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 家内の症状報告(92) ― 日本のNMO/MS研究・治療の進展史  2008年02月14日

家内の症状報告(91)http://www.ashida.info/blog/2008/02/_msnmo.html#more に極めてありがたい返信が深夜送られてきました。どこの医学書や医学論文にも、どのインターネットサイトにも書かれていない日本のMS/NMO研究・治療史だと思います。私も自分の(他分野ですが)研究時代を思い出しながら興奮して一気に読んでしまいました。私だけの“読書”に終わらせるのはもったいない、と思い、引き続きミクシィ(MIXI)から転載します。

●小生もこの議論を歓迎します。至らないところも多いと思いますが、お許しください。

ご質問にお答えする前に幾つかの事項を整理させてください。

1)MayoのLennonらがNMO-IgGについてLancetに報告したのは、2004年12月です。この論文には東北大の先生方が共著者として名前を連ねています。Lancetはかなり有名な臨床医学誌です。ただこの段階では抗体が見つかったのみで、抗原は確認されていません(患者血清を マウスの脳にふりかけて、免疫染色したらある特定のパターンとなった、これをNMO-IgGと呼んだ、ということで、標準化は困難であり検査室レベルでで きることではありません)。

2)次いで、同じMayoのLennonらが、このNMO-IgGがAQP4に結合するものであることをJournal of Experimental Medicine誌(これも有名ですが、基礎医学誌であり神経内科医が自発的に読むことはまずない)に報告したのは2005年8月です。

3)さらに、同じMayoのLennonらが、NMO-IgG(抗AQP4抗体ではない)陽性である横断性脊髄炎は、その後NMOに移行する確率が高いことを少数例でAnnals of Neurology誌(神経内科の臨床医学誌で大学の医師ならルーチンで読むかも?)に報告したのは2006年3月です。

4)東北大の先生方がOSMSと診断されていた患者でNMO-IgG(抗AQP4抗体ではない)陽性である例を調べ、陽性例で視神経・脊髄病変(LESCL)が多いことをJNNP(割とマイナーな雑誌できかっけが無ければまず読まない)に報告したのは2006年9月です。

5)東北大の先生方が、NMO-IgGという標準化しにくい手法に変えて、抗AQP4抗体のアッセイ系(これとて面倒な手法なのですが)を作ったことを東北大の英文学内誌(東北大の先生以外は国内外の医師はだれもまず読まないが、外国のデータベースには乗るので、おそらくMayoとの競合に勝つ目的で出したのであろう)に報告したのは、2006年12月です。

6)東北大と九州大とMayoが同時にしかしそれぞれ別個に、抗AQP4抗体陽性のOSMS/NMOの症例の病理病態像がCMSと異なる(つまり、診断基準云々は別として、抗AQP4抗体を基礎とするNMOと、そうではないMSとで本質的な違いがある)ことをBrain誌(Annals of Neurologyと並び大学病院の神経内科医なら目を通すかも知れない代表的な雑誌)に報告したのが2007年5月です。

7)少し遅れて新潟大が抗AQP4抗体陽性のOSMSはNMOかも知れないとMultiple Sclerosis誌(名前はよさげですが、あまり読まれないと思います)に報告したのは、2007年8月です。

NMO-IgGと抗AQP4抗体とを(前の議論の時から)区別して小生が述べているのは、上述の通り、マウスの脳を切って免疫染色をしてみて脳室 周囲のアストロが染まったらNMO-IgGが陽性である、という手法は標準化困難でとても患者診断に使えるものではないからです。抗AQP4抗体検査とて、標準化の問題はクリアされていませんが、少なくとも対照試験(positive and negative control)を簡単に作れるという点で実用に耐えるようになった。他医療機関から検査を受けつけられるのはこの抗AQP4抗体のアッセイ系が開発され たからです。

東北大が抗AQP4抗体のアッセイ系確立をひっそりと学内誌に宣伝したのが2006年12月ですが、誰も気に留めなかったはずです。ですからきちんと学術誌で勉強している神経内科医が抗AQP4抗体とNMO/MSについての関係性と、更に国内ですでに東北大と九州大で検査可能であると認識したのは 論文が公表された2007年5月であろうと考えます。論文を読んでいない神経内科医は、2007年7月に読売新聞の報道を見ても、「インターフェロンで悪化するMSがある」ということだけ認識し、抗体については今も知らないままでしょう。

ちなみに、2007年5月のBrain誌における東北・九州・Mayoの同時発表はかなりのインパクトであり、以降、NMO/MSの専門家でこれを知らない人は専門家とは呼べないと思います。

2005年8月にAQP4が同定されてから、2007年5月のBrain誌の発表までの間にNMO/MS議論や開発途上の抗AQP4抗体検査について知っていたのは、少なくともNMO/MSのコミュニティーに席を置く、「NMO/MSの専門家」であろうと思います。しかし、論文として批判に耐える形にならない限りは実地に移さない慎重な専門家も居るでしょう。

その意味で、2007年5月までにうちうちの抗体検査の受託が始まっていたとしても、それを行わなかったからといって責められるものではないと思います。時をほぼ同じくして2007年4月に特定疾患研究班からの勧告が出たのも何か偶然とは呼べない(班長である九州大もBrain誌に論文を出してます)タイミングを感じます。勧告だけみると、「勧告以前からずっと検査は確立していた」ように感じ られますが、そうではなく、検査も開発途上であり、何より論文としてまとめられていない状態であったのです。

芦田さんの奥様が2007年初頭の段階ですでに陽性と判定されていた(ひょっとしたらいずれかのBrain誌に奥様の検査結果もデータの一つとして組み込まれているのではないでしょうか?)のは、おかかりつけの医師がかなり東北・九州いずれかの研究グループと接触があったからではないでしょうか?

ちなみに、抗AQP4抗体について、ここまでの検査体制を組んでいるのは日本だけです。だから、診断基準も依然としてNMO-IgGなのであって、そして診断基準が掲載された論文に書いてありますが、「誰でもNMO-IgGが検査できるわけではないので、補助項目の一つとした」のであります。

そのNMO- IgGをさらに進めて抗AQP4抗体アッセイ系を作り上げて、臨床応用までを世界に先駆けて行っているのは実のところ日本くらいで(ドイツもアッセイ系は 確立したようですが、臨床応用しているかは不明)、未だに欧米のNMO関連の論文はほとんどNMO-IgGになっています。

無論、NMOをもOSMSとしてきた日本の特殊性が、結局のところ抗AQP4抗体検査の開発を急がせた可能性もありますが。

治療についての流れを、ちょっと整理をしてみます。

おそらくNMOであるようなOSMSに対してもベタフェロンが使用されていた大きな根拠は、2005年2月のNeurology誌(そこそこの神経内科専門誌)に発表された、日本で行った、日本人のCMS・OSMS患者での、ベタフェロン治験結果です。

この治験以前から日本でいうOSMSは西洋のCMSと病理病態が違うのではないかという観点はありました。病巣の部位だけでなく、ステロイドをや めると再発する、とか、CMSとは病態が異なるように思える症例が入っていたからです。しかしながら、結局のところMSは現在も原因不明です(自己免疫疾 患であると言い切っている人が居ますが、その証明はされていない)。

ですから、診断基準で「症候群」としてMSが定義されているだけですから、もともと MSというものが多様な疾患の塊である可能性を秘めている訳で、診断基準に依存した疾患群なのです。しかるにNMO-IgGのような物差しができるまでは、細分類は容易ではありませんでした。

極論すると、「時間的多発性」と「空間的多発性」を満たす中枢神経系(=脳・脊髄・視神経)の脱髄疾患は、古典的 なPoserの診断基準によれば、病変の位置によらず、MSと診断されるのです。NMOもMSの一部だ、とかOSMSとNMOは一緒だ、とかそういう議論 があっても、原因がわからない疾患を分類するのは困難です。

MRIを用いるようになってからMcDonald基準というのが定期的に改訂され、これがMS の診断基準としてスタンダードですが、その根本はPoserの診断基準を現代の検査技術で修正したのみで、「時間的多発性」「空間的多発性」「中枢神経系 の脱髄」というキーワードは何ら変わっていません。

OSMSが多い日本でベタフェロンが奏効するかは欧米からも注目されました。しかし結果として、例数が乏しく統計学的有意とは言えないまでも、 CMSとOSMSにおけるベタフェロンの反応性(再発抑制率)は変わらないと判断されました。同じNeurology誌にMayoの医師がコメントを寄せていて、そのタイトルは「Western vs optic-spinal MS: two diseases, one treatment?」でした。お分かりになりますでしょうか。

結局2005年2月のこの論文をベースにするとOSMSもベタフェロンによる再発予防効果が期待できると考えられますから、当然日本でもOSMS にベタフェロンが使用されました。でも現場では「ステロイドを漸減すると再発する症例」が依然として存在し、首をかしげていたようです。

話がややこしくなったのは、本来NMOの診断基準においては、名前の通り(NMO=「視神経脊髄炎」)、脳には病変を欠くことが重要でした。とこ ろが、NMOにもMSとは異なり間脳であることが多いが、脳病変が出ることがあるから診断基準を変えるべきだとの論文が、Mayo(Lennonも入って ます)から2006年3月のArchives of Neurology(少し格下の神経内科雑誌で忙しいと読まないでしょう)に出ました。「脳病変を伴うNMO」であれば、日本的にはOSMSですが、事実、NMOの診断基準は2006年5月のNeurology誌上で(Lennonも入ったグループにより)改定されました(前回議論の蛇足で書いた訂正版 の診断基準です)。

NMOは欧米ではそもそもベタフェロンではなく免疫抑制がメインで行われてきました。2006年5月の診断基準改定を機に、日本のOSMSには新 しい基準でのNMOと読み替えられる症例が入っている(免疫抑制が望ましい症例が入っている)可能性が出ました。もちろん、そこまでちゃんと論文をくまなく読んでいれば、ですが…。

しかし、2005年2月の日本での治験結果は、そういう症例も含めて、ベタフェロンの有効性が認められていました。ですから、使い続ける風潮が生まれていたのだと思います。

急に話が変わってきたのは、2007年1月に都立神経病院の先生方が、Journal of Neurological Science(ちょっと格下の神経内科雑誌)にベタフェロンで悪化するOSMS症例はNMOではないか?と提示(論文に出たのが2007年1月ですか ら、少なくともこれら著者の先生はその少し前からそう感じていたはずです)、さらに2007年3月のMultiple Sclerosis誌にフランスのグループがNMOでは免疫抑制がベタフェロンに勝るとの報告を出したころです。

この流れの中、抗AQP4抗体というNMOとMSを区切る便利な検査が開発され、2007年5月のBrain誌の一斉発表直前の2007年4月に特定研究班からご存じの勧告が出たわけです。

ちなみに誤解のないようにあえて申し上げますが、抗AQP4抗体がNMOの原因であることは確定できていません(あくまでマーカーです)。東北大は抗体価が病勢に連動すると報告していますが、免疫抑制でこの抗体が下がる時には他の自己抗体(この中に原因があるかも知れない)も下がっているでしょう から、「原因」とは断定できません。

※芦田さんのご質問の後半に対する答えは上記に内包されていますが、後日また改めてまとめます…さすがに限界です(汗) (2008年02月14日 02:40)

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投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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