感想。
>(2008年02月24日 06:50)
私(芦田)がベータフェロンの投与の適否についてこだわるのは、以下のような、先端医学的にはあやしい知見を患者の前でさらすMS専門医がいるからです。
1)あなたは、NMOではなくて、MS(CMS,OSMS)だから、ベータフェロン(と医師に言われた)。
2)抗体検査を受けたけれども、「陰性」だったから、ベータフェロン(と医師に言われた)。
3)「効き目が実証されているのはベータフェロンだけだから」(と医師に言われた)。
4)ステロイドは予防効果はないし、副作用があるから徐々に減らしましょう(と医師に言われた)
5)ステロイドは、ベータフェロンの効き目をダメにするから止めましょう(と医師に言われた)
6)NMOだと特定疾患扱いされなくなる可能性があるから、抗体検査を受けたいけれど受けない方がいいのかも…(経済的事情)
こんな現状が未だに横行している(まともな専門医であればこんなことは絶対に言わない)。私の家内が犠牲になった2006年ならまだしも、2008年の今でもそんな状態が医療の現場では続いている。
この状態を作ったのは、やはり2005年2月の論文(「インターフェロンベータ1bは日本人の再発寛解型MS患者において有効である:ランダム化された多施設研究」)の影響が大きい。
この2005年2月の論文は医療現場から一度リセットすべきです。医学界 (PhD)ではすでに(わずかながらでも)動き始めているのに、医療現場(MD)では動きが遅い。今この時点でもお腹をぱんぱんに膨らませながら、ベータフェロンを無理をして打ち続けている人がいるかと思うとぞっとします。
でも、この問題については、すでにPさんと私とのこの間のやりとりで充分に答えになっていると思いますので(特にPさんの回答)、もういじめるのは止めにします(苦笑)。私の以前の最後の回答を期待しています。
>ブログ読者のLさん(2008年02月24日 13:21)
私は上記 1)~6)の1)2)3)に該当します。その通りです。
5)に関して私の場合、逆にベタの効き目を良くするためには定期的なパルスが良いと言われてました。
でも、5年間ベタを続けて後半の2年、頻繁に再発したときには医師から”ベタしていたからこの程度で治まった”という言葉をよく聞きました。科学的データはないんでしたよね。
私的には???と思いながらも、信じるしかなかったですから・・
NMOなのかMSなのか、私の場合はどっちなのか、未だ模索中です。
今はアボネックスを使用中で、これに関しても自分なりに考え中ですが、芦田さんとパパさんのコメントは、ほんと色々と参考になります。また、よろしくお願いします。
>Pさんの再回答(2008年02月24日 14:23)
芦田さん、言外に小生の思いをご理解頂いたようでありがとうございました。お言葉に甘えます(苦笑)。
Lさん、多少なりともこの議論が患者皆さんのお役に立てば幸いです。「ベタしていたからこの程度で治まった」、これについては統計上の「エビデンス」はあるのですが、以前も議論しましたように、それを個々人に当てはめるのは慎重になるべきであり、こういった「エビデンス」(EBM論)が、結局医師の観察眼を損なうほうに加担してしまっているのではないかと危惧します。
NMO/MSという、未だわけの分からない病気については、学問としての医学的バックグラウンドをしっかり持った医師がペースメーカー役になって医療を引っ張ることが必要だと思います。抗AQP4抗体の解析が世界に先立って日本で行われている訳ですが、この流れがその一端であることを期待しています。
●家内の症状報告(106) ― 再生治療と多発性硬化症(髄鞘再生医薬の開発競争の最前線) 2008年02月24日
多発性硬化症(あるいは、CMS、OSMS、NMO)と再生治療の最前線をPさんが概観してくれています。考えているよりも遠い将来の話ではないようです。いくつか質問がありますが、とりあえず、全文紹介します。
鍵を握る研究機関は、スタンフォード大学+Biogen-Idec社、ケンブリッジ大学、Mayo、慶應大学のようです。
「髄鞘再生医薬の開発競争は、圧倒的資金力を持つStanford大(+Myelin Repair Foundation)とBiogen-Idec社、Brain Repair Centerをもち英国政府の巨額資金を持つCambrige大、何故かいつも登場するMayo(最近大型研究費がつきました)、日本では慶応大、この辺りが争っているといった様相でしょうか。特に、Stanford大のグループ、本当に2009年内の臨床治験開始に繋がるか、が注目されます」(本文より)。
以下、Pさんの、NMO/MSをめぐる再生医療前線概観。
>2008年02月24日 14:24
ようやくにして再生治療の現況と展望に移ります(苦笑)。
京都大のiPS細胞の成功は大きな話題となり夢を与える素晴らしい成果でした。しかしながら、iPS細胞がMSの再生医療に直結するかと言えば、その道のりは果てしなく長いと思われます。iPS細胞が内包する癌化の問題や、生物学的に本当に幹細胞であるか(現在のエピジェネティックスの範疇を本当に越えられるか、これはiPS細胞が本当に機能的なオリゴを産生できるかという議論に直結する)、或いは倫理的障壁を本当にクリアできるかと言った問題もさることながら、MSの脱随巣はその定義の通り、「多発性」に生じます。
しばしば直径数cmにも及ぶ脱髄巣が多発性に生じている疾患に対して、わずか10 ミクロン足らずの細胞をどうやって十分に供給するか。一ヵ所一ヵ所に針を刺して入れていくのはあまりのも現実的ではありません。そもそもオリゴを移植すれば髄鞘は再生できるかも知れませんが、オリゴは髄鞘形成に特化した状態に「最終分化」した細胞で、分裂能も移動能がほとんどないといわれている。するとオリゴより一段階未熟で、分裂能と移動能を備えた前駆細胞(OPCと呼ばれる)を移植するというのが現実的です。
ではiPS細胞から作成したOPC(まだ作成手法は未解明ですが)を何らかの手法で移植できたとして、それが分裂・移動して病巣を広く埋め尽くせるようになったとして、果たしてそのようにして定着したOPCは自然にオリゴになり髄鞘を再生してくれるか…。
これを考える上では、そもそも多発性硬化症の病巣にはOPCが残存していることに注目せねばなりません。
OPCを検出するいろいろな試薬が登場して期が熟した1998年1月のJournal of Neuroscience誌(基礎神経科学誌)にオランダの病理学者から、MSの慢性脱髄巣にはOPCが数的十分に残存していることが報告されました。
その後この見解は次々と追試されていますが、究極的には2002年1月のかの有名なNew England Journal of Medicine誌に追試結果がCleveland Clinicの研究者から報告され、以降MSの慢性脱髄巣にはOPCが残存していることが広く認知されるようになりました。
逆に言えば、MSではOPCという、再生に使える細胞が残っているにも関わらず、まるで「殺戮を見逃す傍観者」の如く振る舞い、漫然と脱髄が残っている。
結局、何らかの理由でMSでは OPCがオリゴへ分化できない。これが上記のiPS細胞の道のりは長いと考える所以です(というか、iPS細胞が必要でないかも知れない)。残念ながら少なくとも慢性期のMS患者においてはOPCをオリゴに成熟させる「自然の力」が働かないのです(病初期には放っておいても「自然の力」で再生する人が多いのは患者自身が知っている通りです)。
慢性期のMS患者において、OPCがオリゴに分化できない理由は何か。
二つの考え方がありますが、ひとつは、OPCがオリゴになるのを抑止する「分化阻害因子」がMSでは増えているという考え方。もうひとつは、OPC がオリゴになるのを促進する「分化促進因子」がMSでは減っているという考え方です(残っているOPCが、実は「死に損ないのゴミ」である可能性もあります)。
前者の考え方に合致する見解として、2002年1月の上記のNew England Journal of Medicine誌において、Cleveland Clinicの研究者らは、(神経)軸策障害がひとつの原因ではないかと提唱しています。た
だ、確かに病理学的には軸策障害はあり、軸策障害が生じれば髄鞘の再生もないという考え方は成り立ちますが、しかしながら全ての病変で広く軸策障害が生じているという見方は懐疑的なところがあります。
2002年10 月の(世界で二番目くらいに有名な医学誌である)Nature Medicine誌にはアルバートアインシュタイン大の病理学者らがMS病巣に居るアストロはJagged1という蛋白を産生し、OPCの分化を阻害していると報告しました。
この論はその後2004年9月のBrain誌においてCambrdige大の研究者ら(かの炎症は髄鞘に必要かも理論を提唱しているグループ)が動物実験上それを否定する見解を出しました。
2005年9月には、オレゴン保健科学大の研究者ら同じNature Medicine誌に、同じくアストロが(おばさま方が大好きな)ヒアルロン酸を産生し、局所でのOPCからオリゴへの分化を阻害していると報告しました。
しかしながらアストロが悪者か理論は長い議論があり、同時にMS病巣全てでアストロが増えている訳ではない(MayoのNMO病理解析のところでも触れましたが)ので、この論で全てを解決するには無理があります。分化阻害因子の解析の先端はこの辺りですが、分化阻害因子があったとしても、分化促進因子をそれ以上に増やしてやれば、OPCからオリゴへの分化を促せるのではないかとの論もあります。
後者の考え方、すなわち分化促進因子については、OPCがオリゴになる機序の解明が重要です。しかし分化機序の解明以前の展開も重要な見解を含んでいるので記しますと、まずMayoのLennon(この人はいつも登場しますね)らが1987年1月のJNEN誌(神経病理では権威誌)に報告した、「脊髄を免疫してできた血清を脱髄動物に投与したら髄鞘が再生した」という見解に始まります。
1990年1月のAnnals of Neurology誌には同じくMayoのLennonらが、「脊髄を免疫してできた血清のうち、髄鞘再生に寄与したのは免疫グロブリンである」ことを報告しました。つまり、脊髄の何らかの蛋白に反応する抗体(=免疫グロブリン:液性免疫の主要な構成成分)が、「悪者」というより、「髄鞘再生に寄与する味方」であると報告した訳です。
その後Lennonの弟子であるMayoのRodriguezがこの研究を現在まで連綿と続けており、その抗体が何の蛋白を認識しているのか-見つかれば髄鞘再生に必要な決定的な因子ということになる-これを見つけようと躍起になっていますが、まだ確認できていません。
さて、OPCがオリゴになる機序の解明について、1994年2月のNature誌に東大の研究者が(純粋なる生物学的研究として)OPCにおける Fynという酵素を動かすと、オリゴへ分化することを報告しています。
ところがFynは細胞膜の内側にある蛋白なので、細胞外から薬として刺激するには、細胞外からの刺激をFynに伝える何らかの細胞外受容体の発見が待たれました。
議論の過程で幾つかの候補が出ては消えましたが、結局2003年6月に慶応大と都老人研の医師・研究者らが、免疫グロブリン受容体の構成蛋白である FcRgという蛋白がOPCにおいてFynを動かすことを証明しました。これは新聞各紙(かの読売新聞は全国紙でかなり大々的に)で報道されました。発見した慶応大の医師の総説によれば、もともとFynを動かす受容体を探す実験をしていたところ、ある失敗実験の反省から得られた「偶然」で見つかったようですが、この発見は二つの意味で興味深いところがあります。一つは読売新聞の記事に書いてありますので、引用します。
=====
国内に1万人近い患者がいる神経難病の多発性硬化症などで異常が起きる、神経繊維の膜「ミエリン」ができる仕組みを、慶応大医学部の中原医師(解剖学)らが世界で初めて解明、2日発売の米専門誌「デベロプメンタル セル」に掲載された。
ミエリンの形成機構が分かったことで、神経難病をはじめ、精神疾患など有効な治療法が欠けていた病気の治療へ道を開くと期待される。
多発性硬化症は、神経を覆うミエリンが原因不明で壊れてしまうために神経の障害が生じ、手足のまひや、言語障害、知覚障害、視神経炎による失明といった重い障害が起きる。
30歳前後の女性に多発、欧米には100万人以上の患者がいる。これまで、ミエリンができる過程には、脳に固有の物質が働いていると考えられ、その物質の特定が注目されていた。
ところが、中原医師と東京都老人総合研究所のグループは、マウスを用いた研究によって、ミエリン形成の引き金となっているのは、脳固有の物質ではなく、白血球などの免疫細胞が共通に持っている受容体(免疫グロブリンFc受容体)であることを突き止めた。
この受容体は神経幹細胞がミエリンを作る細胞(オリゴデンドロサイト)へと分化する過程で働いている。
今後の研究で、この引き金となる受容体を有効に働かせることができれば、残された細胞からミエリンを再生する治療法につながる可能性がある。
三浦正幸東大大学院薬学系(遺伝学)教授は「脳内での免疫由来物質の働きを明らかにした世界的な発見」と評価する。
また多発性硬化症治療が専門の山村隆国立精神・神経センター神経研究所免疫研究部長は、「実際の治療に応用できるまでには、まだ多くの段階が必要だが、今後の研究に期待したい」と話す。(平成15年6月3日 読売新聞)
=====
注目すべきは「脳固有の物質ではなく、白血球などの免疫細胞が共通にもっている受容体」が働いていたという点です。つまり髄鞘再生という現象は、悪者であったはずの「炎症」と紙一重に生じているかも知れないということです。
しかもその受容体がMayoのLennon・Rodriguezらが提唱する免疫グロブリンの受容体であったということ。Mayoは免疫グロブリン(抗体)が何らかの特定の抗原に結合することで髄鞘再生が生じると考え、その抗原探しを進めていたわけですが、慶応大の発見によれば、抗原は関係ないかも知れない(免疫グロブリン(抗体)そのものを(抗原によらず)認識する受容体が鍵として働いている)ということを示しています。
前述のように、その後Cambridge大は「炎症は髄鞘再生に必要である」と提唱していますが、炎症は患者にとっては不快なものであり、髄鞘再生のために炎症を看過することはできません。
つまり、「炎症」のうち何が髄鞘再生に効いているのかが重要ですが、それについての報告はまだありませんが、慶応大の発見から勝手に推測するには、「抗体」が効いているのかも知れません。逆に、そうであれば、免疫抑制剤等により炎症はがつんと止めてしまい、髄鞘再生に必要となるFcRg刺激だけを人為的に加えて髄鞘再生を促してあげれば、いいとこどりになるのではないかと思われます。
ちなみに、2003年6月の慶応大の報告はあくまで生物学的なマウスでの証明でしたが、その後2006年6月のJNEN誌に同じ慶応大の医師が、 MS患者脳でこのFcRgを持ったOPCが多数存在し、髄鞘が自然に再生しているところではその数が増えていることを報告しています。
恐らく現在は FcRgの刺激を行う医薬品の開発に向けて動いているのではないかと思われますが、読売新聞の報道にもあるように、「白血球などの免疫細胞が共通にもっている受容体」がターゲットならば、免疫系への副作用も危惧されます。学会での見解によればどうやら慶応大はこれを認識しており、病巣にのみ刺激薬を運ぶ DDS(Drug delivery system)を開発中とのことです。
他方で、Natalizumab(Tysabri)を開発したBiogen Idec社も本格的に髄鞘再生医薬の開発に乗り出しています。同社の研究者は2005年6月のNature Neuroscience誌に、髄鞘再生を抑制するLingo-1という蛋白を同定しています。このLingo-1はどうやらFynを非活性化する役割があるようで、その意味ではFcRgと反対の役割を持っていることになります。
同じBiogen Idec社の研究者らは2007年10月のNature Medicine誌において、Lingo-1をブロックする抗体医薬を、MSのモデルとされるEAEマウス(本当にモデルかどうかはこれまた議論がありますが)に投与したところ、髄鞘再生が認められたことを報告しています(この報告によってBiogen-Idec社の株価も上がったようですが)。
ただ、 MS病巣におけるLingo-1の発現部位はその後、OPCではなくアストロとマクロファージに出ているとする説もあり、果たしてMS患者でもOPCの分化を誘導できるかどうか不透明です(この点では慶応大のFcRgはMS患者脳で発現を示しているので有利です)。
なお、患者主導での髄鞘再生医薬の開発も活発化しています。
一つは前述のLorenzo's oilにおけるLorenzoの父親が行っている「Myelin Project」。Lorenzoの父親がイニシアティブを取り、寄附からなる研究費配分を決めて研究者に髄鞘再生の研究を分担させているようです。
もう一つは2500万ドル(25億円!)という規模の、髄鞘再生のためだけに作られた財団「Myelin Repair Foundation」(myelinrepair.org)。日本政府がiPSに投じる額と比較しても凄い金額ですが、設立理念には「2009年中に最低1種類の髄鞘再生医薬の治験にこぎつける」とあり、やる気も凄いです。
Stanford大学のBarres(OPCの生物学的研究における第一人者)を筆頭に4名の世界的に著明なオリゴの専門家を集めて、支配下の 100人以上の研究者を髄鞘再生医薬の開発に投じる徹底ぶりです。どうも企業のCEOがMS 患者で、その人の呼びかけで始まったもののようです。
そのMyelin Repair Foundationのメンバーからはまだ具体的な髄鞘再生医薬のデザインは報告されていません(もはや製薬会社に特許を売ることが主体で、学術論文報告は興味がないのかも知れませんが)。
ただ、Stanford大のBarresらが2008年1月のJournal of Neuroscience誌に出した、アストロ・オリゴ・神経細胞のそれぞれでの大規模なTranscriptome(遺伝子の働きを転写活性ではかる方法)ではオリゴでやはりFcRgが動いている結果が載っています(でも文中では一切触れていないようです)。
髄鞘再生医薬の開発競争は、圧倒的資金力を持つStanford大(+Myelin Repair Foundation)とBiogen-Idec社、Brain Repair Centerをもち英国政府の巨額資金を持つCambrige大、何故かいつも登場するMayo(最近大型研究費がつきました)、日本では慶応大、この辺りが争っているといった様相でしょうか。特に、Stanford大のグループ本当に2009年内の臨床治験開始に繋がるか、が注目されます。
いずれにしても、iPS細胞を利用した再生医療よりも(ひょっとするとMSの原因解明なんかよりも)ずっと現実的なところに髄鞘再生医薬の開発は来ており、それが、再発抑制薬開発に比して極めて少数のグループで為されたことは驚くべきことです。
再発抑制や原因解明にばかり人的経済的資本を投入しないで、そろそろ(Myelin Repair Foundationのように)こちらへ回してスピードアップしたほうがいいように思えます(Alemtuzumabが本当に前述のように高率で再発を抑制できれば、放っておいてもやることがなくなった研究者は髄鞘再生医薬開発へ流れてくると思いますが)。
>あなたの現時点でのCMS/OSMS/NMO治療展望は、どんなものなのでしょう。少しだけでも夢のあるお話をお聞かせ下さい。そうでないと、このコミュニティの患者さん達は、いつまで待てばいいのかわからない再生医療に走るばかりです(苦笑)。
再生医療は上記の通り現実に向けて動いています。現在後遺症に苦しんでいる患者においては、「夢」と言わずに期待して頂きたいものと思います。研究開発を進めるには(Myelin Repair Foundationのように)人的経済的資本も必要ですが、十分条件ではありません。100人がかりで研究していたとしても、たった一人の研究者のブレークスルーはこれらを全て抜き去ってしまう、それが自然科学の面白いところです。
ブレークスルーが生まれるのは「偶然」であると研究者は言うかも知れませんが、(映画Lorenzo's Oilを見ていても)その研究者をそこに向かわせる何か大きな力(情熱)があってこそではないかと思うのです。
●家内の症状報告(107) ― なぜMS=T細胞自己免疫疾患という俗論が広まったのか、未だに分からない 2008年02月25日
未だにわからないことがある。ベータフェロン使用の前提となっているMS=T細胞自己免疫疾患という俗説のことだ。106番のPさんの再生医療論の展開の中にも次のような1990年のMayo、Lennonの優れた発見の記述がある。ふたたびPさんに質問してみよう。再生医療の議論はもう少し後回しにしたい。
>1990年1月のAnnals of Neurology誌には同じくMayoのLennonらが、「脊髄を免疫してできた血清のうち、髄鞘再生に寄与したのは免疫グロブリンである」ことを報告しました。つまり、脊髄の何らかの蛋白に反応する抗体(=免疫グロブリン:液性免疫の主要な構成成分)が、「悪者」というより、「髄鞘再生に寄与する味方」であると報告した訳です。
ここはやはり気になりました。よくわからないのですが、1990年にすでに、免疫グロブリン「悪者」論=液性免疫「悪者」論が議論されていたにもかかわらず(この「悪者」論はPさんの議論の流れそのものでないこと、むしろその反対であることは充分に理解した上で)、なぜ「MSはT細胞性自己免疫疾患である」という俗論が広がったのですか。
1990年と言えば、「海外でのベタフェロン大規模治験結果」(Neurology誌/1993 年4月)の発表のさらに以前です。MS=T細胞自己免疫説の起源はいったいどこにあるのですか? MayoのLennonたちは、1993年ベータフェロンの治験結果、あるいは2005年2月の日本人達の治験結果をどう考えていたのでしょうか。
●家内の症状報告(108) ― 「MS研究者」の実質大半は実は「EAEの研究者」ではないかと疑いたくなるほどです(MS=T細胞性自己免疫疾患という集団的錯誤の起源)。 2008年02月26日
>Pさんの回答(2008年02月25日 23:53)
文中で小生が時系列を無視した書き方をしたので混乱しますので、補足します。
=(現時点で争点となっている抗AQP4抗体やNMO-IgGというような)「悪者」というより、「髄鞘再生に寄与する味方」であると報告した訳です。 =
というのが本意です。ちなみに、MayoのLennonやRodriguezらが彼らの発表をしたころには、彼らもまた、MSはT細胞性自己免疫疾患なので、T細胞を殺しつつ、自己抗体等の免疫グロブリンを投与すれば最大の髄鞘再生化が得られると議論していました。
今やその自己抗体(NMO- IgG・抗AQP4抗体)がNMOの原因ではないかとMayoが一番騒いでいるわけで、現時点で彼らはある特定の抗体は髄鞘再生に寄与し、ある特定の抗体は脱髄に寄与すると考えているようです。
さて、MSはT細胞性自己免疫疾患である、という認識が広まり、証明されていないのに証明されたかのような集団錯覚現象に陥った根源は、小生の知る限り、実験的自己免疫的脳脊髄炎(EAE)動物の台頭にあります。
もともとはワクチン後脳炎(ADEM)に興味を持ったThomas Riversが1933年のJournal of Experimental Medicine誌に「ADEMのモデルとして」EAEを発表したのがきっかけです。
当初はサルにウサギの脳をすり潰して接種し免疫を励起していましたがなかなか発症率は高くなくあまり広まりませんでした。その後Freundが 1942年に免疫賦活化剤(今現在でもComplete Freund's AdjuvantとしてEAEの発症に使われています)を開発し、1947年からはそれを用いてEAEが作られるようになり、発症率も高く簡便な動物も出るとしてあっという間に広まりました。
炎症と脱髄という病理像が多発性硬化症に類似するということで、「ADEMのモデル」だったのに、ADEMは発症率が低く、圧倒的にMSの研究者が多いからか、いつのまにか「MSに似ているモデル」としてのEAEが扱われるようになりました。極めつけは、日本では使えませんが、Copaxone(これはもともとEAEをベースに1971年に開発されたペプチド医薬)やMitoxantrone、最近ではTysabri といったEAEでの有効性を基礎にMSでの臨床応用に繋がった薬が台頭してからは、EAEを「MSのモデル」とする風潮が更に広がりました。
本当はEAE で開発された薬の「大半が」MSでの治験で失敗しているので、これら成功例は数少ない例外的存在であったのですが、以外と「大多数の失敗例」は見向きされないのでしょうか、或いはEAEを否定されると他にモデルがないので「自称MS研究者」たる「実はEAE研究者」が困るからか、ともあれ、実は今でも、 EAEをMSモデルと要旨に大々的に書いてある論文を世界中に認めます。
で、ここからが、本題です。EAEは脳やら脊髄やらをFreundの免疫賦活剤と一緒に接種して作っていました(現在は人工的に合成した髄鞘の蛋白とFreundの免疫賦活剤で作ります)。
1960年にpassive EAE(受動的EAE)というのが報告されました。これは1匹のEAEを作成したとして、その1匹の動物のリンパ球を、他の健康な1匹に移すとそいつも EAEになるというもの、つまり「病原性を持った」リンパ球だけで(脳やら脊髄やらを接種しなくても)EAEを発症することが示されました。1981年にはそのうち「病原性を持った」CD4陽性T細胞だけでこのpassive EAEが作れることが報告されました。
小生が知る限り行き着くところは、この辺りがMS=T細胞性自己免疫説、の根源のようです。
EAEを使って研究をやっているが、実はMSについてはよく知らない、という研究者(大概は医者でない)が結構居るようです。でもMSと名前を入れると研究費が取りやすいとか、論文のインパクトが増えるということなのか、今でもNature誌などを見ていても、「EAEはMSのモデル」と書いてある論文は多いようです。「MS研究者」の実質大半は実は「EAEの研究者」ではないかと疑いたくなるほどです。本当に、「EAEの治療薬」は無数に報告されています。
こういう歴史的背景を知っていて、ましてやMSの神経病理に精通している研究者はよく「MSはEAEのモデル」と揶揄します。そして「(EAEを専門とする自称)MS研究者にとって一番恐れるのは、MSが不治の病でなくなってしまうことなんだろう」、「EAEの治療は簡単だ、最初から接種しなければいい」と。
ちなみに、最近は「EAEはMSよりもNMOに近い」論があるようです。真偽は分かりませんが。
●家内の症状報告(109) ― 「EAE:誤った方向性のMSモデル」 2008年02月26日
ご親切にも、Pさんが108番の議論に関するいくつかのEAEに関する文献を紹介してくれています。
>EAEに関する文献の要旨を参考までに和訳しましたので御高覧下さい。
>Annals of Neurology誌 2005年12月
【タイトル】EAE:誤った方向性のMSモデル
【著者】Sriram S・Steiner I(米国Vanderbilt Medical Center)
【要旨】長年に渡る精力的な研究にも拘らずMSの理解と治療は不充分である。覇権する仮設はMSが免疫性疾患であり、またEAEがその病因と治療を解明する為に適したモデルであるとするものである。
本総説ではEAEがMSの適切かつ有用な動物モデル足るかを批判的に吟味し、確たる証拠が存在しないことを提示する。EAEはMSよりも中枢神経系の急性炎症のモデルと言える。我々は、特に治療を検討する際には、EAEを用いることを再検討するべきであると提唱する。これは同時にEAEによる束縛を解除してMSを解析すること、即ち、類似性の解析ではなく、(実際のMSにおいて)何が起きているか、を解析することを要求するものである。
>Annals of Neurology誌 2006年7月
【タイトル】如何にしてEAEによる動物実験をMS研究に適切に応用するか
【著者】Steinman L・Zamvil SS(米国Stanfordd大)
【要旨】「EAE:誤った方向性のMSモデル」の総説においてSriramとSteinerは「EAEがMSのモデル足るかと考えた時に最も落胆するのは、MSに対する有意義な治療や治療方針を策定する上でほとんど全く役に立たないところだ」と述べている。
実際にはEAEは、MSに役立つ3種類の薬剤の開発に直接的に寄与した。それはGlatiramer acetate(註:Copaxone)、mitoxantrone、natalizumab(註:Tysabri)である。その他幾つかのMSに対する治療薬がEAEにおける前臨床的研究での成功を元に臨床治験が現在行われている。EAE研究によって見つかった発見が、MSにおける発見と合致した際には、MSの原因や病態マーカーに新しい知見をもたらしている。
確かにEAEの過剰に依存すると落とし穴があるが、それは他の疾患のあらゆるモデルにおいてそうである。にも拘らず、過去73年以上、EAEはMSの研究を補助する意味で極めて有効であることを、それ自身が証明してきている。
※註:SteinmanはTysabri開発を主導した研究者でMS動物実験の大御所。今でもNature等のTop JournalにSteinmanはEAE=MS論による論文を多数出している(ある意味で「MS=T細胞自己免疫疾患」の旗振り役)。
一方で、「EAEがMSモデルであることを否定」しつつも、「MSにおけるリンパ球は悪である」という概念までは否定できていない」というような研究者も居ます(神と仏は切りましたが、やっぱり己は切れませんでした、ってとこでしょうか(苦笑))。下記も総説です。
>Acta Neurologica Scandinavica誌の別冊 2007年
【タイトル】多発性硬化症の免疫学的起因:既存概念と矛盾
【著者】Holmoy T(ノルウェイOslo大学)
【要旨】MSの発見から150年が経過したが、その原因のみならず病態生理すらほとんど解明されてらず、現存する治療薬は十分な効果を持たない。 MSの疾患概念はEAEという動物モデルに依存する。70年に及ぶEAEの経験に基き、MSは髄鞘特異的なT細胞によって引き起こされる、髄鞘及び神経細胞に対する炎症が主体であると広く認識されている。
しかしながらMSにおいて髄鞘特異的なT細胞が中心的役割を担うという概念を支持する証拠は弱く、また、もしそうなら何故免疫における自己寛容(註:外来抗原は攻撃するが自分の蛋白は攻撃しないという特徴のこと)が破綻するのかという問いに答えられず、更にはMSにおける際立ったB細胞(註:抗体を産生する細胞)の反応はEAEにおいては反映されていない。
MSの病因に関する研究は、従って、MS患者の組織標本或いは細胞を用いて、可能な限り病気に侵されている臓器に近づいて行われるべきである。多発性硬化症の脳脊髄液から得られたリンパ球の解析はT細胞の活性化にはウイルス感染が関与していることを示唆しており、T細胞とB細胞の内なる「共役」が免疫反応の維持に繋がっていると考えられる。これらの結果はMSにおける持続的な免疫反応が特定の抗原に依存せずに成り立つことを示唆している。
芦田さんの分野でも、医学の分野でも、研究にまつわる状況は似ているのではないでしょうか?ただまぁ、医学や自然科学の方が「学問としては素人」でも生き残りやすい土壌にはあると思いますが。
>私(芦田)のちょっとした感想。
そうですね。2006年7月の段階でも、まだSteinmanみたいな奴がいるんですね。でもSteinman自身の書き方もかなり自己弁解的な感じはしますね。
Pさんの言うとおり、「己は切れない」という感じかな。
たしかに「神」や「仏」まではちょっと勉強すれば、切れる。しかし、一番厄介なのは「己」、こいつが一番たちが悪い。
●家内の症状報告(110) ― ベタフェロン使用実態全国調査の中間報告(厚労省研究班) 2008年02月26日
なぜか、Pさんと長いやりとりをしている内に、今しがたちょっとした(でも重要な)情報が入りました。素人の私でもたまには「最新」情報が入るルートがあります(笑)。
吉良潤一九大教授を主任研究者とする厚労省研究班の今年度の研究報告会が先月1月下旬、都内で開かれ、そこでベタフェロン使用実態全国調査の中間報告がされたとのこと。
昨年7月の新聞記事で、「研究班が近く全国調査に乗り出す」とあった、あの調査です。
それによると、抗アポクリン抗体を測定していた62例を分析したところ、「陽性」の17例では何と82%でベタフェロン投薬中止。一方、「陰性」の患者45例でのベタフェロン投薬中止割合は44%という報告でした。
「陽性」例での中止理由は、疾患の憎悪(36%)がトップで、続いて、効果不十分ないし無効(29%)、副作用(29%)の順。
「陽性」の場合は当然としても、「陰性」でさえも44%の人たちが(理由はさておき)ベタフェロン投薬を中止しているというのが私にとっては印象的です。
私とPさんとのやりとりは(と言っても120%、Pさんの功績ですが)、少しは貢献しているかな(笑)。
●家内の症状報告(111) ― 『ロレンツォのオイル/命の詩』 2008年03月01日
>Pさんへ
おすすめの『ロレンツォのオイル/命の詩』、先ほど見終わりました。
映画的にはスーザンサランドンの迫真の演技が印象的でした(最初から予想していましたが)。この映画は難病患者(重い病気の患者)とその家族の人たち(あるいはおまけにお医者さん達)はすべて見た方がいい。TSUTAYAレンタルでもすぐに借りられます。
映画中、「多発性硬化症」という言葉が、4回ほど出てきました。映画で「ミエリン」なんて言葉が出てくるのもあまりにもリアルすぎて。
家内は途中から(自分のことを忘れて)泣きっぱなしでした。ロレンツォのお父さんみたいな人が「ミエリンの再生」のきっかけを掴むのでしょうね。私などは足下にも及びません。
私がこの映画を見て一番面白かったのは、やはり患者団体と医学者達の保守性です(家内と何度この該当シーンで顔を見合わせたことか)。
Pさんは、「症状報告(96)」の記事で「映画の中に描かれるLorenzoの両親の姿が芦田さんと重なりました。Lorenzoのお父さんは今でも息子の為に治療薬を自ら主体的に開発しようと動いておられます(www.myelin.org)」と書かれていましたが、実は、私のことではなくて、医学者(専門家)とそれを取り巻く患者団体の保守性を指摘されたかったのだと思います(苦笑)。
私が(再度)この映画で学んだ7つの原則。
1)病気を治すのは、第1には、医者ではなくて、患者と患者家族と患者の友人達だということ。難病患者(重い病気の患者)の場合には特にそれが当てはまる。
2)患者団体(の幹部)は医学界の保守的な層と一体になりがちで、場合によっては患者治療に敵対する。特に新しい治療や新しい発見に対して保守的。患者団体は場合によっては慰安団体に変質する場合がある。ひも付きの「治験」や「セミナー」に参加すれば、治療に積極的に参加していると勘違いしている場合が多い。
3)難病治療は、専門性を狭く掘ると解決しない。隣接科学(あるいは予想もしない領域)の意外な功績が結びつく場合がある。それを結びつけるのは既成の科学や科学知見ではない。
4)難病治療は、確かな知識(証明された知識や実績)を積み上げても解決しない。思いつきをすぐにでも行動に移しながら、一つ一つ確かめていく以外にない。これは最初から〈証明〉や〈論文〉作成にこだわる科学者にはなかなか出来ない。
5)医者や医学者は、1人の(個別の)患者の治療については、最初のそして最後の判断者ではない。中間的にしかあてにならない。治療の中間のアドバイザーでしかない。意見を求め続けて、最初の判断、最後の判断を下すのは患者と患者の周囲のものでしかない。
6)医師や医学者と本来の会話をするには、患者、患者家族も勉強する必要がある。医師や医学者はある種の専門家ではあるが、患者は身をもって病気を“知っている”別の意味での専門家。その意味で対等に話そうとする気持ちと気概がないと医師も医療も動かない。
7)難病や重い病気からの生還(回復)は、ひとえに生命と生命力への信頼がなければ不可能。特に医師と患者本人があきらめる前に周囲の者があきらめないことが大切。特に多くの患者が衰えて死んでいくのを見ている医師や医学者は対面している個別の患者の将来を真っ先にあきらめている人種。中途半端な専門家医師や中途半端な知識を持っている患者家族、患者団体こそが物知りふうに患者の再起を真っ先にあきらめている場合が多い。
追伸:今、もう一度Pさんの貴重な記述を総まとめして整理しています。しばらく時間を下さい。
●家内の症状報告(112) ― MS/CMS/OSMS/NMOについての11の迷妄 2008年03月02日
Pさんとのやり取りは症状報告91番以来A4版で30ページ、3万文字にもなりました。
そこでいくつかの実践的な“否定されるべき命題”にこの間のやりとりを解説付きでまとめてみました。理由は長くて読む気が起らないとうものと、理論的すぎて具体的にどうすればいいのかわからないという感想が多かったからです。解説はパパさんの当該個所の記述にほとんど依存しています。これら11の言明は、このPさんとのやり取り以前には、私も信じていた言明です。
1)MSとは、T細胞性自己免疫疾患である
2)MSとは、自己免疫疾患である
3)MSには、ベータフェロンが有効である
4)2005年2月(ベータフェロン有効という日本人治験結果報告論文)以前にベータフェロン有効を疑いうる医師(論文、発見)はいなかった
5)MSには、ステロイドは予防効果がない
6)MSかNMOかは、細胞免疫(ベータフェロン有効)か、液性免疫(免疫抑制剤有効)かで区別される
7)NMOでは脳には炎症は出ない
8)AQP4抗体検査結果が「陰性」の場合は、ベータフェロン投与を続けた方がいい
9)MS/CMS/NMOは違う病気である?
10)炎症、あるいは抗体が髄鞘再生を破壊する「原因」である
11)再生医療よりも再発防止薬の開発の方が現実的である
※以下は上記項目の該当箇所説明付き
1)MSとは、T細胞性自己免疫疾患である
MSといえば細胞性免疫による自己免疫疾患(Type1)、と考えられていたところに、液性免疫(Type2)の関与が指摘され、さらに、そもそも免疫が主体ではく、オリゴが「被害者」とは言い切れない病態(Type3,4)の報告がなされた
Type1=T細胞とマクロファージのみからなる炎症(=細胞性免疫)
Type2=免疫グロブリンと補体からなる炎症(=液性免疫)
Type3=オリゴの自発的死(アポトーシス)による脱髄が主体で免疫グロブリン・補体・髄鞘再生を認めないもの Type4=オリゴの変性が主体で髄鞘再生を認めないもの
しかし、2008年1月のAnnals of Neurology誌に、この1996年から連綿と続いた「MSにはバリエーションがある」という論(Type1 ~Type4)を全てひっくり返し、かつ、「MSと言えば細胞性免疫である」という仮説をも覆す論文がオランダから投じられ、全ての脱髄進行中のMS病巣は、Type2(液性免疫が主体)である、と指摘された。
2008年2月14日号の(世界一有名な医学誌である)New England Journal of Medicineに、MS患者を対象としたPhase2のリツキサン(日本ではリンパ腫で既に使われている抗体医薬)治験結果(1年間の観察期間)が出されました。2週間を空けてたった2回のリツキサン点滴をしただけですが、1年間の追跡で、投与群での再発は半減していたとの報告がある。
簡単に言うとリツキサンというのは、B細胞(免疫グロブリンを作る細胞)を殺す薬です。つまり液性免疫を抑制し得る薬がMSにおいて再発減少に効果を出したということになります。Phase3が終わっていないので、未だ試験途中であり、長期効果を見たものではありませんが、脱髄MS病巣は全て Type2であるとする2008年1月の論文と併せると、MSを細胞性免疫の疾患と考える論拠は乏しくなったように感じます(ちなみに、NMOについては極小数例におけるリツキサンの試験投与の結果が2005年のNeurology誌に報告されていますが、再発を抑制できるのではないかとされています)。
2)MSとは、自己免疫疾患である
2004年4月にオーストラリアの医師がAnnals of Neurology誌に「超急性期」のMS病巣において、免疫反応不在でのオリゴの死、が報告された。つまり、リンパ球とオリゴの因果関係、或いは「加害者」「被害者」概念が逆転しうることが示された。脱髄と炎症の因果関係が必ずしも定かでないのと同様に、抗AQP4抗体によるアストロの炎症、というのが果たしてNMOの「原因」なのかは分からないということ。
今のところ、AQP4を欠損した動物(既にマウスが作られている)でNMOになるという報告はありませんし、或いは正常動物に抗AQP4抗体を投与したからと言ってNMOになるという報告はありません。
またNMOで生じる病変にAQP4が出ていることは確かであるが、AQP4はもっと広い範囲で検出される、にも拘らず視神経脊髄に集中するのは何故か。
抗AQP4抗体を検出できないNMOないしHigh-risk syndrome of NMO患者は、検査感度の問題で抗体が(実際にはあるが)検出できないだけなのか、或いは抗AQP4抗体が「原因」ではなく、「結果」であることを示しているのか。
3)MSには、ベータフェロンが有効である
1996年7月にMayoの医師らが、Brain Pathology誌にMS病巣におけるオリゴの生き死にパターンにはバラエティがあることを指摘。その後2000年6月のAnnals of Neurology誌に同じMayoの医師らが、MSにおいて脱髄進行中の病巣を多数解析し、その分類を下記のように示した。
Type1=T細胞とマクロファージのみからなる炎症(=細胞性免疫)
Type2=免疫グロブリンと補体からなる炎症(=液性免疫)
Type3=オリゴの自発的死(アポトーシス)による脱髄が主体で免疫グロブリン・補体・髄鞘再生を認めないもの
Type4=オリゴの変性が主体で髄鞘再生を認めないもの
つまり、MSといえば細胞性免疫による自己免疫疾患(Type1)、と考えられていたところに、液性免疫(Type2)の関与が指摘され、さらに、そもそも免疫が主体ではく、オリゴが「被害者」とは言い切れない病態(Type3,4)が報告された。このような病態の差が、ベタフェロンの効果の差(効く人と効かない人の差)に繋がっているのではないかと考えられるようになった。
実際、 2005年8月には同じMayoの医師らがLancet誌において、Type2(液性免疫)のMS患者では血漿交換が奏効することを報告。アメリカでは(脳腫瘍との鑑別等を目的として)日本よりも気軽に脳生検を行うため、脳生検でType分けをすれば、MS治療の個別化ができるのではないかとすら言われていた。
ベタフェロンがMSにおいてどう効いているかは、前にも述べましたが、「誰も知らない」。細胞性免疫の調節がベタフェロンの効果である、という視点に立てば、芦田さんの驚き、-ベータフェロン治療は一体何だったのでしょうか-というのは良く理解できますが、そもそも謎の薬ですから、実は驚くところではありません。
ところが 2008年1月この論文においては、MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると。
即ち、ここに来て「NMOは液性免疫であるという観点でCMSから区別される」という発想すら危うくなっています。本当にNMOは「MSとは明確に区別されるべき」疾患なのでしょうか?抗AQP4抗体は原因と証明されたわけではなく、現時点では単なるマーカー、と以前に書きましたが、例えばこの抗体が単に病変の場所(視神経・脊髄)を規定しているだけで、脱髄の本態についてはMSと変わらない可能性も否定はできません。またEvidence- based medicineの観点からは、NMOとCMSでベタフェロンの「治療反応性が明らかに違う」ということについても、確証が得られたわけではありません。
4)2005年2月(ベータフェロン有効という日本人治験結果報告論文)以前にベータフェロン有効を疑いうる医師、論文、発見はいなかった
1996年のMayoの医師達の発表(Brain Pathology)があり、つまり細胞性免疫論の一角は崩れており、論文が受け付けられた2004年5月までには、
(1)2000年6月の脱随進行病巣の4分類(MS=細胞性免疫炎症の相対化)
(2)2004年4月のケンブリッジ大学の発見(T細胞浸潤等の炎症はなかったこと)
(3)同じく4月のオーストラリアの医師の発見(免疫反応不在でのオリゴの死の報告) など提出以前(直前ですが)、論文をまとめる途中で貴重な発表はあいついでいるにもかかわらず、この論文が提出されている。
5)MSには、ステロイドは予防効果がない
ステロイドは免疫云々ではなく AQP4の発現を調節する可能性が指摘されている。
6)MSかNMOかは、細胞免疫(ベータフェロン有効)か、液性免疫(免疫抑制剤有効)かで区別される。
2008年1月Annals of Neurologyの論文においては、MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると報告されている。
即ち、ここに来て「NMOは液性免疫であるという観点でCMSから区別される」という発想すら危うくなっています。本当にNMOは「MSとは明確に区別されるべき」疾患なのでしょうか?
抗AQP4抗体は原因と証明されたわけではなく、現時点では単なるマーカー、と以前に書きましたが、例えばこの抗体が単に病変の場所(視神経・脊髄)を規定しているだけで、脱髄の本態についてはMSと変わらない可能性も否定はできません。またEvidence- based medicineの観点からは、NMOとCMSでベタフェロンの「治療反応性が明らかに違う」ということについても、確証が得られたわけではありません。
7)NMOでは脳には炎症は出ない
本来NMOの診断基準においては、名前の通り(NMO=「視神経脊髄炎」)、脳には病変を欠くことが重要でした。
ところが、NMOにもMSとは異なり間脳であることが多いが、脳病変が出ることがあるから診断基準を変えるべきだとの論文が、Mayo(Lennonも入ってます)から2006年3月のArchives of Neurology(少し格下の神経内科雑誌で忙しいと読まないでしょう)に出ました。
「脳病変を伴うNMO」であれば、日本的にはOSMSですが、事実、NMOの診断基準は2006年5月のNeurology誌上で(Lennonも入ったグループにより)改定されました。
8)AQP4抗体検査結果が「陰性」の場合は、ベータフェロン投与を続けた方がいい
東北大の論文では、抗AQP4抗体の、NMO又はHigh-risk syndromeに対する特異度は100%であったそうです(NMO又はHigh-risk syndrome以外における、この抗体の陽性率はゼロだったということ)。
特異度を高くすると感度が低くなるのが一般論で、東北大における論文で使われた検査方法は「陽性とも陰性ともとれる状態がありうる」ものと思われる。
特異度が 100%と極めて高い(特異度を優先させた)検査であれば、感度が100%ということはないのではないか、つまり本当は陽性だが、陰性と判定された例もあるのではないか、ということを考えさせます。
ちなみに、この検査の「本当の」感度・特異度は、診断基準の感度・特異度とも連動します(本当はNMOだが、NMOの診断基準の感度が低くMSと診断されてしまう例で、抗AQP4抗体が陰性である、という症例があるかも知れない、この場合、論文では「MS患者・抗AQP4抗体陰性」と判定される)。
スペインとイタリアでかのNMO診断基準の感度・特異度を調べたところ、感度87.5%、特異度83.3%とのことでしたが、このNMO診断基準を満たさない「本当のNMO」が、12.5%存在することを意味しています。 「本当のNMO」「本当のMS」ってなに?ということになります。
話題を戻しますが、検査を直接行っている大学に受診されているのでなければ、何度も何度も「陰性」と判断されている検査の再提出は、無償検査の信頼性を疑っているようで主治医は乗り気ではないかも知れませんが、少なくとも病変や病態が変わった際(身体の中の抗体価が変動したかもしれない際)には再検査してもらうのも一考です。
9)MS/CMS/NMOは違う病気である?
2008年1月のAnnals of Neurology論文においては、MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると報告されている。
即ち、ここに来て「NMOは液性免疫であるという観点でCMSから区別される」という発想すら危うくなっています。本当にNMOは「MSとは明確に区別されるべき」疾患なのでしょうか?
抗AQP4抗体は原因と証明されたわけではなく、現時点では単なるマーカー、と以前に書きましたが、例えばこの抗体が単に病変の場所(視神経・脊髄)を規定しているだけで、脱髄の本態についてはMSと変わらない可能性も否定はできません。
またEvidence- based medicineの観点からは、NMOとCMSでベタフェロンの「治療反応性が明らかに違う」ということについても、確証が得られたわけではありません。
10)炎症、あるいは抗体が髄鞘再生を破壊する「原因」である
2004年4月に衝撃的な論文がAnnals of Neurologyに出ました。不幸にも脳幹に脱髄が生じて数時間で亡くなった患者の脳を調べたところ、髄鞘を形成する細胞が死んでいる像とそれによる脱髄はあるが、T細胞浸潤等の炎症はなかったことが報告されている。
彼らは、ひょっとして髄鞘を作っている細胞が炎症とは別の原因で死んでしまい、炎症とは、あくまで二次的な反応なのではないか(炎症は原因ではなくて結果なのではないか?)と疑義を呈しました。
この後、ケンブリッジ大学の研究チームが立て続けにこの報告に支持的な実験データを提出しました。一連の動物実験の中で指摘されたのは、長い間脱髄している慢性的な病変に無理やり炎症を励起すると、髄鞘再生が開始されること(炎症は髄鞘再生の引き金を引く大事なファクター?)、逆に脱髄によって生じた髄鞘のゴミを投与すると髄鞘は再生できない(脱髄したまま炎症という「ゴミ処理班」を呼ばないで放置すると、その後再生できないのではないか?)、極めつけは、脱髄のピークでステロイド投与を行うと髄鞘を形成する細胞が死んでしまい、再生がむしろ遅延する(急性期の行うステロイドパルスは髄鞘の再生にマイナス?)ということでした。
ケンブリッジ大学の研究報告はいずれも動物実験ですが、これらの結果から、MSでの脱髄がもっと別の要因で生じていて、派手な症状を引き起こす炎症は、実は二次的に、或いは髄鞘を再生しようとする人体反応の必要悪として生じている、とも考えられなくはないのです。
この論に基づけば、真の再発抑制薬とは髄鞘を形成する細胞が死ぬのを止める薬、ということになります。
11)再生医療よりも再発防止薬の開発の方が現実的である
iPS細胞を利用した再生医療よりも(ひょっとするとMSの原因解明なんかよりも)ずっと現実的なところに髄鞘再生医薬の開発は来ており、それが、再発抑制薬開発に比して極めて少数のグループで為されたことは驚くべきことです。
再発抑制や原因解明にばかり人的経済的資本を投入しないで、そろそろ(Myelin Repair Foundationのように)こちらへ回してスピードアップしたほうがいいように思えます(Alemtuzumabが本当に前述のように高率で再発を抑制できれば、放っておいてもやることがなくなった研究者は髄鞘再生医薬開発へ流れてくると思いますが)。再生医療は上記の通り現実に向けて動いています。
現在後遺症に苦しんでいる患者においては、「夢」と言わずに期待して頂きたいものと思います。研究開発を進めるには(Myelin Repair Foundationのように)人的経済的資本も必要ですが、十分条件ではありません。100人がかりで研究していたとしても、たった一人の研究者のブレークスルーはこれらを全て抜き去ってしまう、それが自然科学の面白いところです。ブレークスルーが生まれるのは「偶然」であると研究者は言うかも知れませんが、(映画Lorenzo's Oilを見ていても)その研究者をそこに向かわせる何か大きな力(情熱)があってこそではないかと思う。
●家内の症状報告(113) ― MSは自己免疫疾患ではない!?(炎症は髄鞘再生に必要) 2008年03月02日
>芦田さん お疲れ様です。お互い、忙しいようで(苦笑)。急ぎませんのでゆっくりで結構です。
症状報告110番のベタフェロン実態調査について、情報源が気になったりもしますが(笑)、何かあると訴えられるのではないかと萎縮する傾向にある現状医療現場でベタフェロンが淘汰されるのには、「効いても30%」、でも「ひょっとしたら悪化するかも知れない」という漠然とした情報だけで十分なのかも知れません。医療現場における訴訟回避の動き(=インフォームドコンセントの名の下に患者自身に責任を押し付ける動き)は勢いを増してますから、新規導入の際にもかなり後者の可能性を説明することになり、「でもやってみる」という患者はどんどん少なくなるでしょう。
科学論について、ポパーもクーンも知りませんでした(恥)。勉強になります。
慶応大の先生の総説の一つで、彼の発見のストーリがこう書かれています。
「(前略)我々はこの条件に見合う分子の同定を目指していたが、ある時偶然にも培養OPC(無固定)を抗IgE-Fc受容体抗体で染めた際に陽性染色像を得た。これは面白いと思い、更にFACS解析すると結果は陰性であり、また固定組織切片で調べてもそれらしい細胞は染まらなかった。その後RT- PCRにおいてはOPCにおけるIgE-Fc受容体の発現は否定された。ブロッキングが甘かったのだろうかと意気消沈していたが、ふと思いついたのである。 IgE-Fc受容体に対する抗体はIgGである。ゆえに仮にIgG-Fc受容体があるならば、無固定条件下でのみ染まり得るのではなかろうか、と。この失敗によって我々はOPCにIgG-Fc受容体が発現していることを発見した。OPCをIgGで刺激するとFynは見事に活性化され、形態的分化が起こり、同時にMBPの発現著増が観察される。IgG-Fc受容体の信号伝達はそのgamma鎖(FcRg)とFynの会合によってなされることを確認したが、このFcRgを欠損させたOPCではIgG刺激に反応せず分化しない。更にはFcRg欠損マウスではミエリン形成が重度に障害されていることが確認された。これらのことはFc受容体が生理的ミエリン形成トリガーであることを示唆している。」
ちなみに、この先生は東北大の免疫学の研究室との共同研究で、FcRgと相同性が近い分子(DAP12)という分子についても調べていて、この分子が形成後ミエリンの維持に必要であることを報告しています。
DAP12は、ミエリンの変性を主体とする早発認知症のNasu-Hakola病の原因遺伝子であることが既に分かっています。Nasu-Hakola病は早発認知症と共に骨病変が特徴的ですが、DAP12は破骨細胞にも出ていて重要な機能をしている。
つまり、慶応大の先生が「ふと思いついた」偶然?の発見を契機として、脳、免疫、骨とこれまで別個に扱われていた概念に代えて、「脳免疫連関」、「脳骨連関」という新しい概念が生まれた。しかし彼の「ふと思いついた」のを単に偶然と呼べるかどうか。髄鞘再生治療を作るために、彼は「この条件に見合う分子の同定」を目指してた、そう動かしていたのは、脱髄疾患の治療を成し遂げようとする「情熱」だったようですが、その熱い想いが、ふとした直感を決して見逃さなかったのではないか、と思います。
>「己を切る」というのは、案外、悲壮な決意や強い意志によって(ましてや高潔な正義感や倫理観によって)ではなく、偶然を素直に受け入れるスタンスにあるのかもしれません。それは、科学も哲学も同じです(芦田さんの発言より)。
ご指摘の通りだと思います。「己を切る」というのは、当人にとってはむしろ「気がついたら己が切られていた」ということであり、己を切ろうとする意志によって切れるものではない。卑近な例えですが、映画「アポロ13号」で大気圏に再突入する宇宙船のタイルが摩擦熱でボロボロに溶けていくが如く、熱い想いの中で溶けていくもの、というように感じます。
とりあえず、ここまでです。
※文中「科学論について、ポパーもクーンも知りませんでした(恥)。勉強になります」というのは、症状報告104番、109番の「己を切る」論について、4日前の2月27日に私が書いた以下の科学論を受けている。
あなたの「己を切る」というコンテキストが面白いなぁ、と思っています。
狭い意味での科学論は、基本的にはカールポパーの批判的実証主義とトーマスクーンのパラダイム論の間を動いています。 ポパーの科学的真理は簡単に言えばこういうことです。
たとえば、経験的に(=実証科学的に)1,2,1,2,1,2,1,2と見出された列がある。最後に来た「2」の次の数字は? 次の数字は、普通は「1」と予測するでしょう。
でも、「3」という数字が来たら? そうすると「1、2」というルールはルールではないことが実証的に証明される。
ひょっとしたら、この数列は「1,2,1,2,1,2,1,2,3」「1,2,1,2,1,2,1,2,3」という新しいルールの始まりかも知れない。 つまり、「3」の登場は、新たなルール探しの旅の始まりなのです。
「1、2」のルールが、MS=T細胞免疫論やベータフェロンEBMだとしたら、メイヨークリニックの2004年12月「NMO-IgGの検出」や2008年1月のAnnals of Neurologyの論文(液性免疫主体論)などは、大げさに言えば、その「3」に当たるものかも知れない。これがポパーの批判的実証主義です。
もう一方で、もう少し観念的な科学論がクーンのパラダイム論です。彼は科学的真理は、一つのパラダイムの発見、たとえば、MS=T細胞免疫疾患という「パラダイム」が一度成立してしまうと、その後の科学的発見はひたすらその発見を補強するようにしか進まないというものです。〈真理〉はどんどん内閉していくということ。
つまり実証的な真理というもの、あるいは真理の連続的で史的な発展があるのではなくて、相対的に自立したパラダイムの輪切りのようにして真理(=その時代を画する公共的な幻想)が存在している。それがクーンのパラダイム論です。
すぐにおわかりのように、この両者は一見対立しているように見えますが、それほど遠くにいるわけでもない。1,2,1,2,1,2,1,2というセットの3番目や4番の「1,2」はある意味で「1,2」パラダイムに縛られている“実証的な幻想”だとも言えるからです。また「3」の発見も、それ自体は、実証的なものではないかもしれない。慶應大学と都老人研の「FcRg」の2003年6月の発見は、それ自体偶然なものだった。
この偶然性を「実証的」とは言えないでしょう。ある種「パラダイム」論的な偶然性(=非連続性)を孕んでいます。「己を切る」というのは、案外、悲壮な決意や強い意志によって(ましてや高潔な正義感や倫理観によって)ではなく、偶然を素直に受け入れるスタンスにあるのかもしれません。それは、科学も哲学も同じです。
以上、お粗末な「閑話休題」でした。質問はいろいろとありますが、しばらくお待ちください。(2008年02月27日 21:25)
>2008年03月02日 18:34 今の段階での私(芦田)の質問をしておきます。
もし「免疫反応不在でのオリゴの死」(2004年4月、Annals of Neurologyの論文)が本当なら、MS・NMOは自己免疫疾患ではない、ということになる。
また抗AQP4抗体も「原因」ではなくて「結果」かもしれない。つまり「髄鞘再生という現象は、悪者であったはずの「炎症」と紙一重に生じているかも知れない」。
慶応大学の発見に擬して言えば「抗原は関係ないかも知れない(免疫グロブリン(抗体)そのものを(抗原によらず)認識する受容体が鍵として働いている)ということ」。「髄鞘再生に効いているのは、「抗体」それ自体かもしれない。
Cambridge大は「炎症は髄鞘再生に必要である」とまで言っている。 あなたのこれまでの刺激的な最前線報告ではそうなる。 となると、MS・NMOは自己免疫疾患ではないということ(か)。
とすると、炎症を抑える治療は病気を長らえさせるだけということ(か)。その場合、炎症をパルスなどをせずに(もちろんステロイド服用もなしに)、(辛いのを我慢させて)そのまま放っておくとどうなるのか。新潟大学の安保理論のように対処療法が諸悪の根源ということになるのかどうか。
つまり治療の基本は「FcRgの刺激を行う医薬品」にまでいくか行かないかは別にして、免疫抑制ではないということなのか。だとすると、(「陽性」の家内の場合などは特に)「ステロイドが効く」(一日20ミリ以上続けると実際に効いている)というのは、どういうことなのか。
とりあえず、今日はここまでです(笑)
●家内の症状報告(114)― MS治療は再び闇の中? 2008年03月06日
>Pさんの回答(2008年03月05日 03:46)
お疲れ様です。
念のため、現段階では「何とも言えません」というのが結論であることを予め強調しておきたいと思います。
さて、Mayo・ケンブリッジ・慶応大のそれぞれの研究は独自に為されていますが、これらの研究成果を俯瞰すると、炎症、特に液性免疫(抗体)はどうも髄鞘再生に寄与する重要なファクターなのではないか、NMO/MSで起こる炎症というのは、実は擦り傷を作った時に治癒反応として起こる炎症の如く、一見すると厄介な現象だが、実は身体の自然治癒力の一部ではないかということを考えさせます。
であれば、擦り傷にステロイドを塗ると、ヒリヒリとした痛みは消失するが、傷が綺麗に治らなくなるように、NMO/MSでもまた、一見すると短期的には症状をコントロールできているようだが、再生を妨げるのではないか、との心配が生じます(実際にケンブリッジは動物実験でステロイド投与により髄鞘再生が遅延することを示しています)。
そして、オーストラリアの医師らが報告したように、病理学的にも炎症が原因ではなく結果である可能性が高いとなると、この心配は増幅される。良かれと思って投与しているステロイドによって、病気が延々治らなくなっているのではないか、古典的MSではステロイドが長期的な神経学的予後を改善させないとのエビデンスもある、、、。
こうなると、何もしないで放っておこう、自然治癒力に期待しよう、という悪魔の囁きが聞こえなくもありません(事実、欧米ではステロイドを一切使用しない専門医も多いです)。
が、しかし、似たような脱髄疾患でADEMというのがありますが、ステロイドパルスを治療として行います。それでも、ADEMの多くは後遺症を残さず完治し再発しない(髄鞘がほぼ完全に再生する)。ところが、NMO/MSでは慢性脱髄巣が残存します。ステロイドを一切使っていない欧米のCMSにおいても、です。
この議論はNMO/MSの病態を考える上で重要なポイントを内包しています。即ち、「髄鞘再生の何らかの障害がある」、これがNMO/MSの病態生理の要にあるのではないかということです。よって炎症が起きて、放置しても、(ADEMやケンブリッジで行った動物実験のように)髄鞘が完全に再生することを期待できないのではないかとの観測を与えます。
また、NMO/MSでも時折自然再生でほぼ完全に再生する例がありますが、完全に再生しるように見えても、再発する。即ち、再発という現象が「髄鞘を修復するために起きた自然現象」とも言い切れない。
他方、再発時に決まって同じところで炎症が起きるのであればまだしも、再発は大概別の位置に起き、新しい神経障害を来す。であれば、少なくとも NMOについてはステロイドによる再発抑制が期待できるわけですから、そもそも不十分に過ぎない髄鞘再生能をいくらか弱くする可能性があるとしても、次の再発を抑制する効果が十分あるのであれば、リスクベネフィット判断としても、心情としても、ステロイドを用いる例は当然出てくると思います(将来的にはこれに加えて、選択的に髄鞘再生を促す薬が被せられればいいのですが)。
しかしながら、NMOでもステロイドがどのように効いているのか、これは分かりません。免疫抑制が効いていると考えるには早すぎると思います。
根本治療はどこにある、ということになると、それはNMO/MSの原因が特定されなければ議論できません。自己免疫疾患なのかも知れないし、そうでないかも知れない、現状はその程度の推測しかありません。原因療法と再生療法のどちらが早いか一概には分からないというのは、このためです(ただ、以前に議論しましたように、再生療法を開発するにしても、「髄鞘再生不良の原因」を突き止めなくてはならないので、今後の研究が期待されます)。
2007年5月にドイツのグループがBrain誌に強烈な論文を出しています。曰く、最強の免疫抑制治療である、骨髄移植を行ったMS患者少数例の死後脳の剖検で、脳内病巣には「T細胞はごく僅かしか認めず(居てもCD4+でなくCD8+であり)」「(抗体を産生する)B細胞も形質細胞は全く消失していた」「にも拘らず(マクロファージによる)脱髄と軸策障害の進行が認められた」との報告です。無論、このような骨髄移植を要した患者が、典型的な MSを代表する患者ではない可能性もありますが(患者は二次慢性進行型か一次慢性進行型のいずれかでした)、著者らが「強力な免疫抑制をかけて、局所の炎症(T細胞やB細胞)は消滅させられたにも拘らずなお、脱髄は止められなかった」と指摘していましたが、自己免疫説の観点からは違和感のある結果に思えます。
>この回答への私(芦田)の再質問(2008年03月06日 08:01)
お互い忙しいですね。
ますますNMO/MSは闇の中ですね。結局、免疫抑制そのものが意味がない、「抗体」そのものが髄鞘再生の鍵を握っているということなら、T細胞免疫論も液性免疫論もふっとんで、つまり自己免疫疾患という分類自体が意味をなさなくなって、通常の病気のように免疫力を高めることの方がはるかに有効、ということですね。
一つ質問があります。NMO/MS患者で、炎症状態を放置した事例はあるのですか。最初期の“患者”達で炎症を起こし、そのままに放置された事例などはないのでしょうか。
私は一度家内の担当医に、「放置してみたいのですが」と聞いたことがあります。その時、担当医の返答は「倫理的にできません」というものでした。
今日もあなたの昨夜の返信を読みながら、家内に、「今日から薬を一切止めてみたら。僕はその間、ヨーロッパに半年でも一年でも旅行に行っているから(のたうち回るのを見たくないから)、治ったら電話でもしてちょうだい、そしたら家に帰ってくるから」と、高木ブーのような顔に変貌している家内の顔を見て笑いながら話していました。
“放置症例”のようなものはないのでしょうか。
「欧米ではステロイドを一切使用しない専門医も多い」とあなたは言いますが、その場合、どんな治療なのでしょうか(ベータフェロン使用は論外として)。厳しい監視の元に「放置」展開を見定めようとするような試みはあるのでしょうか。
もう一つの質問。あなたとのやりとりでこの病気の切り口がかなり見えてきました。そこでこの病気にかかわる医療情況を別の場面から知りたいと思いました。
以下の項目で、大雑把な割合を教えて頂けませんか、ざっくりとしたあなたの個人的な概観で結構です。研究史としてはよく分かるのですが、その知見に基づいた治療がどの程度普及しているのかが見えないので、そのあたりを知りたいと思います。いずれも現在の時点での日本の神経内科(MS専門医も含めた)の医師達(A)、 MSの専門医と呼ばれうる人(B)ということで。(A)で言えば?%、(B)で言えば、?%というように答えて頂けますか。
1)MS=T細胞免疫疾患と考えている先生の割合
2)MS=自己免疫疾患と考えている先生の割合
3)MS=ベータフェロンが有効と考えている先生の割合
4)ステロイドは再発予防効果がないと考えている先生の割合
5)抗AQP4抗体検査は一度検査すれば十分(陰性はどこまでも陰性)と考えている先生の割合
6)MS/NMOの区別は細胞性免疫と液性免疫との区別だと考えている先生の割合
7)NMOでは脳には炎症は出ないと考えている先生の割合
8)2004年4月のオーストラリアの医師の発見(免疫反応不在でのオリゴの死の報告)を知っている先生の割合
9)2008年1月の「MSはすべて液性免疫が主体」、CMSとも区別が付かないというMSバリエーション論の否定論文(Annals of Neurology誌)を知っている先生の割合
10)慶應大学の最新の取組(FcRgをめぐる)を知っている先生の割合
これらの認識がどのていどに医療現場に展開しているのかのあなたの感覚を教えて下さい。そうすれば、このブログに関心のある患者や患者の家族・知人の方々が現在どの程度の治療を受けうる立場にあるのかを理解できるかと思います。
●家内の症状報告(115) ― このブログでのやりとりの内容を認識している神経内科医はほとんどいない!?(MS患者のための、どの医師・医療選択基準10項目) 2008年03月08日
症状報告114番では、これまでのPさんとの病理学的な研究史についてのやりとりを少し転回して、それらの治療現場での認識を尋ねてみました。結論は、私には絶望的なものでした(苦笑)。Pさんとのやりとりの出発点ともなった私の認識、「MSの専門家」なんていないんじゃないの?という認識はますます深まるばかりです。以下がその回答です。Pさん、ご苦労様です。
>芦田さん、おはようございます。(2008年03月06日 08:39)
>ますますNMO/MSは闇の中ですね。結局、免疫抑制そのものが意味がない、「抗体」そのものが髄鞘再生の鍵を握っているということなら、T細胞免疫論も液性免疫論もふっとんで、つまり自己免疫疾患という分類自体が意味をなさなくなって、通常の病気のように免疫力を高めることの方がはるかに有効、ということですね(芦田さんの発言)。
そうですね、良く読むとたいがいの心ある教科書には「原因不明だが、自己免疫機序が『推定』されている」と書いてあるのですが、「原因不明」と「推定」がすっ飛ばされている感じはあります。ただ、真の原因が分からないので、自己免疫疾患であることを完全に否定する根拠もありません。病態の中で免疫が動くことはどうも確からしいのですが、それが原因か結果か、善か悪かはまだ分からないというところです。
今のところ、病態で目立つ部分(炎症)にすべての責任を負わせている(それからかのEAEによる支持があるわけですが)。Mayoの、抗体による髄鞘再生は今でも「ありえない」と取り合わない人が居るくらいです。慶応大の発見も論文審査では2年以上に及ぶ想像を絶する嫌がらせがあったようですし(その割にトップジャーナルに載ってますが)。
「免疫力を高める」とはよく健康食品に登場する謳い文句ですが、具体性に欠けることが多いですね。MSにおいて有効な「免疫力」というのがどういうものか、今のところ(害になる部分を除いて、髄鞘再生に有効な)液性免疫なんだろうと思いますが、これも含めて、未だ結論は闇の中です。
もう一点、MSが「症候群」として診断されていることは忘れてはいけないと思います。単一疾患で単一原因であるとする論拠はないどころか、現状の診断基準の甘さからはその可能性はむしろ低いと思います。
>“放置症例”のようなものはないのでしょうか(芦田さんの発言)。
普通はないですね。「何もしない」ことほど医師にとって選択が難しいことはありません。これは進行癌での無意味な化学療法でも良く言われることですが。ただ、特にNMO/ADEM等では脊髄長軸方向に炎症が波及します。高位頚髄から脳幹に到達すると呼吸麻痺で死ぬことがあります(そういう事例は知っています)。ですから急性期に治療介入しないことは大きなリスクを抱えています。
また、NMOかしら?と診断に苦慮して治療介入しないで放置することで再発、後遺症がどんどん蓄積する事例もあります(これも知っています)。経験論的に、やはり「何もしない」というのはとてもリスクが高く、「倫理的に許されない」という判断には同意できます。
ただ、現在の医療の中で、本当の意味での「自然経過」を見ることは限られており、何がどう修飾されているか分からないというのは確かです。治療介入すればするほど真の病態が見えなくなってくる。病理報告で使われている剖検の脳だって、何らかの治療介入があった後ですし。
芦田さんの以下の10項目の知識の普及率についてはアンケートでも取らないと難しいですね(苦笑)。数字を出すと独り歩きしそうなので、勝手な印象を述べます(特に根拠はありません)。
※芦田・註 念のために言っておきますが、以下の質問の1)~7)までは、この間のPさんのやりとりであきらかになったように、疑わしい(ひょっとしたら間違っている)知見です。少なくとも治療のあてにはならない知見です(もっとも難病ですからあてになる治療などないのですが…)。しかし、1)から 7)までの知見をもっともそうに語る医師、研究者はまゆつばものだと思った方がいい。
8)~10)の認識がある先生は勉強熱心な先生です。この10問は、この病気にかかった患者達が、医師を選ぶときのリトマス試験紙です。是非ご活用下さい。こういった10項目を私のような全くの素人でも書けるようになった(しかもたった一ヶ月足らずで)というのが、Pさんとのやりとりの最大の成果です。この病気で病院、医師選びに苦労している患者を(勝手に)代表してほんとうに感謝しています。
ただし、10項目の、Pさんの回答は、絶望的な感じがします。やはり医師選びは難しい…。Pさんも、なんと正直な方か…(苦笑)。
1)MS=T細胞免疫疾患と考えている先生の割合
A(神経内科医全体)…T細胞かどうかを気にしている医師は少ない。
B(MS専門医)…大多数。
2)MS=自己免疫疾患と考えている先生の割合
A…大多数。
B…大多数。
3)MS=ベータフェロンが有効と考えている先生の割合
A…使ったことがなく特に印象もない医師が多い。
B…比較的多い。
4)ステロイドは再発予防効果がないと考えている先生の割合
A…多いと思います。
B…(NMOについては)少ないと思います。
5)抗AQP4抗体検査は一度検査すれば十分(陰性はどこまでも陰性)と考えている先生の割合
A…抗体検査そのものを知らない人のほうが多い。
B…大多数(自分で同様の検査をやったことない医師は大半そう思っている)。
6)MS/NMOの区別は細胞性免疫と液性免疫との区別だと考えている先生の割合
A…NMO/OSMS/CMSの区別すら分からない人の方が多い。
B…比較的多い(東北大の講演を聞いた人は特に)
7)NMOでは脳には炎症は出ないと考えている先生の割合
A…NMOってなに?という方が多いのでは。NMOを「聞いたことある」程度であれば、改訂診断基準(脳に出てもいい)は知らない人が多いと思います。
B…少ないと思います。
8)2004年4月のオーストラリアの医師の発見(免疫反応不在でのオリゴの死の報告)を知っている先生の割合
A…まず知らない。
B…少ない(MSの病理論文を読みこんでいる医師は少ない)
9)2008年1月の「MSはすべて液性免疫が主体」、CMSとも区別が付かないというMSバリエーション論の否定論文(Annals of Neurology誌)を知っている先生の割合
A…まず知らない。
B…まだ読んでいない人が大半では?(病理論文はあまり読まれない)
10)慶應大学の最新の取組(FcRgをめぐる)を知っている先生の割合
A…まず知らない(慶応大の先生は基礎医学からのアプローチですから、臨床医は知らないでしょうね)。
B…いくつか講演がありましたので、結構知っている人は増えてきたでしょうが、MS病態生理との連関にまで理解が進んでいるひとは、さて…?。
●家内の症状報告(116) ― 未だにベータフェロンを無理をして打ち続けている患者がいる、未だに基礎研究の論文さえも圧力がかかる(医学界、お前もか) 2008年03月08日
症状報告(115)の回答を読んでいるとあなたとのこのやりとりの最初の議論だった「MS(NMO/MS)の専門家はいったいどれくらいいるのか」にぐるっと一周して戻ってきような気がします。
1)~7)までは今となっては疑わしい知見。これらをもっともそうな顔をして患者の前で開陳、アドバイスする医師は「MSの専門家」とは言わない。
8)~10)まではNMO/MSについて勉強熱心な医師。両者合わせて考えるとやはり「MSの専門家」と言われる医師はほとんどいないということになりますね。
これはPさん、あなたとのやりとりの“成果”ですから、あなたは結局は「NMO/MSの専門家」なんて大概の場合は勉強不足と言っているのと同じですよ(笑)。
患者が間違った治療を受け続けている。「難病」だから結果が悪くても当たり前という認識に隠れて。
未だに抗体検査もせずにベータフェロンを薦める医師がいる。ステロイド(プレドニン)をやっても効かないからベータフェロンでも、というのは、よくある話で(家内の場合もそうだったのですが)、まるで3、4年前の古い(場合によっては危険な)治療に戻っている。未だに「教科書」に書いてあるような治療しか行わない病院や医師によって治療を受けている患者がいる。
私の家内の場合、テロイドの可否はステロイドの分量が鍵を握っています。20ミリ(日)を切ると再発可能性が高くなる。大概の医師はステロイドを徐々に減らしたがりますから(ステロイドに予防効果はないという偏見によって)、その過程で「やっぱり効かないね」となる。そこでベータフェロン。今となっては、ここで「リツキサン」くらいの治療はやって欲しいですよね。特に若い世代の患者達には。
もう一つ気になるのは、「慶応大の発見も論文審査では2年以上に及ぶ想像を絶する嫌がらせがあったよう」というもの。あんな基礎研究でもいやがらせがあるというのなら、一般的な治療選択では、もっと危うい選択を現場の医師達は迫られているのでしょう。「EBM(evidence-based medicine)はあるのかね」と言われながら。たぶん、MSがなんだかわからない、ベータフェロンの長期投与が何をもたらすのかわからないくせに「EBMはあるのかね」と良くもすまし顔で言えるなぁ、というのが私の感想です。
そう言えば、私が2年前の1月に鼻の手術(好酸球過多によるアレルギー性副鼻腔炎、未だにステロイドを飲み続けています)を慈恵医大で受けたとき、退院時のタクシー運転手が面白いことを言っていました。
彼は病院待ちが専門のタクシー運転手で、学会などの会場待ちもやっているらしい。医学関係者の学会では必ず製薬会社派遣のタクシー(ハイヤー)が会場の玄関を埋め尽くしている。
これは製薬会社のサービスに留まらず、特定の製薬会社との“関係”を医師が受け入れるか受け入れないかの「YES、NOまくら」のようなものらしい。そこでその医師がハイヤー」に乗るか乗らないかが間接的な返事になるらしい。絶対にそういった行動を取らない先生もいるし、そうでない場合もある。医学系の学会でも毎回そんなことが行われている。
結局、患者達は自分で自分の身を守るしかない(ほとんどそんなことは出来ないのですが)。抗AQP4抗体検査をきちんと受けさせることができる「MSの専門家」は一体どれくらいいるのか、から始まったこのやりとりも、最後には(私が誘導尋問したような感もありますが)、ほとんどいない(苦笑)、という結論になったような気もします。そもそも抗AQP4抗体検査の標準化の問題も視野にない。「陰性だったからベータフェロン頑張りましょう」とはいかないのに、まだ続けている人もいる。もちろん丸山ワクチンのような効果(抗ガン剤を使わない)で効き目がある場合にはまだしも副作用を我慢しながら打ち続けている患者もいる。これはやはり悲劇です。
今週は先週の『ロレンツォのオイル(生命の詩)』に続いて『ナイロビの蜂』を見ることになっています。映画でも薬漬けの日々です(苦笑)。
※総集編(Version 6.0)
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「総集編」ご苦労様でした。2月から拝読し続け、また今回も拝読しました。
難しいことは専門でないのでよく分からないのですが、「自己免疫疾患」とは呼ばれてきましたが、それすら確実なものではないのですね。
殆ど確実なことは分かっていない病気ということですか。
確たる根拠もないベタフェロンなどを安易に使用する医師、(抗体検査も無く)それすら進んだ治療のつもりでやっているのかも。恐ろしい。
世界の研究もまだ、部分的なもので、確実な治療薬に結びつくのはいつの事か…。また出てきても、この世界、学閥争いや、製薬会社の思惑など、足の引っ張り合いになったりして遅れるのではと危惧します。
医師の説明は殆どPさんの説明から読むと、過去の俗説が殆どです。芦田さんが言うように「MS治療は闇の中」…
少しは明るい光が見えるのか期待しましたが、当分は無理そうですね。朝日新聞を読むと、ここ1週間くらい、認知症の何かが解明されたとか、群馬大で脊髄小脳変形症の何型かの原因物質が分かったとか、阪大系に、優秀な免疫学者がいてノーベル賞に近いとか記事が出ていますが(まさかPさんでは?)、日本の免疫学は他の分野に比べて進んでいるとか書いてありましたが、MSに関しては誰もやってくれないのでしょうか?
またPさんとのやり取りで、俗に日本のMSの専門家といわれる先生たちはどんな成果を出しているんでしょうね。あんまりレベルは高くなさそうですね。東北大学以外は。
とりあえずステロイドやパルスが効く人はそれでしのいでゆくしかないですね。私の主治医はパルスをしたら2,3日後に湿疹が出て止めて、「もうパルスはやらない、心臓麻痺でも起こされたらたまったものではない」、「では血漿交換は?」と聞くと「あんな面倒くさいものやってられない」という返事でした。
転医したくても、確実な代わりが分からず、ずるずるとつづいています。一度精神神経センター武蔵病院へセカンドオピニオンで入院しましたが、この病院は、確定で手間取ったり、こじれたりの重症の人が多く、パーキンソンの方も多く、その他歩けなくなったり、同じような症状の神経系の人が多かったですが、難病系の最後の駆け込み寺の感があり、すっきり直って退院した人は殆どいませんでした。
後、ベタをやって調子が悪くなった人が3人いました。10人くらいのうちで。あと慶応病院から来たおばさんと仲良くなりました。発病20年近い人で、心臓悪くてパルスは出来ない、何度の再発も経口で直してきたが、ベタをやってから歩けなくなり、慶応も昔の教授がいなくなり、見放されたような状態で武蔵へきたようです。
MSキャビンが一番に推奨する神経センターでも抗体検査はやっていませんでした。少なくても私とおばさんには… 本来はこういうところが率先して検査を請け負うべきではないかな~?? 慶応大の基礎医学は優秀でも現場の治療はどんなものでしょうね? 何とか希望の出るニュースが飛び込んでこないかと待っています。
まあ、そう悲観なさらずに、お互い頑張りましょう。
私は、このPさんとのやりとりで頭の中がすっきりしました。家内もなぜか気分的に元気になっています。
抗体検査「陽性」であれば、今のところ「リツキサン」がいいですよね。東京でやってくれるところはどこなんでしょう。今探しています。関西では宇多野病院らしい。四国の国立大学系病院でもやっている、との情報がありますが。たぶんどこかでいろいろとやっていると思います(国立大学の病院が中心になるとは思いますが)。情報を探しましょう。
芦田様
突然のメール、失礼いたします。
娘が2月に「多発性硬化症」と診断され、初めて耳にする病であったためいろいろ調べるうちに、こちらのブログにたどり着きました。
全く無知な私でも、病気のことやその治療法、そして最新の情報等、実に分かりやすく興味深く拝見させていただきました。
娘の症状について少し書かせていただきます。
1年前に突然の嘔吐で脱水症状となり入院いたしました。
定期考査の朝、地元では進学校と言われる学校でテスト続きだったので、精神的ストレスによるものだろうと診断され精神科にまわされ、安定剤を処方されて退院いたしました。
ここは地元でもおおきな総合病院です。検査は血液検査のみで、内臓には異常がないとの診断でした。退院後も嘔吐が続き、挙句の果てにしゃっくりまでもが続き、心配になり別の心療内科を受診。とりあえず脳のMRIをとるようにと近くの神経内科を紹介されました。そこでも結局、脳に異常なく精神的ストレスと言われ、再度心療内科へ。
そこから約1年間、ずっと精神疾患扱い、それも「身体表現性障害」という
診断名までつけられ・・・
2月 嘔吐、しゃっくり
5月 歩行困難 目の動きの異常 手のしびれと麻痺 過眠
8月 視野異常(中心部暗転)
これだけの異常がありながら、ずっと心療内科に抗うつ剤の投薬を受けながら通院していました。本人がストレスを吐き出せないために、いろいろな症状となって現れる・・・という話をされました。
眼科も受診しましたが、もともと先天性内斜視の手術を二度受けていたこともあり、目の動きがおかしいのは、少々慣れっこになっていたのも災いしました。
視野異常に関して脳の検査を受けるように言われましたが、眼科に行く前に脳の検査は異常なしと診断されていたので、結局また心療内科へ。
ただ、9月から半年近くは視力低下以外の全ての症状が改善。元気に登校し、修学旅行にまで行ってこれたのです。これで精神的な症状もおさまったと安心していた矢先、2月に急激な症状の悪化。
右足のしびれ→左手だけの異常な冷え→歩きにくい→下半身麻痺
(1週間程度)
またまた期末考査前だったために精神的ストレスかなと本人も症状を詳しく言わずに我慢していたようです。今思えば本当にかわいそうなことをしてしまいました。
結局、全く歩けなくなり救急車で夜間運ばれ、緊急にMRIをとったところ、延髄から脊髄、胸髄にいたるまで白く炎症を起こしている。今までの症状を話したところ「多発性硬化症の疑い」ということで緊急入院しました。
それから一ヶ月。すぐにステロイドパルス治療を二度受けました。幸い、この病気について、きちんとした治療方針をもっていらっしゃる先生に出会い(それも芦田様のブログでそれを実感することができたのですが・・・)、現在、リハビリとステロイド20mgの投薬治療を受けています。
アクアポリン4抗体の検査は新潟大学のT先生が金沢大学にうつられたため、4月になってから金沢大学へ依頼するということです。今までの経過と今回のMRI(脳、脊髄、腰)と髄液、神経のさまざまな検査結果から、おそらく視神経脊髄型と予想されるが、その確定のために検査を行うという説明を受けました。
それとその場合、再発予防のためステロイドを長期的に飲まなければならないとのこと。ただ、T先生と連絡をとったところ、年齢的にアクアポリン4抗体が陽性になる症例はもっと高齢だとのこと。その辺が気になるが、結果が出るまではとりあえず今の治療を続けてくださいとT先生から回答があったそうです。検査結果が出てから、また治療方法を考えていきましょうと言われました。
検査結果がどうなるか不安なところでもありますが、芦田さんのブログを拝見し、地元の病院で本当に大丈夫か、MSについて本当に分かっているのだろうかという不安もありましたが、担当の先生を信じながら治療を続けていこうと娘と話をしました。
今は某病院の神経内科に入院しています。ここの神経内科チームはすばらしいと思います。
毎週、火曜日にはチームの先生方全員での総回診があり、担当のM先生は毎日必ず回診してくださいます。
どの程度回復しているかを必ず目で確認されていかれ、いろいろな情報を知らせてくださいます。
M先生いわく、「今までの病歴を聞いた僕は最後に診察してるから診断を確定できるんだよ。ぼくも初発のときは確定できないかもしれない。しゃっくりというのは非常に危険な症状だったね。自力で今まで治してきたというのはすごい!ステロイドホルモンを一生懸命、自力で作り出していたんじゃないかな。見たところ産毛が濃いようだから、そういう人は、意外とステロイドホルモンを自力で作り出せる力が高いんだよ」等々、興味深い話を聞く事ができます。
救急車で運ばれた時は、胸から下、全く脱力し、下肢麻痺と感覚麻痺、排尿障害、左手麻痺と最悪の状態で、髄液検査では、その麻酔注射の痛みさえ全く感じなかったほどでしたが、幸いステロイド治療の効果があったらしく、今は両足が動くようになり若干自力で立てるようになり、左手の麻痺は改善されつつあります。リハビリを午前、午後と受け、再び歩けるようにとがんばっております。
あとは大きい再発が出ないことを願い、この病気の治療法が1日も早く確立されていくことを心から願うだけです。
芦田様のブログに出会うことができ、本当に感謝、感謝・・・。多発性硬化症の情報が神経内科の専門家でなく、一般の方のブログから一番詳しく知り得るというのはいかがなものか???という疑問もわきますが、(これは神経内科のお医者様への不満として)、インターネットでこうして詳しい情報を得ることができる時代であることにも本当に感謝するばかりです。
娘のタイプが視神経脊髄炎なのか、視神経脊髄型MSなのか・・・芦田様のブログに詳しく違いが書かれているのですが、専門的内容ですぐに理解できませんでした。もう少し勉強しなければなりません。今のところ娘は「MS」として診断され特定疾患の申請も済んでおります。今月中には身体障害者手帳の申請もするということで、先生が診断書を書いてくださっているところです。
最後になりますが、MSの原因について。自己免疫疾患と言われていますが、実は私は5年前に甲状腺悪性リンパ腫にかかり、国立がんセンターで手術、治療を受けております。
そのときに「橋本病」という自己免疫疾患が見つかり(甲状腺悪性リンパ種の98%は橋本病をもっているそうです)、親である私も自己免疫疾患を患っております。
MALTリンパ腫という種類のリンパ腫で、「リツキサン」というのが最近の治療で有効と
いう記事をみたことがありました。MSでもこの「リツキサン」が有効・・・という最新の情報を見て、ちょっと驚きました。
担当の先生に私の病気について話をしたときに「遺伝はしないけれども自己免疫疾患にかかりやすい体質的なものがある」という説明を受けました。
もしかして、私たち親子はMS等の自己免疫疾患の原因を追求するためのデータとして有効なのではないかと思ったりして・・・
話がそれてしまいました。お忙しいのに、最後まで読んでいただきありがとうございました。
もし、芦田様の情報の中にうちの娘の症状に関連するような最新の情報がありましたら、ぜひご紹介ください。
一方的なメールで失礼いたしました。奥様の病状のご回復を心より願っております。
ご返事遅れて申し訳ありません。
卒業式前でばたばたしており、遅れました。
すぐに読ませて頂いたのですがそのままになってしまいました。
娘さんもそうですが、ご自身も大変ですね。
リツキサンはB細胞を抑制する機能があります(やりとりの中でも触れていますが)。
NMOには「リツキサン」や「Campath-1H」が効くとの報告がありますが、国内では自由診療以外無理のようです。
国立大学系でお金が余っているところがあればなんとかなりそうですが、東京では無理。
宇多野病院(京都)がやっているそうですが…。
ご自身の病気のリツキサンを娘さんに、なんてことは無理ですかね。融通が効く先生ならなんとかなるかもしれません。
私の家内もいま「リツキサン」を探しているところです。
また何か情報があればご連絡します。娘さんが何か不安がられるようであれば、いつでもお電話下さい。
「家内が相談にのってもいい」と言っています。
家内の携帯電話番号は、メールでお知らせします。いつでも結構ですよ。
芦田 様
さっそくご返信いただき、本当にありがとうございます。
こんなにもご親切に対応していただけるとは・・・年度末のお忙しい時に感謝の気持ちでいっぱいです。
読んでいただけるだけでもありがたいのに、奥様の連絡先までお知らせいただき、本当にありがとうございます。
さっそくですが、ご迷惑でなければ明日にでもお電話させていただきたいと思います。
奥様もおからだ、大変だと思いますが、今後の治療等についてアドバイスいただければと幸いです。
1年間、体調不良を訴えていたのに、精神疾患だという診断を鵜呑みにし、せめて大きい病院で精密検査を受けさせればよかったのに・・・と悔やまれます。
娘は今回、精神疾患ではなくて、1年間の体調不良が全てこの病気が原因だったということが分かり、納得したと言っています。
娘はとても前向きな性格で、
「泣いても笑っても病気にかかってしまった事実は変わらないんだから、笑って
いたほうがいいよ。」
と、逆に私のほうが励まされる始末です。(笑)
まだ車椅子に自分で移動することができず、リハビリの先生が二人がかり(体重が重いので・・・)で乗せてくださいます。それでも今日は左足で少し支えられるようになってきたようで、
「この分だとまた歩けるようになるよ。」と担当の先生に言われ喜んでいました。
ステロイドパルスの治療を2クール受け、かなりハイスピードでプレドニンを減量し、現在20mgを朝、飲んでいます。
先生は「20mgが再発予防の効果がある境界線じゃないかと言われている。」とおっしゃっていました。
ただ、金沢大学へアクアポリン4抗体検査を送り、その結果が陽性と出るか???
もし陰性となった場合、やはりインターフェロンにするのか???
まだまだ不安な気持ちでいっぱいです。
17歳の娘にはその判断もできないでしょうし、そうなると親の責任にかかってきます。
娘はミクシィ(MIXI)に「多発性硬化症」のコミュニティーがあるらしいよ、と言ったらさっそく見ているようで、(18歳未満は登録できないはずなのに、年齢詐称ですね。。。笑)
「インターフェロンって結構、途中でやめる人が多いみたいだよ。」と言っていました。
病院では携帯でネットを見ることだけが楽しみで、その中でも、ミクシィ(MIXI)が命綱のような現代っ子です。「苦しんでいるのは自分ひとりじゃない」と励まされているようです。
私は病院の担当医以外、病状や治療について相談する方もなく、まして同じ病院には、同じ病気の方は現在のところ一人もいません。2月に嚥下障害の出た方が改善されて退院されたそうですが・・・
担当医の話では、以前、F県立医大で治療を受けた方が、歩けるまで回復していたのに、プレドニンの投与を止めてまもなく再発し、こじれてしまって今いるこの病院を受診されたそうです。
結局、歩けなくなってしまい、その経験からもプレドニンを減らすのは慎重にいきたいとおっしゃっていました。
県立医大ともあろう病院がそのような中途半端な治療をするのか・・・? という不信感をいだくばかりです。
「多発硬化症の専門医とは?」いう話を芦田様が詳しく取り上げていらっしゃいますが、大きい病院だから、大学病院だから、公立病院だから・・・という肩書きは全く関係ないものですね。
これから、娘の病気について悩んだり迷ったりすることが多々あると思いますが、お時間があるときで結構ですので、ぜひ相談にのっていただければ幸いです。
私にも娘の病について相談できる方ができ、本当に心強いです。私どものメールの内容、娘の病状その他、同じ病気で悩む方の助けになるようであれば、いくらでもご利用ください。
この病気の原因究明、治療方法の確立に役に立つのであれば、いくらでも協力するつもりでおります。
このたび、こうしてご縁がもてましたことに心より感謝いたします。
奥様によろしくお伝えください。