亀田大毅のどこが悪い ― 亀田家(亀田親子)の悲劇とは何か 2007年10月18日
亀田大毅(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E7%94%B0%E5%A4%A7%E6%AF%85)について、どう思うのか、と聞かれた(結構あちこちで聞かれる)。書きたくなかったが、書いてみよう。
18歳の少年(普通だったら4回戦ボーイ)が30歳を優に超える世界チャンピオンを敵に回して、フルラウンド戦える。それだけでも充分に強い。しかも顔は打たれた痕もなく綺麗だったし、呼吸も全く乱れていなかった。15ラウンドまで戦えば、どうなるかわからなかった。
カウントでかなり負けているようには(たしかに)見えたが、そのカウント差ほど退屈な試合ではなく、最後まで息もつけないいい試合だった。
技術的には、あの背中を曲げて頭を下げるスタイルでは、パンチがどうしても一息遅れる。目のいい(動きの速い)ボクサーであれば、亀田のパンチは当たらない。いくらパンチ自体のスピードを上げても限界がある。それがこの世界戦の敗因のすべてだった。
亀田が「強い」というのは(素人の私が指摘するまでもなく)対戦相手の内藤自身が世界戦が終わった直後からずーっと言いつづけている。それをマスコミは全く取り上げない。
私がいちばん残念なのは、亀田大毅のこの強さを最初に否定したのは、亀田の父(亀田史郎http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E7%94%B0%E5%8F%B2%E9%83%8E)と兄(亀田興毅http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E7%94%B0%E8%88%88%E6%AF%85)自身だったということだ。
「急所(玉)を打て」「眼を狙え」「肘を入れろ」と後半のラウンドで、父と兄から“アドバイス”されたとき、大毅は、父と兄もこの試合は負けだ(お前は弱い)と思っていると悟った。
私でさえ、まだわからないと思っていたその世界戦のさなか、世界でもっとも早いジャッジが身内からなされた。
勝っても負けてもおかしくないいい試合を続けていた大毅にとっては、この“アドバイス”は決定的だった。
もっとも信頼する、自分の強さを信じ続けて(共に)練習してきた父と兄から反則をアドバイスされる。それは自分の強さをもっとも屈辱的に否定されたことと同じだった。亀田大毅は、リングで打ちのめされてノックアウトされるよりもはるかに強烈な負けを身内から宣告されたのである。
身内(あるいは家族)というのは、誰にとっても最後の慰安の場所(=大肯定の場所)でなければならないのに、真っ先に自分を否定したのが父、兄だとしたら、そんな18歳の青年が正常でいられるはずがない。
最後半で反則をくり返す亀田大毅の顔はまるで悪霊にとりつかれたように呆然としていた。彼は人生ではじめて真の孤独を感じた。ほとんどの人なら生涯感じることない真の孤独を感じた。この顔は今でも忘れられない。思い出すたびに胸がキュンとする。
亀田大毅は「社会的なマナー」と「スポーツ精神」から疎外されたのではない。ましてやマスコミから糾弾されているのではない。真っ先に父と兄から見捨てられた。そのことがショックなのである。昨日の記者会見で何も話せなかったのには充分わけがある。悲しいことに父と兄自身がそのことに気付いていない。それが亀田家の悲劇だ。
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芦田さんのコメントで、父と兄が弟を傷つけ、それに気付いていないとあるが、兄はそうではない気がする。
兄はずっと前に同じような経験をしている。(その時は「勝たせてもらってしまった」という仕方で、本人による“反則”ではなかったが)そして今回の世界戦の相手が自分でなく弟になった時、その思いは強化されたのではないか。
ひょんなことからこのブログを見つけ、ついつい読んでしまいました。
もちろん、この記事にしたって、本当かどうかなんて分からないけれど、非常に説得力があります。
芦田さんの人となりが伝わってくるような気がします。
もちろん、まだ全ブログを読んでいませんし、おそらく読まないと思いますが、でも、ちょくちょく訪問して読んでしまうんだろうなあ。
どんどん断定して下さい。亀レスでスミマセン。