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 家内の症状報告(106) ― 再生治療と多発性硬化症(髄鞘再生医薬の開発競争の最前線) 2008年02月24日

多発性硬化症(あるいは、CMS、OSMS、NMO)と再生治療の最前線をPさんが概観してくれています。考えているよりも遠い将来の話ではないようです。いくつか質問がありますが、とりあえず、全文紹介します。

鍵を握る研究機関は、スタンフォード大学+Biogen-Idec社、ケンブリッジ大学、Mayo、慶應大学のようです。

「髄鞘再生医薬の開発競争は、圧倒的資金力を持つStanford大(+Myelin Repair Foundation)とBiogen-Idec社、Brain Repair Centerをもち英国政府の巨額資金を持つCambrige大、何故かいつも登場するMayo(最近大型研究費がつきました)、日本では慶応大、この辺りが争っているといった様相でしょうか。特に、Stanford大のグループ、本当に2009年内の臨床治験開始に繋がるか、が注目されます」(本文より)。

●2008年02月24日 14:24
ようやくにして再生治療の現況と展望に移ります(苦笑)。

京都大のiPS細胞の成功は大きな話題となり夢を与える素晴らしい成果でした。しかしながら、iPS細胞がMSの再生医療に直結するかと言えば、その道のりは果てしなく長いと思われます。iPS細胞が内包する癌化の問題や、生物学的に本当に幹細胞であるか(現在のエピジェネティックスの範疇を本当に越えられるか、これはiPS細胞が本当に機能的なオリゴを産生できるかという議論に直結する)、或いは倫理的障壁を本当にクリアできるかと言った問題もさることながら、MSの脱随巣はその定義の通り、「多発性」に生じます。

しばしば直径数cmにも及ぶ脱髄巣が多発性に生じている疾患に対して、わずか10 ミクロン足らずの細胞をどうやって十分に供給するか。一ヵ所一ヵ所に針を刺して入れていくのはあまりのも現実的ではありません。そもそもオリゴを移植すれば髄鞘は再生できるかも知れませんが、オリゴは髄鞘形成に特化した状態に「最終分化」した細胞で、分裂能も移動能がほとんどないといわれている。するとオリゴより一段階未熟で、分裂能と移動能を備えた前駆細胞(OPCと呼ばれる)を移植するというのが現実的です。

ではiPS細胞から作成したOPC(まだ作成手法は未解明ですが)を何らかの手法で移植できたとして、それが分裂・移動して病巣を広く埋め尽くせるようになったとして、果たしてそのようにして定着したOPCは自然にオリゴになり髄鞘を再生してくれるか…。

これを考える上では、そもそも多発性硬化症の病巣にはOPCが残存していることに注目せねばなりません。

OPCを検出するいろいろな試薬が登場して期が熟した1998年1月のJournal of Neuroscience誌(基礎神経科学誌)にオランダの病理学者から、MSの慢性脱髄巣にはOPCが数的十分に残存していることが報告されました。

その後この見解は次々と追試されていますが、究極的には2002年1月のかの有名なNew England Journal of Medicine誌に追試結果がCleveland Clinicの研究者から報告され、以降MSの慢性脱髄巣にはOPCが残存していることが広く認知されるようになりました。

逆に言えば、MSではOPCという、再生に使える細胞が残っているにも関わらず、まるで「殺戮を見逃す傍観者」の如く振る舞い、漫然と脱髄が残っている。

結局、何らかの理由でMSでは OPCがオリゴへ分化できない。これが上記のiPS細胞の道のりは長いと考える所以です(というか、iPS細胞が必要でないかも知れない)。残念ながら少なくとも慢性期のMS患者においてはOPCをオリゴに成熟させる「自然の力」が働かないのです(病初期には放っておいても「自然の力」で再生する人が多いのは患者自身が知っている通りです)。

慢性期のMS患者において、OPCがオリゴに分化できない理由は何か。

二つの考え方がありますが、ひとつは、OPCがオリゴになるのを抑止する「分化阻害因子」がMSでは増えているという考え方。もうひとつは、OPCがオリゴになるのを促進する「分化促進因子」がMSでは減っているという考え方です(残っているOPCが、実は「死に損ないのゴミ」である可能性もあります)。

前者の考え方に合致する見解として、2002年1月の上記のNew England Journal of Medicine誌において、Cleveland Clinicの研究者らは、(神経)軸策障害がひとつの原因ではないかと提唱しています。た

だ、確かに病理学的には軸策障害はあり、軸策障害が生じれば髄鞘の再生もないという考え方は成り立ちますが、しかしながら全ての病変で広く軸策障害が生じているという見方は懐疑的なところがあります。

2002年10 月の(世界で二番目くらいに有名な医学誌である)Nature Medicine誌にはアルバートアインシュタイン大の病理学者らがMS病巣に居るアストロはJagged1という蛋白を産生し、OPCの分化を阻害していると報告しました。

この論はその後2004年9月のBrain誌においてCambrdige大の研究者ら(かの炎症は髄鞘に必要かも理論を提唱しているグループ)が動物実験上それを否定する見解を出しました。

2005年9月には、オレゴン保健科学大の研究者ら同じNature Medicine誌に、同じくアストロが(おばさま方が大好きな)ヒアルロン酸を産生し、局所でのOPCからオリゴへの分化を阻害していると報告しました。

しかしながらアストロが悪者か理論は長い議論があり、同時にMS病巣全てでアストロが増えている訳ではない(MayoのNMO病理解析のところでも触れましたが)ので、この論で全てを解決するには無理があります。分化阻害因子の解析の先端はこの辺りですが、分化阻害因子があったとしても、分化促進因子をそれ以上に増やしてやれば、OPCからオリゴへの分化を促せるのではないかとの論もあります。

後者の考え方、すなわち分化促進因子については、OPCがオリゴになる機序の解明が重要です。しかし分化機序の解明以前の展開も重要な見解を含んでいるので記しますと、まずMayoのLennon(この人はいつも登場しますね)らが1987年1月のJNEN誌(神経病理では権威誌)に報告した、「脊髄を免疫してできた血清を脱髄動物に投与したら髄鞘が再生した」という見解に始まります。

1990年1月のAnnals of Neurology誌には同じくMayoのLennonらが、「脊髄を免疫してできた血清のうち、髄鞘再生に寄与したのは免疫グロブリンである」ことを報告しました。つまり、脊髄の何らかの蛋白に反応する抗体(=免疫グロブリン:液性免疫の主要な構成成分)が、「悪者」というより、「髄鞘再生に寄与する味方」であると報告した訳です。

その後Lennonの弟子であるMayoのRodriguezがこの研究を現在まで連綿と続けており、その抗体が何の蛋白を認識しているのか-見つかれば髄鞘再生に必要な決定的な因子ということになる-これを見つけようと躍起になっていますが、まだ確認できていません。

さて、OPCがオリゴになる機序の解明について、1994年2月のNature誌に東大の研究者が(純粋なる生物学的研究として)OPCにおける Fynという酵素を動かすと、オリゴへ分化することを報告しています。

ところがFynは細胞膜の内側にある蛋白なので、細胞外から薬として刺激するには、細胞外からの刺激をFynに伝える何らかの細胞外受容体の発見が待たれました。

議論の過程で幾つかの候補が出ては消えましたが、結局2003年6月に慶応大と都老人研の医師・研究者らが、免疫グロブリン受容体の構成蛋白であるFcRgという蛋白がOPCにおいてFynを動かすことを証明しました。これは新聞各紙(かの読売新聞は全国紙でかなり大々的に)で報道されました。発見した慶応大の医師の総説によれば、もともとFynを動かす受容体を探す実験をしていたところ、ある失敗実験の反省から得られた「偶然」で見つかったようですが、この発見は二つの意味で興味深いところがあります。一つは読売新聞の記事に書いてありますので、引用します。

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国内に1万人近い患者がいる神経難病の多発性硬化症などで異常が起きる、神経繊維の膜「ミエリン」ができる仕組みを、慶応大医学部の中原医師(解剖学)らが世界で初めて解明、2日発売の米専門誌「デベロプメンタル セル」に掲載された。

ミエリンの形成機構が分かったことで、神経難病をはじめ、精神疾患など有効な治療法が欠けていた病気の治療へ道を開くと期待される。

多発性硬化症は、神経を覆うミエリンが原因不明で壊れてしまうために神経の障害が生じ、手足のまひや、言語障害、知覚障害、視神経炎による失明といった重い障害が起きる。

30歳前後の女性に多発、欧米には100万人以上の患者がいる。これまで、ミエリンができる過程には、脳に固有の物質が働いていると考えられ、その物質の特定が注目されていた。

ところが、中原医師と東京都老人総合研究所のグループは、マウスを用いた研究によって、ミエリン形成の引き金となっているのは、脳固有の物質ではなく、白血球などの免疫細胞が共通に持っている受容体(免疫グロブリンFc受容体)であることを突き止めた。

この受容体は神経幹細胞がミエリンを作る細胞(オリゴデンドロサイト)へと分化する過程で働いている。

今後の研究で、この引き金となる受容体を有効に働かせることができれば、残された細胞からミエリンを再生する治療法につながる可能性がある。

三浦正幸東大大学院薬学系(遺伝学)教授は「脳内での免疫由来物質の働きを明らかにした世界的な発見」と評価する。

また多発性硬化症治療が専門の山村隆国立精神・神経センター神経研究所免疫研究部長は、「実際の治療に応用できるまでには、まだ多くの段階が必要だが、今後の研究に期待したい」と話す。(平成15年6月3日 読売新聞)
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注目すべきは「脳固有の物質ではなく、白血球などの免疫細胞が共通にもっている受容体」が働いていたという点です。つまり髄鞘再生という現象は、悪者であったはずの「炎症」と紙一重に生じているかも知れないということです。

しかもその受容体がMayoのLennon・Rodriguezらが提唱する免疫グロブリンの受容体であったということ。Mayoは免疫グロブリン(抗体)が何らかの特定の抗原に結合することで髄鞘再生が生じると考え、その抗原探しを進めていたわけですが、慶応大の発見によれば、抗原は関係ないかも知れない(免疫グロブリン(抗体)そのものを(抗原によらず)認識する受容体が鍵として働いている)ということを示しています。

前述のように、その後Cambridge大は「炎症は髄鞘再生に必要である」と提唱していますが、炎症は患者にとっては不快なものであり、髄鞘再生のために炎症を看過することはできません。

つまり、「炎症」のうち何が髄鞘再生に効いているのかが重要ですが、それについての報告はまだありませんが、慶応大の発見から勝手に推測するには、「抗体」が効いているのかも知れません。逆に、そうであれば、免疫抑制剤等により炎症はがつんと止めてしまい、髄鞘再生に必要となるFcRg刺激だけを人為的に加えて髄鞘再生を促してあげれば、いいとこどりになるのではないかと思われます。

ちなみに、2003年6月の慶応大の報告はあくまで生物学的なマウスでの証明でしたが、その後2006年6月のJNEN誌に同じ慶応大の医師が、 MS患者脳でこのFcRgを持ったOPCが多数存在し、髄鞘が自然に再生しているところではその数が増えていることを報告しています。

恐らく現在は FcRgの刺激を行う医薬品の開発に向けて動いているのではないかと思われますが、読売新聞の報道にもあるように、「白血球などの免疫細胞が共通にもっている受容体」がターゲットならば、免疫系への副作用も危惧されます。学会での見解によればどうやら慶応大はこれを認識しており、病巣にのみ刺激薬を運ぶ DDS(Drug delivery system)を開発中とのことです。

他方で、Natalizumab(Tysabri)を開発したBiogen Idec社も本格的に髄鞘再生医薬の開発に乗り出しています。同社の研究者は2005年6月のNature Neuroscience誌に、髄鞘再生を抑制するLingo-1という蛋白を同定しています。このLingo-1はどうやらFynを非活性化する役割があるようで、その意味ではFcRgと反対の役割を持っていることになります。

同じBiogen Idec社の研究者らは2007年10月のNature Medicine誌において、Lingo-1をブロックする抗体医薬を、MSのモデルとされるEAEマウス(本当にモデルかどうかはこれまた議論がありますが)に投与したところ、髄鞘再生が認められたことを報告しています(この報告によってBiogen-Idec社の株価も上がったようですが)。

ただ、 MS病巣におけるLingo-1の発現部位はその後、OPCではなくアストロとマクロファージに出ているとする説もあり、果たしてMS患者でもOPCの分化を誘導できるかどうか不透明です(この点では慶応大のFcRgはMS患者脳で発現を示しているので有利です)。

なお、患者主導での髄鞘再生医薬の開発も活発化しています。

一つは前述のLorenzo's oilにおけるLorenzoの父親が行っている「Myelin Project」。Lorenzoの父親がイニシアティブを取り、寄附からなる研究費配分を決めて研究者に髄鞘再生の研究を分担させているようです。

もう一つは2500万ドル(25億円!)という規模の、髄鞘再生のためだけに作られた財団「Myelin Repair Foundation」(myelinrepair.org)。日本政府がiPSに投じる額と比較しても凄い金額ですが、設立理念には「2009年中に最低1種類の髄鞘再生医薬の治験にこぎつける」とあり、やる気も凄いです。

Stanford大学のBarres(OPCの生物学的研究における第一人者)を筆頭に4名の世界的に著明なオリゴの専門家を集めて、支配下の100人以上の研究者を髄鞘再生医薬の開発に投じる徹底ぶりです。どうも企業のCEOがMS 患者で、その人の呼びかけで始まったもののようです。

そのMyelin Repair Foundationのメンバーからはまだ具体的な髄鞘再生医薬のデザインは報告されていません(もはや製薬会社に特許を売ることが主体で、学術論文報告は興味がないのかも知れませんが)。

ただ、Stanford大のBarresらが2008年1月のJournal of Neuroscience誌に出した、アストロ・オリゴ・神経細胞のそれぞれでの大規模なTranscriptome(遺伝子の働きを転写活性ではかる方法)ではオリゴでやはりFcRgが動いている結果が載っています(でも文中では一切触れていないようです)。

髄鞘再生医薬の開発競争は、圧倒的資金力を持つStanford大(+Myelin Repair Foundation)とBiogen-Idec社、Brain Repair Centerをもち英国政府の巨額資金を持つCambrige大、何故かいつも登場するMayo(最近大型研究費がつきました)、日本では慶応大、この辺りが争っているといった様相でしょうか。特に、Stanford大のグループ本当に2009年内の臨床治験開始に繋がるか、が注目されます。

いずれにしても、iPS細胞を利用した再生医療よりも(ひょっとするとMSの原因解明なんかよりも)ずっと現実的なところに髄鞘再生医薬の開発は来ており、それが、再発抑制薬開発に比して極めて少数のグループで為されたことは驚くべきことです。

再発抑制や原因解明にばかり人的経済的資本を投入しないで、そろそろ(Myelin Repair Foundationのように)こちらへ回してスピードアップしたほうがいいように思えます(Alemtuzumabが本当に前述のように高率で再発を抑制できれば、放っておいてもやることがなくなった研究者は髄鞘再生医薬開発へ流れてくると思いますが)。

>あなたの現時点でのCMS/OSMS/NMO治療展望は、どんなものなのでしょう。少しだけでも夢のあるお話をお聞かせ下さい。そうでないと、このコミュニティの患者さん達は、いつまで待てばいいのかわからない再生医療に走るばかりです(苦笑)。

再生医療は上記の通り現実に向けて動いています。現在後遺症に苦しんでいる患者においては、「夢」と言わずに期待して頂きたいものと思います。研究開発を進めるには(Myelin Repair Foundationのように)人的経済的資本も必要ですが、十分条件ではありません。100人がかりで研究していたとしても、たった一人の研究者のブレークスルーはこれらを全て抜き去ってしまう、それが自然科学の面白いところです。

ブレークスルーが生まれるのは「偶然」であると研究者は言うかも知れませんが、(映画Lorenzo's Oilを見ていても)その研究者をそこに向かわせる何か大きな力(情熱)があってこそではないかと思うのです。


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感想欄

早く、治療薬が開発され、昔、寝たきりの脊椎カリエスの人が治ったという世になればうれしいし、願ってやみません。日本の、慶応大学も頑張ってください。

投稿者 Anonymous : 2008年02月25日 09:24

髄鞘再生医薬の開発は世界的に進んでいるようですが、(MSに限らず)それが成功して、髄鞘が再現されて肝心の、神経は前のように機能するのでしょうか? 外側が再生されても中身が機能しなくては意味がありませんものね。素人で恥ずかしいのですが、、、

開発されたら、動かなかった、足、や手、視力は蘇るんでしょうか?  何とか患者に夢を与える研究が進んでほしいです。

先ほど、別の視神経炎のページで、パルスをして、予後が悪かった場合、死んでしまった神経を再生する技術は今は無いという記事があったものですから、、不安になってしまいました。

稚拙な質問でお許しください。

投稿者 匿名 : 2008年03月28日 14:48
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