家内の症状報告(99) ― 抗AQP4抗体検査の陽性、陰性は絶対的なものではない 2008年02月18日
私とPさんとの長いやりとりの間に、こんなコメントが入りました。Pさんがまた丁寧に答えてくださっていますので転載します。テーマは、「抗AQP4抗体検査とて標準化という問題がクリアされていない」というもの。陽性、陰性は「感度」と「特異点」の設定次第で変化しうる、というものです。CMS/OSMS/NMOの区別はさらに闇の中に入り込んできました。
●Lさん
こんばんは。はじめまして。 2008年02月17日 22:58
お二人のお話は本当に勉強になります。
私はベタフェロンを5年続け、注射部位の硬結、壊死等でやめました。
その間5年間、注射開始後2年間は普通に過ごさせたのですが、後半2年は、再発等後遺症で歩行が困難になりました。
私は、頭部には典型的なMSの病巣があり、脊髄には3推体以上の病変が見受けられました。
治験は受けられず、免疫抑制剤→ステロイド→アボネックス。
今は、ステロイド+アボネックスです。
アクアポリンは陰性でした。
短い説明で申し訳ないのですが、是非、お二人の助言、自分ならこう考える
どんな意見でも良いんでよろしくお願いします。
●こんばんは(おはようございます?)2008年02月18日 03:55
さて、芦田さんのコメントに「横やり」を入れたことから始まった議論が、いつの間にかmixi上での芦田さんと小生のオンライン公開討論会の様相を呈して来ました(苦笑)。突然乱入して場の雰囲気を壊したようで、最近で言うところのKY?と恐縮していたところ、Lさんがコメントを寄せて頂いてなんか安堵しています(笑)。
せっかくのコメントなので、芦田さんの(2)に対する回答を後日に回すことをお許し頂き(すみません、でも感度・特異度議論をどこかでしておきたかったので、連綿と続いた議論に無関係ではありません)、閑話休題と言ったらLさんに怒られますが、具体的なLさんの事例を解析させて頂きたいと思います。あくまで、「mixiにいる謎のおっさん」が無責任に空想しているだけなので、話半分にして、実際の診断や治療方針は主治医とよくご相談ください。
ここでは、現在までに芦田さんと繰り広げた議論を通してどういうことが考えられるかを整理しました。
Lさんの「ステロイド+アボネックス」という治療におけるステロイドは、パルス後の短期間の後療法として行われているのか、或いは維持療法として投与されているのか分かりませんが、この投与スタイルそのものは珍しいものではありません(ちょっと上に芦田さんが転記して下さった奥様の治療経過にもあります)。
アボネックスとベタフェロンを効果・副作用共に同等のIFNbと仮定しますが、アボネックスを投与する上で期待する効果は、OS「MS」を含む日本人MS例で期待される約30%の再発率低下(クラスIのエビデンス)、心配するのは(一般的な副作用とは別に)ご存じの通り最近報告されている、NMOタイプのOS「MS」におけるむしろ再発率が増加するのではないかという論(クラスIVのエビデンス)かと思います。ステロイド投与による再発抑制は、CMSを対象とした欧米治験で否定されています(クラスIのエビデンス)が、NMOタイプのOS「MS」では再発抑制があるのではと報告されています(クラスIII?)。
Lさんの病態をコメントの情報から考えるに、まず
>NMOの改訂診断基準(2006年)※確定診断にはすべてを満たすことが要件
>1) 視神経炎があること
>2)急性脊髄炎があること
>3)次の3つの支持項目のうち最低2つを満たすもの
>①MRI上、3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変がある
>②MRI上、MSの診断基準に合致しない脳病変がある
>③血清中NMO-IgGが陽性
については、頂いた情報では3)の補助項目のうち2項目を満たすことは困難と考えられることから、NMOとする診断できません。
ただ、東北大の指摘する、
>High-risk syndrome of NMO ※下記のいずれか(ただし、あくまで研究上の適宜です)
>1) 脳病変を欠く、再発性の視神経炎
>2) 3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変(脳病変の有無は問わない)
>3) 視神経炎 and/or 3椎体以下の脊髄病変があり、NMOに矛盾しない脳病変(左右対称性の瀰漫性白質病変・左右対称性の間脳病変・左右対称性の脳室周囲病変)があるもの
の2)には該当します。改めて書いておきますと、この「High-risk」と呼ばれる状態がNMOに移行するriskが本当にhighであるかどうかについての論拠を得られていません(少なくとも小生が知る限りは)。
前のコメントで書きましたが、
>但し、NMO-IgGの火付け役であるMayoからの小数例の追跡報告では、3椎体長以上に及ぶ横断性脊髄炎で原因不明のものにおいて、NMO -IgGが陽性であれば、その後1年のフォローアップで約44%が横断性脊髄炎を再発し、約11%が視神経炎を発症する(ここでNMO診断とされますね)と指摘されています。大規模数での確認が待たれるところです。
という情報があることから、High-risk syndrome of NMOで、かの抗AQP4抗体が陽性であれば、ステロイドやアザチオプリンの投与も、最低検討はされても良いと思われます。
東北大の論文(2007年5月のBrain誌)によれば、High-risk syndrome of NMOにおける抗AQP4抗体陽性率は85%であったそうなので、逆に、LさんのようにHigh-risk syndrome of NMOで抗体陰性であった方が15%居たということになります。
東北大がこのLさんのような15%に対してどのような治療方針をとっているのか、そしてどのような結果となったのかは気になるところでありますが、まだ報告はありません。診断基準をご覧になるとお分かりかと思いますが、抗AQP4抗体陰性であってもNMOと診断されることもあります。即ち、重要な鑑別点になるのは、1) 視神経炎があること(Lさんの情報には書いてありませんがNMOなら診断上、必須項目です)、②MRI上、MSの診断基準に合致しない脳病変がある(Lさんの情報では「典型的」MS病巣とのことですが)、の2項目だろうと思います。そして、落とし穴として気をつけねばならないのが、抗AQP4抗体が本当に陰性か、ということではないでしょうか。
抗AQP4抗体検査とて標準化という問題がクリアされていない、と以前の議論で提議しましたが、もう少し詳しく持論を述べます。
検査には感度と特異度という言葉があります。
感度とは、真に陽性である症例を陽性と判定できる確率、であり、
特異度とは、真に陰性である症例を陰性であると判定できる確率、です。
感度を高くすると(見落としを減らすと)、特異度が下がる(陰性の症例を陽性と判断しやすくなる)。逆もまたしかり。感度と特異度がバランス良く双方が高くなるところの検査手法を取り入れるのが臨床検査の原則です。
どの施設(日本では3施設:最近新潟大が抗体検査受託を中止したようなので、2施設?)の検査でも同じ感度・特異度で結果を得られるようにすることが、検査の「標準化」ということです。が、現在、日本で行われているタイプの抗体検査は、小生が知る限り、研究者が顕微鏡で見て、光っているか光っていないかで陽性陰性を判定しますが、これは採血で白血球の実数を数えるような検査とは異なり、「微妙に光っているかも?」、という状態がありうる検査です(研究者の見方によって、陽性とも陰性ともとれる状態がありうる)。
例えば、前述の東北大の論文では、抗AQP4抗体の、NMO又はHigh-risk syndromeに対する特異度は100%であったそうです(NMO又はHigh-risk syndrome以外における、この抗体の陽性率はゼロだったということ)。
特異度を高くすると感度が低くなるのが一般論で、Lさんの検査がどこでどの方法で為されたかは分かりませんが、東北大における論文で使われた検査方法は「陽性とも陰性ともとれる状態がありうる」ものと思われますので、特異度が 100%と極めて高い(特異度を優先させた)検査であれば、感度が100%ということはないのではないか、つまり本当は陽性だが、陰性と判定された例もあるのではないか、ということを考えさせます。
ちなみに、この検査の「本当の」感度・特異度は、診断基準の感度・特異度とも連動します(本当はNMOだが、NMOの診断基準の感度が低くMSと診断されてしまう例で、抗AQP4抗体が陰性である、という症例があるかも知れない、この場合、論文では「MS患者・抗AQP4抗体陰性」と判定される)。スペインとイタリアでかのNMO診断基準の感度・特異度を調べたところ、感度87.5%、特異度83.3%とのことでしたが、このNMO診断基準を満たさない「本当のNMO」が、12.5%存在することを意味しています。「本当のNMO」「本当のMS」ってなに?ということになりますが、この辺りからは芦田さんの質問(2)に関連してくると思います。
話題を戻しますが、検査を直接行っている大学に受診されているのでなければ、何度も何度も「陰性」と判断されている検査の再提出は、無償検査の信頼性を疑っているようで主治医は乗り気ではないかも知れませんが、少なくとも病変や病態が変わった際(身体の中の抗体価が変動したかもしれない際)には再検査してもらうのも一考です。
今後、標準化された検査が業者に委託できるようになったら、もっと気軽に、症状の変動が無くとも再検査してくれるとは思います。標準化され、感度・特異度が固定できる検査手法になれば(ELISA法とか、今とは別の検査方法になると思います)、一般論では検査を繰り返すことで偽陰性を減らせる(90%の感度の検査で1回目陰性とされた100人の患者が居たとすれば、このうち10人は、本当は陽性です(偽陰性は10%)。
ではこの陰性とされた 100人に2回目の検査を行ったら、これに含まれる真に陽性である10名のうち9人は2回目の検査で陽性と判定されることが期待できる。つまり2回検査すると、儀陰性は100人中1人、1%に下がる。特異度が高い検査であれば、偽陽性は増えない)。つまり、標準化された検査が台頭すれば、その感度・特異度を目安に、何回検査して結果がどうだから、と、主治医が「偽陽性」「偽陰性」を考慮しながら検査ができるようになります。
Lさんの主治医としてはNMOを疑ってステロイドを投与しているものの、現状ではNMOとは診断できず(NMOでないかもしれず)、ベタフェロン開始2年間の再発抑制効果も見ているので、ベタフェロンによって増悪する症例とも言い切れず、よってステロイド+アボネックスという、ひょっとしたら矛盾を内包し得る治療方針になっているのでしょうか。
ただ、アボネックスによる再発抑制を主に期待しているが、ひょっとしたらNMOで増悪するかもしれないから、保険としてステロイド、というのであれば「ノーエビデンス」です。ステロイドを併用していれば、仮にNMOであった場合に、IFNbよって起こりうる増悪が防げる、という根拠はありません(ちなみに誤解のないように申し上げますが、現時点ではIFNbをNMOに投与したら増悪するという確たるエビデンスはありません。仮にそうだとしても、なぜ増悪するかということは分かっていませんので、ステロイドをかぶせることによってその増悪リスクを軽減できるというエビデンスは元より論拠もありません)。
Lさんのような診断上の「窪み」に落ち込んだ症例においては芦田さんの言葉をお借りすれば
>CMS/OSMS/NMO治療はまさに闇の中
ではなかろうかと思います。
芦田さんの「症例データベース」構想は感服しました。今でも症例報告の論文はありますが、「やってしまった誤診例」とか「エビデンスはないけどうまくいった例」という、当該施設の医学水準に疑念を持たれるが、数が増えれば実は正論かもしれないといった役に立ちそうな情報は出てきません。
ただ、アメリカ人MS専門医の「今日は外来多くて忙しかったよぉ、だって、今日は5人も診たんだよー」とコーヒーを飲みながら外来診察をこなし、ゴルフバッグ片手に夕方になると居なくなってしまう、それでいて法外な高給取りという、日本人医師から見れば危うく殺意を覚えそうな温い医療環境ならまだしも、「本日の予約患者数:100名」という日本の医療現場であれば、そのデータベースに入力する作業をよほどうまく工夫しないと、MS専門医の過労死が増えてより一層この病気の情報が途絶えそうなような気がします(苦笑)。
扱う情報が極めて厳格に管理されるべき個人情報ということで、なかなか事務のおばさんにお願いするわけにもいかないのでしょうし、やるなら守秘義務を課したデータベース士?でもいないと難しいかもしれません。でもカルテに何が書いてあるかわからないかもしれませんね、字が汚くて。
「特色ある大学教育支援プログラム」の延長上でぜひ予算をつけてください(笑)。
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