家内の症状報告(98) ― 古典的MS,日本型MS、視神経脊髄炎、そして液性免疫(「症状報告」91~96を理解するためのサブ資料) 2008年02月17日
家内の症状報告(95)番(http://www.ashida.info/blog/2008/02/post_264.html#more)は私には衝撃的でした。特に、Annals of Neurologyの2008年1月の論文の内容。「MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると」。これを理解するためには、私が昨年7月、読売新聞医療取材班が私の自宅に訪問したときに書いた記事が参考になります。一部修正しながら再録します。
●多発性硬化症(あるいは日本型視神経型多発性硬化症)と視神経脊髄炎との違いは、(私がこれまでに参照したいくつかの論文を粗雑にまとめると)以下の7点。
1)視神経や脊髄に局所的に炎症が起こる(古典的多発性硬化症のように脳内や視神経、脊髄に遍在しない)。
2)炎症箇所が長大な場合が多い。脊髄炎の場合、長軸方向に3椎体以上にわたる病変がある。古典的多発性硬化症の場合、基本的に脊髄の腫脹はない。長軸方向の長さも2椎体未満(視神経炎と脊髄炎のみを呈する場合でも、脊髄病変が短い場合はNMO-IgGは陰性である場合が多い)。 。
3)一回の再発での症状の悪化が著しい。重度障害が多い。高度の視力障害(失明)、高度の下肢障害が起こる。
4)女性が圧倒的に多い。
5)古典的多発性硬化症の発症年齢に比べて10年くらい発症年齢が高い。高年齢者が多い。
6)インターフェロンベータが症状を悪化させる場合がある。
7)NMO-IgG(抗アクアポリン4抗体)が陽性。
最後の7点目の検査が最近日本のいくつかの病院で行われるようになって、長い間、MSの「亜系」と思われてきたNMO病(=DEVIC病)、日本で多い視神経脊髄型MS(=日本型MS)が少なくとも古典的MSではない、と判断できることが明らかになってきた。
この判断が重要なのは、少なくとも古典的MSとは治療法が異なるということ。インターフェロンのような免疫調節作用のある薬は効かないばかりではなく、むしろ症状を悪化させる場合が多く、免疫抑制型(ステロイドやアザチオプリンなど)や血液浄化法(血液吸着、血漿交換)を処方する必要があるということ。
ステロイドも血液浄化法も、予防効果はないとされてきたが、NMO-IgG(抗アクアポリン-4抗体)が陽性の“MS”では、予防的にも意味があることがわかってきた。
アクアポリン(AQP)は、全身に分布しており、細胞間の水移動には欠かせない分子。様々な病気と関係しており、現在までには3つの疾患への関与が報告されている。
AQP1は腎性尿崩症、AQP0は先天性白内障、AQP5はシェーグレン症候群に伴うドライアイなどである。中枢神経において存在するAQP4は、脳虚血後の脳浮腫に関与しているとも言われ、脳浮腫の治療に用いられるステロイドホルモンがAQP4の発現を押さえることも報告されている。
AQP4が、NMO-IgGの標的抗原であったことには、二つの意味がある。
一つは、水チャンネルに対する自己抗体により発症する疾患があるということ。これまで水チャンネルに対する自己抗体により発症する疾患は報告がなかった。もう一つは、NMO-IgGの標的が、ミエリンやオリゴデンドロサイト由来の蛋白ではなかったこと。
AQP4は、アストロサイトのfoot process膜(astrocyte foot process)に豊富に存在しており、アストロサイトを主座とした免疫異常が中枢神経脱随性疾患を引き起こす可能性があるということ。
そういった意味で、今回のNMO-IgGの標的抗原が発見されたことは、治療法の大きな転回となる。特に細胞性免疫ではなく(MSは脳脊髄炎モデル動物の研究から細胞免疫優位な疾患と考えられてきたが)、液性免疫に関与する治療法(血液浄化法など)の開発が課題。
これまで、MSの有力なマーカーは、髄液のオリゴクローナリバンドやIgGインデックスが中心だったが、アメリカのLennonたち(メイヨー・クリニック)によって、視神経脊髄型MS(アメリカではDEVIC病)の患者の73%の血清中に抗AQP4抗体(=NMO-IgG)が陽性であることが発見された。これが2004年。要するにMSとNMO(視神経脊髄炎)とが区別されるようになったのが、このLennonたちの2004年の発見だったのである。
日本(東北大学以外)では、この発見の認識と重視が遅れた。日本ではこの時期が細胞性免疫に関わる免疫バランス型治療薬ベータフェロンの認可と重なったために余計に遅れたのである。「MSで唯一エビデンスがある」とされているベータフェロンを2004年以降も無反省に使っていた。
ベータフェロンを打って悪化する事例が多数あったにもかかわらず、「これを打たなければ、もっと悪くなったかもしれない」という医師は2004年以降もたくさんいたのである。
アクアポリン抗体検査はたしかに日本では昨年来の動きだが(未だにこの抗体検査を受けていない、受けさせない医師がいるのは異常としか思えない)、NMO症状として私が挙げた1)~6)までの症状があれば、視神経脊髄型MSとは別のNMOの疑いをかけてもよかった。特にベータフェロン治療の可否という点ではNMOを意識するかしないかで医師の態度は180度異なる。日本の免疫学は遅れているとしかいいようがない。
では日本で「MS患者」とされている人たちの内、NMOはどれくらいいるのか。昨年の中島一郎(東北大学)の論文では、「当院外来通院中の35例のMS患者(視神経脊髄型19例、脊髄型MS3例、通常型MS13例)」の内、「14例でNMO-IgGが陽性であった」。「視神経脊髄型での陽性頻度は63%であった」と報告されている(「神経研究の進歩」Vol.50 No.4 Aug.2006)。無視できないかなりの数の患者がMSではなくて、NMO(視神経脊髄炎)なのである。多くのMS患者が間違った治療を受け続けてきているということだ。
昨年の12月あたりから、厚労省が重い腰を動かし始めた。“MS”患者に対するベータフェロン投与に関して日本シェーリング社=バイエル社に対して、投与の注意書きの指導を行うかどうかということ(ちょうどタミフル騒動のようなものだ)。
さすがに、この動きの中で、バイエル社も先月6月医療関係者に対して、ベータフェロン投与は“MS”症状を増悪させる場合があるということを文書の形で公開しはじめた(何度読んでも何が書いてあるかさっぱりわからない文書だが)。同じ月にバイエル社は、ベータフェロンは効果があるという記事を“大衆向き”には発表している(http://byl.bayer.co.jp/scripts/pages/jp/press_release/press_detail/?file_path=2007%2Fre20070604.html)。嗚呼、製薬会社。しかし、ベータフェロンの増悪例に関しては、今年中には、正式に処方上の注意として末端の医療機関にまで周知徹底されるはず。
日本では、特に東大系の神経内科医たちは、ベータフェロンを全く認めていなかった。医学界でも個々の医師達に直接あって話を聞けば意見は二分される。しかし日本シェーリング社=バイエル社も大きな製薬会社。論文の場(=公開の場)では、そんなことは言えない。
最近、続々と発表されつつあるMSとNMO関係の論文も、ベータフェロン投与に可否に関しては中途半端なものが多い。医師=研究者たちの研究を助成している製薬会社の“監視”があるからである。ミクシィ(MIXI)のMSコミュニティでさえそんな気配がある。
そうなると厚労省の薬事班が動くしかない。その厚労省がベータフェロン投与の危険性に関してやっと動き始めた(これはまだ明らかにはなっていないが私が得た最新のニュース)。ありがたいことだ(もはや私の家内には幾分か遅すぎるニュースだが…)。
※元の記事はこちら(http://www.ashida.info/blog/2007/07/post_212.html)
●当時のこの記事についての私の今現在のコメント
しかし昨年の春に書いたこの記事は、東北大学+Mayoの発表をほとんどなぞっているだけの報告であって、その「液性免疫」論が、2008年 1月の論文(Annals of Neurologyの論文)によって否定されつつあるというのが、今回のやりとりでの最前線の議論です。これが興奮せずにおられるか、というところです。
要するに、CMS、OSMS、NMOの区別は実はほとんど意味がないという発表が先月あったということでしょうか。これが91番から95番までのやりとりの最大の意義です。私の第2の質問に対する回答が待たれるところです。
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