校長の仕事(15) ― わが学園祭を評価する 2004年10月30日
今日・明日は、わが東京工科専門学校(http://www.tera-house.ac.jp/index.html)の学園祭。車で今日都内を走っていてもたくさんの「学園祭」風景が飛び込んできた。以下は今日一日目の感想。
1)館内表示、教室案内、作品案内が杜撰
①各階のエレベータを降りたスペースに表示板がない。だから何科のフロアなのか教室の中にはいるまでわからない。
②さらにフロア内の教室の入り口に科や学年の表示板(案内)がない。教室の中に入って作品展示を見るまでは科、学年がわからない。
③教室内の待機学生(作品の説明係)が貧弱。ひとりも学生のいない科がある(そちらの方が多かった)。その割に展示のない部屋にダラダラと学生がたむろしている光景を多数見た。
④教室誘導が唯一優れていたのは3Dデザイン科(6階フロア)だったが、教室内が3D映像大画面投射を中心に構成されていたため教室内が暗く、少し排他的な感じがしたのが残念だった。
2)作品コメント、作品評価が杜撰
①今年の科作品(建築・インテリア系の2D/3DCAD作品、建築模型作品、3D・WEBデザイン科のCG作品)については、作品を展示するだけではなく、作品評価と作品コメントを必ず付記しようという校長方針を出した。授業中の作品評価やコメントがいつも不徹底で学生からの不満の声が多かったことも考慮してのことだ(提出してもコメントしてもらえない、という不満)。
②A、B、C、Dの四段階表示で評価を行う、という点では、たしかにほとんどの科作品にそういった評価が付いていたが、肝心のその「A、B、C、D」が何なのかがどこにも説明がない。これでは何のために評価を表記したのかわからない。
③同じように、評価者(あるいはコメント者)の説明もない。ただ名前を書いただけでは、どこのだれかもわからないのだから、評価もコメントもその意味が半減してしまう。評価者の経歴、専門分野、担当科目を顔写真付き(できることなら授業風景写真)で紹介できれば、評価の説得力はもっと増すに違いない。
④コメントもなかなかまじめなコメントが付いていたが、全体に字が小さい。折角時間をかけて書き込んだにもかかわらず、字が小さくては見えない。会場は小さい子供たちと中年以上の人が多い。難しい漢字を使わないこと、小さな字を使わないこと。来年度は気を付けたい。
3)出店(食べ物)の出店意欲が弱い
①お好み焼き、焼そば、たこ焼き、フランクフルト、おしるこ、おでん、などバライティある食べ物が出ていたが、この「お好み焼き」はどこが他のお好み焼きとちがっておいしいのかを聞いてみると誰もこたえようとしない。そう思ったのは、ポスターの審査をしているときだ(館内の表示ポスターに関しては、木曜日〜金曜日2日間をかけてすべて校長審査をした)。どの店のポスターも「お好み焼き」「焼そば」など、そのまま“物”の名前が出ているだけで、かりに形容されていても「おいしい」とか「あたたたかい」としか書かれていない(まるで高校生・中学生なみのポスターだ)。それでは購買意欲はわかない。
「おしるこ」の食券を売りに来た女子学生に「どこの小豆を使うの?」と聞いたら、「そんなの知らない」で終わる。「お母さんに、小豆はどこの小豆がいいの? くらい家で聞いてみろよ」とアドバイスしておいたが、そういった検討がどの出し物についても成されていない。“唯物主義”に陥っている。これでは専門学校の学園祭出店とは言えない。
②出店の設置位置も「くじ引き」で決めたらしい。これもどうかと思う。出し物の内容も考えて店の位置を考える必要があるからだ。学生たちは自分の出し物のことしか考えておらず、お客さんの全体の流れを考えずに、“場所取り”を決めている。これも意味がない。
③(それと関連して)開催日の前日にわかったことだが、「たこ焼き」屋がないことに気づいた私はショックで(学園祭にはお好み焼き、やきそば、たこ焼きは三種の神器でしょう)、ただちに学生たちに「なぜたこ焼き屋をやらないのか!?」と叫んだが、みんな「今頃言ったってもう遅いよ、校長。何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだよ」と逆になだめられてしまった。
それでも私は諦めきれず、全体の教員責任者・関口先生(WEBデザイン科)、出店の責任教員斉藤先生(インテリア科)、学生の実行委員のグループ、昨年たこ焼き屋を出店した学生たち(建築工学科の諸君)に頼んで、「頼むから出してくれ」と拝んだ。全11階のテラハウスを上下に走り回り、めったに頭を下げない私は、このときばかりは8回も手を合わせ、かつ頭を下げた。最後には1万円のポケットマネーを投資することになったが、「それほど校長が言うのなら」と一人の学生(建築工学科2年の宮後という学生)が私のたこ焼きにかける“熱意”を理解してくれて(それに本人も「実は俺もたこ焼き屋がないのはおかしいと思っていたんだよ」と言ってくれていた)、有志を募り、金曜日の夕方から用具準備やネタの買い出し計画をたてはじめ、今日の学園祭に間に合わせてくれた。聞くと朝の5:00までキャベツ切りやタコ切りに時間がかかったとのこと(時間をかけただけのことはあって、きれいに切れていた)。ほとんど寝ないでの準備だったらしい。よく頑張ってくれた。看板には「芦田のたこ焼き」と書いてあった。
こうなると売るしかない。それには味が肝心。特にメリケン粉の味付けが肝心だ。味見については私がかなり手伝い、充分満足のいくものになった(雨の中ずぶぬれになったが)。完成品を食べてみると本当においしい。本当にうれしくなった(まるで『プロジェクトX』のたこ焼き編のようだった)。テラハウス館内でおいしそうに食べていると、そばを行く人が「おいしそう」と言うので「本当においしいよ」と言うと、「私も食べたい」とのこと。これは宣伝になると思って、館内をそのタッチで歩き回り、「本当においしいよ」を何度も繰り返したら、これがあたって、たこ焼き屋の周りは人が並びはじめた。学園本部・企業広報室長の関口さんも、(この私の動きと関係なく)「たこ焼き屋が一番おいしいよ」と言ってくれた。
私がもう一度食べに言ったときには、「校長に出す分は今ないよ、お客さんが待っているから」と断られ、「これ、本当においしい、ってみんな言ってるよ」と学生たちを励ますと、うしろで待っていた主婦の人が「そうなんですよ。本当においしいですよ」とまで出来すぎたお褒めの言葉。宮後(ミヤゴ)君、本当に大成功です。明日日曜日も頑張ってください。
4)「学園祭」にこそ、学校の教育力が現れる
したがって、現在の我が学園祭の問題点は明白だ。全体に学生に任せきりの感じがした。学園祭は専門学校としてはマーケティング教育のチャンスだ。どんなマーケティングやプレゼンテーションの授業よりも、“実践的”だ。これを使わない手はない。
「全体に学生に任せきりの感じがした」。こういうことを私が言うと、「学園祭は学生の自主性を花咲かせる場所ですから、あまり口出ししないようにしています」と上手に交わす科長がいるが、これは半分ウソ。学生に任せるからこそ、その科の本当の教育力が現れる場所でもあるからだ。プレゼンの授業では「デジタルプレゼンテーション」の授業をやっているくせに学園祭のポスター(学生の自主性あるポスター)になると急に手書きのポスターになってしまう。こういうのを「馬脚を露す」というのだ。実力がついていないのである。
そういった緊張感をもって学生が学園祭で何をやり始めるのかをドキドキしながら“見ている”教員や科長が一人もいない。一科目、一科目の正規の授業評価などに力を入れるよりも、学園祭評価した方がはるかにその科(その学校)の教育力を見ることができるくらいだ。学園祭には科の無意識や気分(Befindlichkeit) http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=356 がいつも露呈している。お祭り騒ぎ、バカ騒ぎだからこそそうだ。
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