松原みきが死んだ… 2004年12月15日
松原みき(http://cupid-inn.web.infoseek.co.jp/)が死んだ(http://www.sankei.co.jp/news/041215/dea026.htm)。
『真夜中のドア』(1979年)で一世を風靡したが、1983年の初BESTアルバム『Paradise Beach』(http://cupid-inn.web.infoseek.co.jp/album_f/a06_pa.htm)には珠玉の名作がつまっている(今取り出して手元に置いている)。このアルバムの中の数曲は私が40才までに作るマイベストの楽曲の中に必ず入っていた。そのアルバムを(追悼のつもりで)今聴きながら、この記事を書いているが、個性的なボーカルで魅力的な歌手だった(嗚呼 … )。
デリダが死んだ後(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=351)、私より5才も若い松原みきまでが死んでしまった。
『真夜中のドア』もそうだが、『Jazzy Night』(作詞-三浦徳子 作曲-林 哲司)なんて未だに通用するし(高速道路を疾走するときは、ZARDの「こんなにそばに居るのに」と一緒に必ずかける曲の一つだ)、ほとんどの曲がまだ聞ける。『あいつのブラウンシューズ』(作詞-島 エりナ 作曲-杉 真理)などは、誰も切り開いたことのないジャンルの名作の一つだ(その意味では『真夜中のドア』は彼女の曲の中で一番通俗的とも言える)。たしか世良譲(http://www.sanspo.com/geino/top/gt200402/gt2004021803.html)がデビュー当時から絶賛していたのを覚えているが、その世良も今年亡くなってしまった。後を追ったわけではないだろうが、奇妙な時節の符合だ。
『真夜中のドア』は、バックの演奏も最高で、松原正樹(g)、後藤次利(b)、林立夫(ds)などそうそうたるメンバーがそろっていた。アイドル歌手でもニューミュージック系でもない、独特のポジションを占めていたのがこの歌手だった。ハスキーでキュートないい歌手だった。
●真夜中のドア/Stay With Me(5:10) 作詞-三浦徳子 作曲-林 哲司
私は私 貴方は貴方と
昨夜(ゆうべ)言ってた そんな気もするわ
グレイのジャケットに見覚えがある コーヒーのしみ
相変わらずなのね
ショーウィンドウに二人映れば
Stay with me...
真夜中のドアをたたき 帰らないでと泣いた
あの季節が今 目の前
Stay with me
口癖を言いながら 二人の瞬間(とき)を抱いて
まだ忘れず 大事にしていた
恋と愛とは 違うものだよと
昨夜(ゆうべ)言われた そんな気もするわ
二度目の冬が来て 離れていった貴方の心
ふり返ればいつも
そこに貴方を感じていたの
Stay with me...
真夜中のドアをたたき 心に穴があいた
あの季節が今 目の前
Stay with me
寂しさまぎらわして 置いたレコードの針
同じメロディ 繰り返していた…
Stay with me...
真夜中のドアをたたき 帰らないでと泣いた
あの季節が今 目の前
Stay with me
口癖を言いながら 二人の瞬間(とき)を抱いて
まだ忘れず 暖めてた
Stay with me...
真夜中のドアをたたき 帰らないでと泣いた
あの季節が今 目の前
Stay with me
口癖を言いながら 二人の瞬間(とき)を抱いて
まだ忘れず 暖めてた
Stay with me...
真夜中のドアをたたき 帰らないでと泣いた
あの季節が今 目の前
Stay with me
松原みき(1959年11月28日射手座生まれ)、JAZZ歌手の母の元で大阪に生まれ、 幼少時からクラッシックピアを学びながらも口ずさむのはJAZZ。44才。子宮頚ガンに死す。合掌(合唱!!)。
※詳しい松原みきの年譜はここに(http://cupid-inn.web.infoseek.co.jp/profile.htm)ある。
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